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雨の邂逅
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あの日も雨が降っていた。
十年以上も昔──佳織が小学校低学年の頃。その日は生憎の雨で、傘をさして帰宅していた。
「あ……」
バス停の軒下で雨宿りをしている同い年ぐらいの少年に目を奪われた。少年がとても儚くて美しいと思ったから。
「ねえ、君」
佳織は雨宿りの少年に声を掛けていた。
「傘、持ってないの?」
「……うん」
少年の声は雨音にかき消される程にか弱かった。佳織は少年に見覚えが全くなかった。この近辺の子供であれば大抵は顔見知りだ。
「どこから来たの?私は──小学校なんだけど、君はどこの子?」
「……家出して来た」
「ええっ!?」
家出──その単語に驚いて大声を出してしまった。きっとこの子は訳ありなのだろう…と思った。
「でも……お家の人。お父さんとお母さん、心配してると思うよ?」
「それは無いと思うよ」
「うーん。私だったら、君が弟だったら……突然居なくなったら心配するよ」
「……本当?」
少年は初めて佳織の目を見て話した。
「家、どの辺り?」
佳織が訊ねると、佳織通う小学校とは学区外であることが分かった。
だが──佳織はにかっと笑みを浮かべて少年に傘に入るように促す。
「一緒に帰ろう。中に入りなよ」
「え……」
少年は戸惑っていた。何で見ず知らずの少女がこんなことをするのか少年には理解できなかったのだ。
「何で?」
「だって、ここに居ても意味ないよ。雨もしばらく止まなそうだし」
「……いいよ。僕はここに居る」
「む。せっかく誘ったのに」
はーと息を吐いて、佳織は広げていた傘を閉じてバス停の軒下に入った。
「何してるの。帰らないの?」
「君が一緒に帰ってくれないから、私もここに居る」
「何だそれ……」
少年は呆れたように「はっ」と笑った。
「名前何ていうの?」
「……人に名前を訊くときは自分から名乗りなよ」
「そうだね。私は二宮佳織」
少年の口が開いた。
「僕は──いじ」
強い雨音で名前が聞き取れなかった。
「え、あ、ごめん。雨でよく聞き取れなかった。何て?」
「二回も言わせるなよ」
「仕方ないでしょ。ってか、さっきより雨強くなってない?」
「そうだね」
何てことだろう。見ず知らずの少年に構ったが故に帰るタイミングを失ってしまった。
「僕に構わずにさっさと帰れば良かったのに」
「もうこうなったら、君にとことん付き合うよ!」
佳織の言葉に少年はぎょっとした表情を見せた。
「変わり者だね」
「そお?」
「……僕の周りにはいないタイプの人間だよ」
少年がバス停から移動するまでの間と決めて、佳織はとことん少年に付き合うことに決めた。一方的に佳織が少年に話しかける。学校のことやクラスや友達のこと。家出をしたと言っていたから、家族の話は避けた。佳織の話を聞いていた少年は、頷いたりしていたから無視をされている訳ではないと分かり、佳織は嬉しくなった。話している内に時間は経ち、雨が止んだ。
「あ。雨止んだね!」
にこっと少年に微笑みかけた。
「うん。これで帰れる」
雨上がり遠くの空に虹の橋がかかっていた。
「一人で帰れるの?」
「当たり前だろ」
「やっぱ一緒に帰る」
佳織が少年の後ろを付いて行く。
「うちもこっちだから」
「嘘バレバレ」
少年の住む自宅はバス停からさほど遠くなく、立派な庭付きの一軒家だった。表札には『氷室』と書いてあった。
「こおり…しつ?」
「……」
「うん。僕の名前、こおりしつ」
本当は『ひむろ』と読むのだが、少年は佳織に合わせたのだった。この頃の佳織にはまだ難しい漢字が読めなかった。
「家にも帰れたし、名前も分かったから…私も帰るね。バイバイ!」
佳織は家の中に入る少年に手を振った。
「バイバイ。佳織」
少年も手を振り返してくれた。帰り際に見た少年は微笑んでいた。
そして現在──
佳織は隣の氷室をただただ見つめていた。
(まさか…こんなことって…社長があの時の子……)
オフィス前に着いた時、氷室が佳織にふっと優しく微笑んだ。
「君は僕の初恋の人だった」
十年以上も昔──佳織が小学校低学年の頃。その日は生憎の雨で、傘をさして帰宅していた。
「あ……」
バス停の軒下で雨宿りをしている同い年ぐらいの少年に目を奪われた。少年がとても儚くて美しいと思ったから。
「ねえ、君」
佳織は雨宿りの少年に声を掛けていた。
「傘、持ってないの?」
「……うん」
少年の声は雨音にかき消される程にか弱かった。佳織は少年に見覚えが全くなかった。この近辺の子供であれば大抵は顔見知りだ。
「どこから来たの?私は──小学校なんだけど、君はどこの子?」
「……家出して来た」
「ええっ!?」
家出──その単語に驚いて大声を出してしまった。きっとこの子は訳ありなのだろう…と思った。
「でも……お家の人。お父さんとお母さん、心配してると思うよ?」
「それは無いと思うよ」
「うーん。私だったら、君が弟だったら……突然居なくなったら心配するよ」
「……本当?」
少年は初めて佳織の目を見て話した。
「家、どの辺り?」
佳織が訊ねると、佳織通う小学校とは学区外であることが分かった。
だが──佳織はにかっと笑みを浮かべて少年に傘に入るように促す。
「一緒に帰ろう。中に入りなよ」
「え……」
少年は戸惑っていた。何で見ず知らずの少女がこんなことをするのか少年には理解できなかったのだ。
「何で?」
「だって、ここに居ても意味ないよ。雨もしばらく止まなそうだし」
「……いいよ。僕はここに居る」
「む。せっかく誘ったのに」
はーと息を吐いて、佳織は広げていた傘を閉じてバス停の軒下に入った。
「何してるの。帰らないの?」
「君が一緒に帰ってくれないから、私もここに居る」
「何だそれ……」
少年は呆れたように「はっ」と笑った。
「名前何ていうの?」
「……人に名前を訊くときは自分から名乗りなよ」
「そうだね。私は二宮佳織」
少年の口が開いた。
「僕は──いじ」
強い雨音で名前が聞き取れなかった。
「え、あ、ごめん。雨でよく聞き取れなかった。何て?」
「二回も言わせるなよ」
「仕方ないでしょ。ってか、さっきより雨強くなってない?」
「そうだね」
何てことだろう。見ず知らずの少年に構ったが故に帰るタイミングを失ってしまった。
「僕に構わずにさっさと帰れば良かったのに」
「もうこうなったら、君にとことん付き合うよ!」
佳織の言葉に少年はぎょっとした表情を見せた。
「変わり者だね」
「そお?」
「……僕の周りにはいないタイプの人間だよ」
少年がバス停から移動するまでの間と決めて、佳織はとことん少年に付き合うことに決めた。一方的に佳織が少年に話しかける。学校のことやクラスや友達のこと。家出をしたと言っていたから、家族の話は避けた。佳織の話を聞いていた少年は、頷いたりしていたから無視をされている訳ではないと分かり、佳織は嬉しくなった。話している内に時間は経ち、雨が止んだ。
「あ。雨止んだね!」
にこっと少年に微笑みかけた。
「うん。これで帰れる」
雨上がり遠くの空に虹の橋がかかっていた。
「一人で帰れるの?」
「当たり前だろ」
「やっぱ一緒に帰る」
佳織が少年の後ろを付いて行く。
「うちもこっちだから」
「嘘バレバレ」
少年の住む自宅はバス停からさほど遠くなく、立派な庭付きの一軒家だった。表札には『氷室』と書いてあった。
「こおり…しつ?」
「……」
「うん。僕の名前、こおりしつ」
本当は『ひむろ』と読むのだが、少年は佳織に合わせたのだった。この頃の佳織にはまだ難しい漢字が読めなかった。
「家にも帰れたし、名前も分かったから…私も帰るね。バイバイ!」
佳織は家の中に入る少年に手を振った。
「バイバイ。佳織」
少年も手を振り返してくれた。帰り際に見た少年は微笑んでいた。
そして現在──
佳織は隣の氷室をただただ見つめていた。
(まさか…こんなことって…社長があの時の子……)
オフィス前に着いた時、氷室が佳織にふっと優しく微笑んだ。
「君は僕の初恋の人だった」
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