リノンさんは恋愛上手

そらどり

文字の大きさ
4 / 25
初めてのデート編

やっぱりデートと言えば映画でしょ

しおりを挟む
「ねえねえ! 見てよこれ! 可愛くない!?」



莉乃が手に取ったのは人気キャラクターの絵柄がプリントされたマグカップ。2匹の子熊が木の下で眠っている様子は確かに可愛らしいと思った。



「でもこれ……結構な値打ちだぞ? 本当に買うの?」



同じようなサイズのマグカップはいくつも陳列されているが、莉乃が手に取っているものは一際異彩を放つ程の値段だった。



「え、買わないけど」



「え、買わないの? 欲しいものがあるからお店に入ったんだとばかり……」



棚に商品を戻す莉乃にそう聞くと、莉乃はため息交じりに答える。



「拓海、そんな調子だと彼女に嫌われちゃうよ? いい? 欲しい物だけ買ってすぐに退散するのは男の悪い所! 彼女と二人でいるなら、一緒に共感してくれないと!」



「それは、そうかもしれないけど……でも何も買わずに店を出るのは良くないと思う」



「大丈夫だよ、未来のお客さんへの投資って聞いたことあるし」



「いや、その考え方は偏り過ぎだろ……」



莉乃は店員側の気持ちを勉強した方が絶対良い。こんな世間知らずでは先が思いやられる。



……今度バイト先の店長に相談でもしてみようか。



「ほら拓海、ボーっとしない! そろそろ時間だから行くよ!」



いつの間にか一足先に店を出ていた莉乃は、明るく言った。



「時間って……この後どこかに行くの?」



「もちろん! そのために今日ここに来たんだから! ほら、急ぐよ!」



「だからどこに……って、おい莉乃、走るなよ……!」



質問を無視し、足早に去ろうとする莉乃。



でも、莉乃は楽しそうに笑っていた。



「…………ま、別にいいか」



振り回されるのはいつものこと。今更気に病むことじゃない、か。



仮初めの恋人だとしても、関係が急に変わる訳じゃない。



莉乃は幼馴染。家族同然なんだから――――――







ーーー







「ここって……映画館だよな?」



「ご名答。やっぱりデートと言えば、映画鑑賞でしょ?」



確かにデートと言えば、映画が挙げられる。でも……



「莉乃、映画ならこの前行ったばかりだろ? もう忘れたのか?」



高校生になる前の準備と称して買い物に付き合わされた時、莉乃がどうしても見たいと言って聞かなかったので一緒に映画を観たばかりだった。



「いや、あの時はまだ付き合ってなかったでしょ? 今日は恋人として観に来たの。お分かり?」



「お分かりもなにも、そもそも俺達本気で付き合ってないだろ。意識が変わっただけで結局いつもと同じじゃん」



「ああ――!? また雰囲気壊した! ほんとに拓海は風情というかなんというか……」



「ぐ、悪かったよ……で、今日は何を観る予定なの? アクション? ミステリー?」



そう言いながら券売機に向かおうとすると、袖を掴まれる。



「ちょいちょい待ちなって、ストップストップ。チケットは事前に買ってあるから大丈夫」



「え、珍しい……」



いつもなら映画館に着いてから観るものを吟味するのに、今日は特別らしい。



「初めてのデートは準備も念入りにって言うし、私もそうしないと」



「? ……そうか」



違和感を感じたのは気のせいか。



「ちなみに今日は恋愛邦画を観ます。ほら、あのポスターのやつ」



「どこ指してんだよ……あれ全部ポスターじゃん」



「だからあれだよ、今話題のアイドルグループのメンバーの人。最近よくテレビに出てるよ」



「俺アイドルとか詳しくないからなぁ……」



「まあ引き籠ってるから仕方ない……って、ちょっ、なに……!?」



その声と同時に、横腹に鈍い衝撃が走る。



「痛―――!?」



思考が停止した。



「え、なんで肩に触った……!? そういうのはセクハラだって知らなかったの……!?」



「えぇ……ちょっと手を置いただけじゃん……」



「……デリカシーない男は彼女に嫌われるよ? いや、だから友達もまともにいないのか」



「ねえ、なんで傷口に塩を塗るのかなぁ!? デリカシーないのはどっちだよ!」



「今回は拓海が悪い。寧ろ私に謝れ。もしくは誠意を見せろ」



莉乃は不機嫌そうに言っているつもりだが、口元が僅かに綻んでいる。演技か。



「……はあ、分かったよ。ほら、飲み物買ってきてやるから欲しいもん言ってくれ」



「やった! じゃあ、ポップコーンのキャラメル味よろしく!」



「飲み物っつったろ……まあ、いいけどさ」



そう言って財布を取り出し、中身を見る。札が二枚、十分足りるだろう。



「じゃあ私はチケットを――――」



隣で財布を取り出そうとする莉乃。小さい手提げバッグに手を突っ込んでいた。



「…………あれ」



「ん? どうした? やっぱ違う味にするか?」



「…………」



「……莉乃?」



名前を呼んでも返事をしない。それどころか、表情が見るからに真っ青だった。



「拓海……ごめん」



小さく呟き、そして震える声で、莉乃は告げた。



「チケット……忘れてきちゃった…………」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...