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第四十四話 星遥斗⑪

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契約が終了すると、実験室と言われた場所に連れてこられた。
コンクリートの床であり広く何もない場所であった。遥斗はそこに入るように言われた。
医師たちと市川はガラス張りの窓から見ていた。
『今から人を出すからGlare(グレア)使ってね』新宮医師の機械を通した声が聞こえた。『相手は目隠ししているし遥斗君のプライバシーは保護されているから』
「そうですか」素っ気なく遥斗は答えた。
さっさとこの茶番を終わらせて遥のもとに戻りたかった。
部屋の壁がガコンといって動き出した。ゆっくりと回転すると、椅子に縛られた男女が二組現れた。全員黒い目隠しと口枷をつけていた。
『はじめたまえ』新宮医師の声が聞こえた。
遥斗は仕方なくGlare(グレア)を放った。すると、一組の男女が体を震わせた。
「終わりました」
そう言って遥斗は扉を開けようとしたが鍵が掛かって開かない。
『全員失神させなさい』
新宮の言葉に遥斗は大きくため息をついて、四人の男女の方を向いた。
Glare(グレア)。
再度放った。
震えていた男女の方は失禁し「うぅぅ…」とうなり声があげながら涎を垂らしていた。しかし、もう一組の男女には変化はない。
眉をひそめて、倒れない二人を睨みつけた。
女の方はビクリと体を揺らしたが男の方は反応がない。
彼らは遥斗に敵を向けておらず表情も分からないのに嘲笑っているように感じた。
遥斗の心は荒んでいた。
全てが自分の悪意を向けているように感じた。
何もかもを壊したい衝動にかられた。
「クソッ」
普段使わないような汚い言葉が自然と口からでた。
身体全身が熱くなるのを感じた。それはあの女が、遥を貶めているのを見た時と同じ感覚であった。
その瞬間、先ほどまで平然としていた男が震え始めた。起きていた女も意識を失っているようでピクリともしない。一番先に反応した男女は激しい痙攣を起こしている。嘔吐したようで、キツイ匂いのする汚物が散らかっていた。それに失禁した匂いも交じり吐き気のする環境であったが遥斗は気にも留めなかった。
ガッシャンと音がして、男女の手枷がはずれた。
その瞬間、震えていた男が立ち上がった。それ以外は尿と嘔吐物で汚れた床の上に倒れた。
男は震えながらも、目隠しと口枷をとった。
「Kneel(跪け)」
男が大声で叫んだが、遥斗には効果ない。焦った男は地面を蹴り、拳を握ると遥斗に向かってきた。
遥斗は目を細めると、体勢を低くして拳をよけ彼の後ろに回った。彼の背中に蹴りを入れると、男は前に倒れた。
男は遥斗よりも長身であり筋肉質であったが、遥斗の動きについていけない。
遥斗は倒れた男を蹴り飛ばした。遥斗の足が、彼の鳩尾にはいり激痛でうなり声をあげたが遥斗は足を止めることなく蹴り続けた。
「ぐぁっ」
男は血を吐いた。
遥斗は更に男を蹴り上げようとしたが……。
「――ツ」何を感じて横に飛んだ。
ビュンと真横で音がしたかと思うと、遥斗の髪が風で揺れた。
「流石、反応速いですねぇ」
赤い三つ編みを揺らしながら、市川が笑っていた。
遥斗は睨みつけると、大きく足を上げて市川の顔面を狙って蹴りをいれたが腕で受けられた。すぐに足をひくと、後ろに下がり市川を見た。
彼はへらへらと笑いながら左右に揺れている。
「落ち着きて下さいよ」
そう言いながら、一気に近づくと腹に拳が飛んできた。よけきれずに、もろにくらい背後に飛ばされた。
地面に腕を打ち付け痛みを感じたがすぐに立ち上がった。
「うぅぅ……」
腹を殴られた負荷が大きく、呼吸がうまくできなかった。しかし、休憩する暇なく地面を蹴ると飛び上がり拳をあげ市川の背後から殴りつけよとした。
「甘いですぅ」
市川の頭の後ろにあった手に腕が捕まれた。
「クツ」
彼の背中に足をかけて、全力引いたがびくともしない。腕をひかれて、彼の前に持ってこられた。腕を掴まれ宙ぶらりんにされた。
「実験終了ですよ。放送聞いていましたぁ?」
「……」我に返りあたりを見回した。「くさい」
余りの悪臭に鼻をつまんだ。
「まぁ、とりあえずここでますかねぇ」そう言って市川は遥斗の手を離した。
遥斗はぴょんと地面に足をつけると、鼻を抑えたまま部屋を出た。市川に案内されて、研究室に行った。そこは医者らや市川が実験室を見ていた部屋であった。
「遥斗サン。我を失いすぎじゃないですかぁ」
「……」
遥斗は案内された椅子に座ってコーヒーを飲んだ。
「僕チャンがいなければ、殺していましたよ?」そう言って市川も椅子に座ると、十個以上の角砂糖をいれてコーヒーを飲んでいた。
ガラス張りの窓を見ると、防護服をきた数名の人間が実験室の掃除をしていた。倒れている人間はいない。
「あはは」目の前でパソコンを打ち込んでいた新宮医師が笑って遥斗の方を見た。「いきなり、無理をさせてしまったね」
一番奥では、神田医師がいくつもの画面を見ながらものすごい速さでパソコンを打っていた。
「……」自制がきかないは自覚していた。あの女の時も自身を止めることができなかった。止めるつもりもなかったが。
「遥斗君はね。ためすぎなんだと思うよ」新宮医師は自分の頬に触れた。「君は普段Glare(グレア)もコマンドも使用しないでしょ。体調悪いのに我慢して平気なふりしているでしょ」
「……」遥斗は黙って地面をみた。
新宮医師はそれを肯定ととった。
「Domの欲求は我慢できないものじゃないけど、すぎると爆発して制御不能になるんだよ。Domの特性である支配性や狂暴性が全面に出やすくなるしね」
「僕は、そんなんじゃ……」
自分が支配的で狂暴などと認めなくなかった。遥の事をそんな風に扱いたくはない。
「だから、ここにきて発散していってよ。実験にもなるしお互いにとって良いことでしょ」
「……」丸め込まれている気がしたが、自分の能力把握は必要なことだと思い小さく返事をした。
「では、さっそくさっきの実験の話をしようか」
新宮医師は穏やかな顔で話はじめた。
最後まで残り遥斗に攻撃はしたのはDom男性であった。遥斗のGlare(グレア)はDomに対してもかなり有効であることが判明された。
「彼は格闘家なんだよね。本来の力を半分も出すことが出来ていなかったねぇ。それでも勝てた遥斗君の身体能力はすごいよ」
褒めてもらっても嬉しくはない。
「最初に倒れた二人はSubだよ。遥斗君のGlare(グレア)は効果がありすぎるね。サブドロップをおこして昏睡状態だよ。もう一人いた女性はNeutral。彼女はすぐに回復して帰宅した」
「……帰宅?」
「うん。彼女は同じ研究員だからね」
穏やかに返事をする新宮医師に遥斗は違和感があった。
「『彼女は』なんですか?」
「あはは、気になる?」彼の笑顔が怖かった。「イロイロ事情がある人たちなんだよ」
「イロイロですか……」
――僕も同じようなものだ。
完全に蜘蛛の巣につかまった虫だ。
じわりと飼い殺される……。
利用して這い上がる力をつけなくてはいけない。
自分が未熟なガキである事を思い知った。
「今回の詳しい結果は郵送するねぇ。お金は振り込んどくから」
「……はい」
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