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第14話 断固拒否

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レイージョに渡された本をペラリとめくり、じっと見つめていたが、全く頭に入って来なかった。そのうちウトウトと眠くなってきた。

その時、

“わたくしは使えない子いらないのよ”

と言うレイージョの言葉が頭に響いた。

マズイ。
けど、眠い。
けど、本、意味が分からない。

どうしていいか分からなくて涙が出てきた。

「泣いても仕方ない」

深呼吸をしてから、一番薄い本を手にした。それでもずっしりとした。改めて、軽々と本を持っていたレイージョのすごさを感じた。

ミヅキは本を手に広場に出た。
生徒会専用であるため、安心できた。平民特待というだけで目立つのに王太子が教室までくるから更に悪目立ちしていた。
だから、勉強している姿を不特定多数の人間にさらしたくなった。

大きな木の根元に座り、本を読み始めたが分からない。
環境変えても、本の内容が変わるわけではない。

「なんだ、君はよくここにいるな」

開いていた本に影が入り、頭の上から声が聞こえた。驚いて上を向くとそこにいたのは、ユウキだ。

「そんな顔するな。知っての通り、この先に弟がいるから。この道はよく通る」
「あ、そうですね」

同じ場所で二度も会うと偶然ではない気がして思わず怪訝な顔をしてしまった。
悪いことをしたと反省した。

「なんだ。勉強しているのか」
「ええ。でもさっぱりで」

「ふーん」と言いながら、ユウキはミヅキが持っている本を眺めた。

「どこが?」
「全部ですよ」自分で言っていて悲しくなった。
「これはこの国のキモになる事柄だ」

突然、本を指さして説明を始めた。そして、本のページをペラリとめくり最初の方に戻した。

「ここが大切。こことここが繋がっている」

本を指差しながらユウキは丁寧に教えてくれた。彼のおかげで、自分が何を理解していないのが明確になった。
更に質問をした。

すると、「あー、それについては……」と言って胸ポケットから髪のハギレを出すと、理解していない部分が詳しく載っている書籍の名称書いて渡してくれた。

「え? これは紙ですか? こんな、高価な物に書いて頂いて」

貰った紙を手にすると震えた。
紙は書籍には使われるが、高価であるためこういった使い捨てのような使い方は平民はしない。

「紙か? ほしいなら今度いくらでもやるよ」
「いえ、ほしいのではなく。こんな高価な物は受け取れません」
「紙切れだ。高価じゃない」

価値観の違いを感じた。
ユウキが平民の暮らしや考え方を知らないことを思い出した。だから、ここで受け取るのを拒む自分の気持ちが彼に分からないのだと気づいた。
素直に受け取ることにした。
「そうですか。ありがとうございます」

礼を言って彼からもらった紙を丁寧に畳んで本に挟んだ。
彼は悪い人ではないが、お貴族様だ。

「教えるの上手ですね」というとユウキは森の奥をチラリとみた。それで彼が教え上手な理由を察した。

「また、わからない事あれば聞いていいよ」
「ありがとうございます。えっと……」

さっきの説明で確認した事項があり、そのページを開こうとすると突然ユウキが自分の目の前から横に移動した。

不思議の思い、頭を上げた。

そこには、ほほ笑む王太子がいた。

彼の顔を見た瞬間、どっと疲れを感じた。

「なにかな? 勉強? なら私が教えるよ」そういって断りもなくミヅキの隣に座った。

彼はユウキの顔を見ると、顎を動かして“去るように”伝えた。
それに気づき、あわてて「ユウキ・ショータ様に教えて頂きたいです」と言った。その声が大きかったこともあり、王太子は目を大きくした。

「彼の教えからは分かりやすのです」と更に続けた。

本来なら立って挨拶をし、もっと丁寧な言葉を使用するべきであることは分かっていた。しかし、強引に割り込んできた彼に敬意を示す気に慣れなかった。

ユウキは青い顔をして下を向いている。今すぐに事の場を去りたいようであったが自分のためにこの場を離れるのを躊躇しているようであった。

王太子が邪魔だった。

すると、王太子が胸ポケットから手のひらサイズ画面を出して操作すると画像をユウキに見せた。それを見てユウキは困った顔した。
不思議に思い、画面を覗き込むと映っていたのは幼いユウキと自分であった。その画像は、ユウキとイルミが入れ替わった話を聞いた時に見た画像だ。

どうやら、ソレで脅そうとしているようであった。
そんな、王太子を細い目で見た。しかし、王太子は気にしないようで、ににこにこしていた。

それが気に入らなかった。

「わぁ」とミヅキは大げさに感嘆の声を上げると画像じっとみた。「懐かしいですね。私覚えていますよ。イルミ様ですよね」
「イルミ……? いや、これは……」
「なんで殿下がこの画像を持っているのですか?」
「……」

満面の笑みで早口で告げると王太子は言葉を詰まらせていた。

「ユウキ様、以前ご一緒にお兄様のイルミ様はお会いしましたよね?」
「え……、あぁ」ユウキは戸惑いながら、頷いた。

「ミヅキ」と王太子が呼んだ。「その画面の時のことを覚えているのかい?」
「ええ。もちろんです。図書館でお会いしました。突然、イルミ様がお倒れになった時は驚きました」

王太子はミヅキの言葉を一つ一つ確認するように聞いた。

「イルミと名乗ったんだね?」
「ええ、イルミ・ショータ様とおっしゃられてその時、殿下が持っています画像を撮りました」
「なるほど。イルミとあったんだよね? 以前と変わった様子ない? 以前は、イルミが魔道具を作っていたんだけど今は一切できないようなんだよね」チラリとユウキを見た。「その変わり、ユウキが作っている。まるで中身が入れ替わったようだ」

「えー、そうなんですか?」ミヅキは大きな声を出した。

「あの時、魔道具はユウキ様から“くすねてきた”と、おっしゃられていましたよ。弟が優秀すぎて目立つから自分が盾になるような話をしていたので良く覚えています」

「そうなのか?」と王太子はユウキの方を向くと彼は小さく頷いた。

「魔道具を使って、ユウキとイルミが入れ替わったのではないのか? では、なぜこの画像で私の言うことを聞いた?」
「……」

王太子の言葉にユウキは戸惑っていた。

「殿下はその画像を使って、入れ替わったことを周囲にバラすと言ってユウキ様を脅していたのですか?」
「……まぁ」視線をそらして、気まずそうな顔をした。

「もう一度聞きますが、画像の入手方法はなんですか?」
「……イルミ・ショータにもらった」

出てきた名前に驚愕したのは、ミヅキだけあった。
ユウキは知っていたようで、悲しげな顔で地面を見ている。

「その時に、彼から入れ替わりの話を聞いたんだよ。周囲は馬鹿にしたが私は信じている」目を細めて王太子はユウキを見た。「ユウキの身体にある魔力を狙ったんだろうね」

王太子の言葉にユウキは下を向いて何も言わない。
ミヅキはここで王太子に真実は伝えるのが良いことだと思わなかった。今まで彼を脅していたのだ、これからも続く可能性がある。

「あははは」大声で笑うと、王太子とユウキの視線がミヅキに集まった。「それ私もイルミ様から聞きました」

「面白い冗談ですよね。同じ説明を失礼します。当時、魔道具を作っていたのはユウキ様でした。ただ、まだ幼かったので目を付けられるのを恐れてイルミ様が作ったように見せたのですよ」

「なるほど」と頷き、アキヒトは少し考え込んでから、首を傾げユウキの方を見た。

「イルミとユウキの入れ替わりはないんだよね」
「はい」ユウキは王太子の質問にはっきりと答えた。
「イルミはなぜ嘘を言ったんだい?」
「本人からしたら真実でございます」
「なるほど」

王太子は腕組をして何度も頷いた。

「それではなぜ、この画像でユウキは言うことを聞くんだ?」

王太子はユウキの方を見た。

「その写真が出回って困るのは殿下ではありませんか? 私は辛い生活はイヤなので国、出ていきますよ」

ミヅキがちいさな声で言うと、王太子は画像をじっとみた。

「あぁ、そうか」王太子は頷いてミヅキを見た。

ミヅキは何も言わずに笑顔を作った。

「この画像で、イルミとミヅキの関係性が疑われる。婚姻前の関係を持った女性を嫌がる貴族も多いから、ミヅキは敬遠されるということかな。疑われたら最後、事実でなくてもこの国での生活は針の筵だね」

「そんなことになったら、これほどまで高い魔力が国外に出てしまうことになります」さっきまで気まずそうな顔していたユウキが顔を上げてはっきりと答えた。

「ならば、そういえば良かったじゃないか」
「……アキヒト様のご命令は理にかなっておりましたから」
「全て私のわがままだよ」

ユウキはゆっくりと首を振った。

「入学式、ミヅキ・ノーヒロの公開魔力検査が予定されていました。その時、アキヒト様のご命令で講堂に貼ってある席案内の紙に魔力を埋め込みました。ミヅキ・ノーヒロはそれに気づき生徒会室に来ました」
「そういう仕掛けがあったのですか?」

驚くミヅキにユウキは頷いた。

「君の能力の公開はマズイ。気づいていないようだがそうとう高い魔力なんだ。使い方によっては国を破滅させられる」

そう言われても実感がなかった。

「だから、アキヒト様の側妃になって守られた方がいい」

ユウキは必死な顔をした。確かに言っていることはよくわかるが、彼の側妃になるのは嫌だった。
まず、好みではない。

「ミヅキ、君は私のアプローチに全く反応しないね。興味ないのかな?」
「はい」と即答すると、王太子は困った顔をした。

「そうなんだね。私に興味がなくとも側妃はどうかな?」

彼の提案にミヅキは眉を寄せた。

「君に側妃としての責務は求めないよ。私は君の魔力がほしい。側妃になれば公に君に護衛を付けることができる。お互いに利益があると思うだけどどうかな?」
「お断りします」
「即答だね」眉を下げて頬をかいた。「少しは考えてくれないか?」
「そんな余地はありません」

レイージョの顔浮かんだ。
側妃になれば、正妃と交流することができるだろうがなんとも言えない気持ちになった。

生涯レイージョの傍にいると誓ってしまったため、彼女が王太子の子を産むところを見届けることになる。

あの時は雰囲気にのまれ承諾してしまったがよく考えれば辛い。

「責務はないし、仕事をしなくとも衣食住には困らせるつもりはないよ」
「……」
「護衛が必須になるが、外出も可能だよ。固定の相手が欲しければ、好みな従者をつけよう。勿論私に興味を持ったなら喜んで相手をするよ」

同情した。
彼は自分を含め、国を運営するための道具としか思っていない。

王太子としての教育の結果か。

チラリとユウキの方を見ると、彼は眉を下げて悲しげな顔で王太子を見ていた。

「そんな顔しないでよ。今すぐに決めてほしいわけじゃないけど、王族の発言権について学んだ方がいいよ」

そう言って、王太子はその場を去った。

彼がいなくなって、しばらくするとユウキが傍にきた。

「難儀だ」
「そうですね」
「側妃の件、正式に打診がきたら断るのは不可能だよ」
「そうですね」

疲れて、何も考えられなかった。木に寄りかかり、上をむくとヒラヒラと葉が落ちてきた。

「俺は絶対に君を国外に出したくない。側妃になってほしいがそれ以外の方法があるなら協力するよ」
「なぜですか?」
「脱国や死を選ばれては困るからだ」思い詰めた顔をした。

今のところ、そういった選択をするつもりはないが今後は分からない。

「とりあえず、今は勉強する? 無能だと人形扱いされる」

そう言ってユウキは、持っていた本を指差した。それで、自分が今何をしていたのかを思い出した。
それと同時に気が重くなった。

「勉強は成績のためだけじゃない。自分を守るためのものだ。知ることで今回の件も回避方法が見つかるかもしれない」

それはそうだと思った。
自分は知識がなさすぎる。

側妃の件もそうだ。ただ否定することしかできなかった。だから、王太子はその件を諦めなかった。否定するならそれ以外の提案をして相手を納得させなければならない。特に発言権のある王族にはだ。

浅はかな自分を恥じた。

その後、ユウキの力を借りながら持っていた本を全て理解した。
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