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エマの偏見と決意

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 私がこの国の王妃になったのは数年間前の話である。
 もともと姉が王妃としてこの国へ行くというのでその補佐としてきた。姉の話を耳にするまで祖国の政治家として、姉と共に国を担っていこうと思っていた。
 祖国の大統領であった私の父とこの国の女王であった現国王のお母様は仲が良く。頻繁に交流していたようである。

 もともと一つの島にあった祖国とこの国は昔争いがあったと聞くがそれを続きては他国から攻撃を受けかねない。そのため同盟という名の冷戦状態であったが父が大統領になりこの国の女王と交流を始めたので少しずつ変わりはじめていた。
 しかし、私は奴隷制のあるこの国を私は好きになれなかった。同じ人間を物と同等に扱うなど鬼畜の所業である。

 なのに、姉はこの国の当時の第一王子殿下と婚約したのだ。

 信じられなかった。

 すでに祖国の政に私と共に関わり、いつかは姉が大統領になり私は副大統領として支えるつもりであった。姉に説明を求めると……。

 『フィリップ・アレクサンダー・イザベル第一王子殿下は美しいんだもん』

 “顔かぁ”とその時は思わず叫んでしまった。

 確かにフィリップ第一王子殿下は美しい。金の髪に大きな青い瞳を持ち、長身で整いすぎている顔している。
 まるで、おとぎ話の王子様そのものである。

 姉は優秀な施政者であるが、美しい男性が好きなのである。私も嫌いではないが姉ほどではない。
 フィリップ第一王子殿下の美しさだけに惹かれ結婚するのは問題だ。

 この王国の奴隷制や貧富の差が大きい事が気になる。だから、父の公務終了を見計らって物申しに行った。

 大統領である父は大統領邸に家族と住む。別に自宅もあるのだが大統領である期間はここに住まなくてはならない。大統領には任期があるが選挙で当選すれば制限なく続けられる。

 私も大統領邸に住むがそれは議員ではなくただの家族としてである。
 そのただの家族もやっと終わる。今期議員なる事ができたのだ。これから父や姉と一緒に頑張るつもりであった。

 父の執務室をノックし返事を確認すると挨拶をして入室する。そこにいつものように椅子に座った父がいた。そして更に姉と弟までいる。

「エマ、やはりきたか」

 “待っていた”とにこにこ笑顔を向ける父に苛立ちを感じた。こういう時の父は私の言いたい事を理解している。

 私が何も言わずに扉の前でたっているとそばにきた姉に手を引かれ父の前までくる。

「私はフィリップ第一王子殿下と婚約して隣国に住むわ」

 姉は堂々と宣言した。姉一人が隣国に住むのは不安で仕方なった。


 コンコン

 扉を叩く音がした。
 父が返事をして、立ち上がり扉の前に向かい開ける。

 そこにいたのは隣国の女王陛下だ。背中まで伸びた美しい金髪に大きな青い瞳。そして、赤いドレスがとても似合っていた。嘘かと思ったが見間違うことなど有り得ない。
 何度も式典などで拝見したし、弟のオリバーにちょっかいをかけてくる男によく似ている。

 隣国の女王陛下はたしか、父と同い年だと聞いていたが父より確実に年下に見えるが見た目年齢を聞かれると困る。

 年齢不詳だ。

 女王陛下ははじめてお目にかかった時よりも年を重ねてるが美しさは変わらない。

「ご足労頂きありがとうございます。イザベル・アレクサンダー・エドワード女王陛下」

 父は挨拶をすると丁寧に御辞儀をする。私と姉、そして弟は父の横に立つと姉から順に挨拶をした。

「お久しぶりで御座います女王陛下。ルナ・ホワイトで御座います」
「次女のエマ・ホワイトで御座います」
「次男のオリバー・ホワイトで御座います」
 何度か顔を合わせてはいるが、毎回改めて名を称している。多くの方と会う機会の多い来賓への配慮である。

 父は友人であるから名乗りはしないし、私がいなければ女王陛下も父も他の友人と変わらない話し方で笑いあっている。

 私たちの挨拶が終わると女王は私たち一人一人の顔を見て頷く。 

「お久しぶりです。エマ、聞きましたよ。今年は議員になられたそうでおめでとうございます」

 美しく上品である女王陛下に祝いの言葉を述べられると心臓が早くなった。隣国は好きではないがこの御方を嫌ってはいない。矛盾していると思うが事実だ。

「ありがとうございます」

 緊張しながらもドレスの裾を両手で持ち丁寧にお辞儀をして礼を述べる。すると女王陛下は優しい微笑みを下さった。美しい方の笑顔はある意味殺傷力がある。

 女王陛下から一歩下がったところに二人の陰があった「お久しぶりです」女王陛下の右側で姿勢を正して、優しく笑顔を向けてくる騎士の正装をした女性は摂政であり女王陛下の妹のグレース・アレクサンダー・エドワード殿下である。いつも騎士の制服をきており、一見、男性だか女性だかよく分からない。
 女王陛下と同じ顔をしているが金髪は短く切られておりいつも微笑みを絶やさず何を考えているか見ない彼女は、女王陛下と異なる印象を持つ。

「フィリップ・アレクサンダー・イザベルです。本日はお招きありがとうございます」

 女王の左側にいた男性は第一王子殿下であった。式典では何度か拝見しているが直接話すのは初めてである。議員として活動している姉は何度か言葉を交わした事があるようだ。

 イザベラ女王陛下とよく似た美しい容姿に加え凛とした声は心まで響く。うっかり魅入ってしまうところであったが、身体に力を入れて、他国の王族の前であると意識をしっかり持つよう心がける。

 第一王子殿下は成人しているため王族として公務を行っている。我が国は二十歳で成人であるが、隣国は十六歳である。

 隣国であり同じ島にある国同士だが、成人する年齢や王族など文化は異なる。平和を保つためお互いの考え方や文化には干渉せず交流も公的なもの最低限しか行ってこなかったためである。
 しかし、今の女王陛下は頻繁に我が国に訪れ父と友人として交流している。
 このイザベル・アレクサンダー・エドワード女王陛下は隣国にとって異端なのである。父はそもそも隣国と交流を従ったようであるが女王陛下以前の国王や我が国の議員は良い顔をしていないようだ。

「奥へどうぞ」

 立ち話しにならないように父が女王陛下を椅子のあるところまでエスコートする。普段はズボンにのるお腹を叩き、少ない毛を揺らしながら笑う父であるが、そういうところは紳士的でかっこよく思う。
 女王陛下に続いてグレース摂政、フィリップ第一王子殿下そして、私たち兄弟が後ろを歩く。
 一番後ろにいた騎士二名は扉の前に立ち微動だにしなかった。

 隣国の上層部が父、姉に会う用件は婚約の話であろう。現にフィリップ第一王子殿下が付き添っているのかよい証拠だ。

 しかし、なぜ弟がいる。

 私もそうだ。
 邪魔な存在だと思う。

 初めに女王陛下が席につくと順に席に座っていく。隣国が奥に座り対面して我が国が座る。父と女王陛下、摂政と私、第一王子殿下と姉が対面して座り、私の横に弟がすわる。

 席につきいたたまれない気持ちになる。

 弟がいるのに、兄不在なのも気になる。

「私が、ルナ・ホワイト、エマ・ホワイト、オリバー・ホワイトに会いたいと頼みました。ドナルド大統領に頼みました」
 私の心を見透かしたように答える女王陛下に驚いて彼女の方を見る。女王陛下はテーブルの上で両手を重ねて優しげに笑っていた。
 何をしても美しい。

「レオンとも一緒に話をしたかったのですが今外国にいられるようですね。残念です」

 兄が不在な理由を私は知らなかったが、女王陛下がご存知ということは隣国も関係している案件なんだと思う。

「まずは私から話させて頂きます。ドナルド大統領から伝わっているとは思いますが私はルナ・ホワイト殿に婚約を申し込みました」
 凛としたフィリップ第一王子殿下の言葉が響いた。彼は言葉を発した後、一人一人の反応を確認するように視線を動かした。

 その話は聞いている。そして私は反対だ。

 心の中で声を大にして叫んだが、囗にしていないため誰に伝わらない。しかし、思いは溢れる。
 姉は隣国の民ではないから王族からの求婚を断る事ができる。そもそも、我が国は身分と言う考え方を持っていない。
 他国の王族や貴族を敬う形はとるが民より裕福な暮らしをしている程度にしか考えていない。父だって大統領であるが平民である。平民が平民を選び国の代表としているのだ。違いを言うならどれだけ知識や発想力、行動力があるかと言うことだ。

 王族に生まれなければ国を動かす権利がない隣国とは違い誰でも国を動かす権利を得ることができる。生まれなど関係ない必要なのはどう生きたかったかという事である。実力がなければ例え大統領の子どもでも路頭に迷う可能性がある厳しい世界で私たちは生きている。
 私は隣国の王族は生まれに胡座をかき努力しないで権利を振りかざす者だとあの人と会って感じた。
 それが悪いと言う話ではない。嫌っているわけでもない。ただ相容れないと思っている。

 その思いを口にはせずじっとフィリップ第一王子殿下を睨むように見る。不敬だと言われようが関係ない。それにフィリップ第一王子殿下は気づいたようで私を見る。

「ルナ殿に承諾を得ましたが、私としてはルナ殿のご家族にも承諾を得たいのです。エマ殿、どうか心配ごとをお聞かせ願いますか」

 隣国の王族が私の不満を聞いたことに驚いた。姉が婚約に承諾しているのであれば私が反対だと騒いでも婚約にも結婚にも影響しない。

 それでも父の所に向かったのは私が反対していること、心配していることを知って欲しいからだ。
 そんな事をしなくても私の思いを父は見抜いていたようだ。だから、今ここに私がいるのだろう。

 フィリップ第一王子殿下はあの人より傲慢ではないようだ。ならば、私も答えなくてはならない。

「奴隷制、同じ人間を物として扱うのは鬼畜の諸行です。我が国と違い過ぎる文化の国へ姉一人向かわせる事が心苦しく思います」

 遠回りな言葉を使わずに自分の思いを伝えた。その場にいる全員が私を見ている。フィリップ第一王子殿下は私の言葉一つ一つに頷いている。

「なるほど」

 そう言いながら女王陛下に目を向けるフィリップ第一王子殿下の意図がよく分からなかった。今の私の発言が不敬だといいたのであろうか。隣国の国民ならまだしも我が国の議員が隣国の政治の問題点を口にしても罪になるはずがない。

「ここからは私から話しましょう。まず、先日父である前国王が亡くなりました。我が国を支えてきた上層部はほぼ全員いなくなりました」

 女王陛下の言葉に私は驚き目を大きくする。しかし、にこやか女王陛下は話す。楽しい内容ではないのに。
 女王陛下は前国王の死を悲しむどころか待っていたと言うように聞こえる。

 私以外の人間は納得したような顔している。私だけ蚊帳の外にいるようだ。

「しかし、ドナルド大統領のご子息もご令嬢も皆様優秀ですね」

 女王陛下はとても楽しそうに父の顔見ている。父は恥ずかしそうに少し顔赤くしていた。左手で頭をかきながら「ありがとうございます」と女王陛下に礼を言うと父は私の方も向いた。

「エマ、誤解ないように伝えるが、ルナとフィリップ第一王子殿下の婚約は二人が決めたことである」

 それは誤解していない。

 フィリップ第一王子殿下が姉の何を気に入ったがしらないがあの姉が無理やり婚約させられたとは思っていない。

 姉はフィリップ第一王子殿下の顔に負けたのだ。

 姉とフィリップ第一王子殿下は視線を合わせにこやかに微笑んで笑っている。王子と同じ金髪碧眼の姉と並ぶと、とても美しくとても絵になる。私とは大違いであると自分の髪に触れる。自分の容姿が醜いとは思ったことがないが、我が国と隣国では特殊な黒い髪と瞳はやっぱり気になる。

「そして、オリバーはイザベル女王の養子になる。次期摂政となり次期国王であるフィリップ第一王子殿下そしてルナを支えてもらう。エマの言うとおり隣国は色々大変だからな」

 開いた口がふさがらない。
 姉だけではなく弟も隣国の王族になるという。小さな声であるが思わず「なんで」ともらしてしまった。それが父の耳に聞こえたようで「摂政になれるのは王族のみだからな」ってそうじゃない。

 そうじゃない。

 摂政は王が自ら判断するのが難しくなった時の代理という権限もあるから王族しかなれないことは知っている。そうじゃなくてなんで弟が次期摂政になるのかと言うことだ。

「そして、エマには宰相としてルナを支えて貰おうと思う」

 言葉を発生しようとしたが声にならず口が金魚のようにパクパクと動く。

 兄以外を隣国に渡すという父。

 今、思えば父は昔からそんな人間であった。私や弟の黒い髪と瞳といった容姿がその良い証拠だ。形にハマらず常に国民の事を第一に考え行動するから父は長い間大統領を続けられるのだ。

 しかし、女王陛下と父の考えはなんだろう。

 何年も政に関わってきて我が国だけではなく隣国を含む世界情勢に詳しい姉が王妃となれば外交は今まで以上に我が国にとっても良い方向に進むであろう。更に私と弟で姉を補佐できれば我が国に利点しかない。隣国の利点はなんだ。先ほどの会話を思い出してみる。

 上層部が亡くなった。
 自国ではなく隣国の人間を上層部とする理由。
 父の全面的協力。

 女王陛下は恐らく、自国を変えようとしている。あの国の問題は私が今自分で言っていた。

 それは、多分。私の中で線がつながった。

「奴隷制の廃止」

「流石ですね」

 終始楽しそうに父と私の会話を聞いていた女王陛下が手を叩いて賛美した。

「私は我が国の奴隷制を廃止したいのです。しかし、長い歴史を持つ奴隷制は簡単に廃止できるものではありません。だから何年もドナルド大統領に相談させて頂きました。我が国では、貴族、平民にいたるまで奴隷はあって当たり前です。そして便利に思っています」

 女王陛下の言葉が胸に突き刺さる。奴隷制を耳でしか知らない私にとって同じ人間を物として扱うのは鬼畜だが、隣国の民にはそれが普通である。

 当たり前、普通、常識、それは人間を強く縛るものだ。

 私も私自身が気づかない常識で縛られている。奴隷制のある隣国を私の常識で否定し軽蔑した。自分が恥ずかしくて下を向く。

「私は隣国へ行きますがエマ姉さんはどうしますか?不安な事が多いからいきませんか?弟の私より身分がひくい宰相では不満ですか?」

 今まで挨拶以外口を開かなかった弟が無表情で挑発してくる。丁寧に整えられた髪をなぜながら話す彼は、実の弟ながら食えない奴である。

 的確に相手を黙らす方法を知っている。その弟が摂政になるのだ。大きく息を吸い、椅子に座り直す。

「まだ、政の経験が浅い若輩者ですがご指導よろしくお願い致します」

 弟の言葉に返事せずに、女王陛下にお辞儀をした。女王陛下は満足そうに微笑んでいた。
 それから1ヶ月後には隣国に入り、私は宰相付きとなり修業が始まった。オリバーは当時学生であったため二十歳の卒業と共に隣国ペレスへ渡った。
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