上 下
46 / 54

第四十五話 星遥斗⑫

しおりを挟む
気持ちを落ち着かせると、遥のもとへ戻った。
病室の扉をノックして、開けると遥の叫び声が聞こえた。
「遥」
慌てて、ベッドに行くと涙を流しながら苦しんでいる遥がいた。
「遥、遥」
何度も彼の名前を呼び、優しく髪を撫ぜた。
「……兄」と小さな声で言いながら遥はゆっくりと目を開けた。
遥は落ち着いたようで遥斗はベッドの横にあった椅子に座った。彼は遥斗の胸あたりに額をあて顔を隠した。
「……ごめん」小さな声で謝りながら、目だけを動かして遥を見た。
「大丈夫だよ」
微笑ながら返したが、遥は分かっていないような顔した。
遥斗は彼の耳を見て心苦しくなった。見た目は以前と変わらないが、働きは同じではない。ただの飾りとなった。
「うぅぅ……」
遥は自分の聞こえない耳に気づいたようで涙を流しだした。その声を次第に大きくなり、小さな子どものように泣きじゃくった。
一緒に泣き叫び彼を抱きしめたかったがその気持ちを胸にしまい、笑顔を作った。
遥の手をそっと取ると口をつけゆっくりと唇を動かした。
『大丈夫』
遥に声が届いたようで、彼はパッと顔を上げて遥斗をみた。「あに、兄、ごめん。ごめんなさい」と泣きじゃくりながら何度も謝った。そのたびに『大丈夫』と伝えた。
彼の負担にならないように、自分の身体を支えながらそっと遥を上から覆うように抱きしめた。すると、次第に遥は落ち着き眠りについた。
「遥」
そっと彼から離れると、じっと見た。
公園で倒れていた遥を思い出した。
大量に出血をしてピクリとも動かなかった。動かない遥をあの女はいたぶっていた。それに、頭に血が上り、遥の安全確認や介抱よりも女への攻撃を選んだ。
あの女はGlare(グレア)で動けなくなっていたのだから、まず遥の方へ行くべきであった。そうすれば、彼の耳は……。
遥斗は遥の耳を見た。
実験室でも正気を失ったことを思い出した。
自分の中にあるDomとしての性質に怯えた。
今は、他者に向いているこの黒いモノが遥に向いたらと思うと、怖くて仕方なかった。だが、これがDomの性質と言うならば、遥をほかのDomに渡せない。
――Domなんていらないな。
そもそもダイナミクスなんてモノがなければ、良かった。
「ダメだ」
遥は頭を大きく振った。考えれば考えるほど、すべてを破壊したくなる。
「遥、どうすればいい? 何が正しいだろうね」
遥は規則正しいを寝息を立てていた。
彼の頬には涙の後がくっきりと残っていた。
幼い遥に辛すぎる経験をさせてしまった。
遥斗は眉を下げて、彼の髪に触れながら、自分の唇をかんだ。血が滲み出て、鉄の味が広がった。

「遥、絶対に守るから」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたの世界で、僕は。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,094pt お気に入り:53

逆さまの迷宮

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:31

甘い夢を見ていたい

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

いつか愛してると言える日まで

BL / 連載中 24h.ポイント:482pt お気に入り:413

孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる

BL / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:688

処理中です...