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第17話 寒暖差

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帰宅をすると、ミヅキはすぐに自室に入りユウキに教えてもらったことを復習した。ローテーブルにまだ読んでいない本があったがそれは無理だと諦めた。
解説してもらわないと全く頭に入って来なかった。

ユウキの言っていることは正しいと思ったから頑張ることにした。
自分の希望を通すなら知識は必要だ。幼少期から多くの知識を学べる環境にあったであろう王太子には今から勉強しても勝てないかもれない。しかし、ないよりあった方がいい。

ユウキの教え方は上手で、復習するとすぐに理解できた。面白いとさえ思った。

「あれ? 私できるじゃん」

自分で自分を褒めた。
理解できると面白くなり、どんどん進んだ。

気づくと、何時間も過ぎていて驚いた。
いい匂いがすることに気づいた。
何の匂いだかすぐにわかると、部屋を飛び出して台所に向かった。

「レイ様」

慌てて行くと、そこには料理中のレイージョがいた。彼女は貴族令嬢であるが料理を含む家事全般をする。
それが当たり前でないことは、クラスの貴族令嬢から聞いた。

「あら、お勉強は終わったの?」
「あ……。一冊しかできませんでした」

申し訳なさそうにすると、レイージョはミヅキが読んでいた本の内容を質問してきた。先ほどまでやっていた所であったためすぐにその質問に答えることができた。

「すばらしいわ」満面の笑みで褒められると嬉しくなった。

「さぁ、食事にするわよ」と言って、テーブルの上に料理を置いた。ミヅキもそれを手伝った。

レイージョの料理は最高に美味しい。いつも頬が落ちるかと思うほどだ。

「ミヅキ」と名前を呼ばれ細い目で見られた。ドキリとした。
彼女の視線の先にあったのはミヅキの手であった。食具の持ち方が間違っていることを指摘された。
慌ててなおすと彼女は笑顔になった。

食事マナーに厳しい。
少しでも失敗しようものなら、冷たい目で見られる。ゾクゾクと高揚したが、なおさないとレイージョが次第に悲しい顔になっていくので最近はすぐに改善した。

食事がすむと、レイージョは首を傾げながらどうやって本の内容を理解したのか聞いてきた。

「ユウキ様に教わりました」と言った瞬間、ブリードが吹いたかと思うほど寒くなった。目の前に座るレイージョは髪を乱してじっとミヅキを見ていた。

それはまるで雪女であった。夏休みだというのに、この部屋だけ真冬だ。

「え、あの……」

たまたま、あったことを必死で説明しようとしたが、彼女の圧に押され上手く言葉で出なかった。
彼女の怖さに、手が震えるのを感じた。

レイージョはミヅキの様子に気づき、深呼吸をすると落ち着き雪が融けていった。

「そうよね。一人でやれと言うのは酷だったわ。ごめんなさい、どうしても抜けられない用事があったの。次は私が教えるわ」

悲しげな表情に罪悪感を持った。

その時、王太子から言われた側室の話を思い出した。
「あの……」と遠慮がちにレイージョに側室に誘われたことを話した。黙っていて、彼女とトラブルになりたくなかった。
もし、自分の婚約者が友だちを妾にすると言ったらその友だちにいい感情を持たない。だからレイージョには自分が“側室になる気がない”ことを全力で伝えた。王太子の言いなりにならないためにも勉強を頑張って知識をつけるとも誓った。
彼女に嫌われたくなかった。

その瞬間、寒いと感じた部屋が一気に暑くなった。
レイージョから出ていた吹雪が、烈火の炎にかわっていた。

笑顔である彼女から強い怒りを感じた。

「いいわ。私が見られない時は勉強を教えてもらって構わないわ」
「……」

突然、意見を変えたので驚いた。
しかし、彼女が“いい”と言うならユウキに是非とも教えてもらいたかった。彼の教え方は分かりやすい。

ただ、彼女が怒った理由が知りたかった。
ユウキに勉強を教えてもらうことよりも、彼女の感情を刺激することが何か検討もつかなかった。

不安になった。

自分がレイージョの気に障ることをしたなら謝罪して許しを請いたかった。

「あの……」
「大丈夫よ」そう言うレイージョは優しい笑顔だった。もう怒りの炎もない。

「部屋行っていいわよ。私はここ片づけたら行くわ」
「いえ、一緒にやります」

すると、「そう」と嬉しそうな顔をした。レイージョはいつも自分が“全てやる”と言うので、“一緒にやる”と言う。すると穏やかな表情をする。
それがまた可愛らしい。
一緒に食器を片付けながら、チラリとレイージョを見た。

「レイ様は、なぜ自分で全部やるのですか?」
「面倒くさいから、かしら」

軽く流した皿を、大きなケースに入れながら答えた。皿をケースに入れる理由も知りたがったが、彼女の言葉の意味を聞きたかったため黙って見ていた。

それを察したようにレイージョは、ケースに入れた皿が洗える魔道具だと簡単に説明してくれた。

「わたくしを良く思わない人が多いのよね」

御三家貴族で王太子の婚約者という身分を羨ましがる人もいるのだろう。彼女の言葉に頷きながら食器を水で流した。
「メイドは1人に付き1人という規則なのよ」

多くの貴族が通う学園であるからその規則は納得できた。無制限にしたら学園が外部の人間であふれてしまう。

「そうなると、わたくしの部屋にそのメイドが一人になるのよ。相当信頼できる人間を探さなくてはならないわ」
「幼い頃からいる方はとは?」
「いないわよ。わたくしの傍にいると死んじゃうの」
「へ……?」

思いがけない言葉に変な声が出て、慌てて口を抑えた。手が濡れていたため、顔がぬれた。レイージョは、それを見て笑いながらタオルをくれた。

「何かしらの利益を求めてアクヤーク家に来るからね。悪事が見つかると父が殺してしまうの。わたくしの毒味係も何人も亡くなったわ。毒味係が死ぬと厨房だけじゃなく雇っている人間一掃されるから」

異世界の話だった。

「父の仕事の助手をしている人間は長くいるみたいだけど、わたくしとは関わりないもの」

彼女の言っている意味はよく理解できた。だからこそ、自分を部屋に招いた意味がわからなかった。

平民で、彼女の信頼に値するものなど何持っていない。
魔力が高いだけで得体のしれない人間だ。

聞きたかったけど、怖かった。それを聞くと今までの関係が崩れてしまうように感じた。
おそらく、何か彼女にとって利点があるのだろう。そうでなかれば自分を傍に置く意味がない。

使用済みになったら捨てられるのかもしれない。

優しく微笑むレイージョがそんなことをするとは思いたくなかったが、覚悟をしておく必要があった。
その時、レイージョを嫌いになりたくない。

平民である自分がここにいる事。
御三家貴族と対等に扱ってもらえる事。
恐れ多いことだ。

だから、絶対に彼女を裏切らないと誓った。
レイージョがどんな目的で優しくしてくれるのかは分からないが、この先どんなに彼女が変貌しても今この幸せをくれたことを忘れたりはしない。

気づくと、レイージョが悲しげな顔をしていた。

「そうそう、ユウキ・ショータさんもカナイ・クラーイさんもメイド雇ってないわよ。理由は知らないけどね」

ユウキが雇わないのは、イルミの件があるかと思ったがカナイは分からなかった。
どうでもいい話だ。

「興味ないわよね」

ニコリと笑うレイージョにドキリとした。その美しさにはいつもときめいているが、それとはまた違った。
彼女の見透かされたような瞳に吸い込まれそうであった。
時々、自分の心の内が全て彼女に伝わっている気がした。彼女に隠し事があるわけではないが、ずっとレイージョへの愛を叫んでいるため恥ずかしくなった。
それと当時に“気持ち悪い”と思われないか不安であった。

「勉強するわよ」と手を拭きながら、レイージョが言ったので今までの考えを頭から消した。顔を拭いていたタオルを置くと彼女と共に部屋を移動した。
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