リノンさんは恋愛上手

そらどり

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初めてのデート編

貴方の嘘を握りしめて

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「えっと、春物ってこれしかなかったっけ?」



自室で一人試着会をしながら、私は独り言ちる。



大きめサイズのトップスかオープンショルダーのトップスか、寝間着の上から交互に重ねて合わせる。



「肩出しって流行ってるらしいけど……ちょっと恥ずかしくない?」



雑誌の内容を鵜吞みにしている訳ではないが、どうしても今の私には少し背伸びしてるように見える。どうしてこんなものを買ってしまったのだろうか。



「…………やっぱり、無難な方で……」



明日のデートは失敗できない。変に攻める必要もない。



片方をクローゼットに戻し、採用した服装をハンガーに掛けておく。



「だって、明日は初めてのデートだもん……」



形式だけの関係でも、絶対に失敗したくない。



今までの単なる幼馴染の関係を終わらせる、その想いで始めたんだから。



「……って、まだ準備終わってなかったんだった」



机の上に乱雑になった持ち物を手提げに入れていく。



「―――よし、これで大丈夫」



後は明日を迎えるだけ。スマホを手に取り、通知を確認する。



「……また、か」



インスタを開くと、ダイレクトメッセージが送られてきていた。それら一つ一つを対処していく。



それを終えると、ようやく私の一日が終了だ。



「明日、楽しみ……」



朦朧とする意識の中、胸の内では言葉に反して仄かに不安を覚える。



そして、それは最悪な状況で形になった。







ーーー







「その……入れておいた財布ごと家に忘れちゃったみたいで……」



私がそう告げると、拓海は何も言わずに塞ぎ込んでいた。



「あ、あの……拓海、ほんとにごめん……」



駄目だ。失敗した。絶対に失敗だ。



これじゃあ拓海に嫌われる―――――――



「…………どこかに財布を落としたのかもしれない。手分けして探そう」



「え? なにを言って……」



「ほら、上映までに見つけ出せば大丈夫だから。俺はこっちを探すから、見つけたらメッセージ送って―――」



「え!? ちょ、ちょっと―――!」



そう言い残して、拓海はどこかへ消えてしまった。その場に一人私を取り残して。



「……見つかる訳ないのに」



それでも拓海の言う通りに元来た道を探す。形だけでもいい。少しでも探そうという誠意は示したかった。



が、すぐにメッセージが送られてきて、私は待合場所の映画館へと戻る。



すると、拓海は私を待っていた。私を認めると、手を振って「こっち」と呼びかける。



右手の中でひらひらとなびく紙切れ。それを見て、一瞬で悟ってしまう。



「財布までは見つからなかったけど、チケットだけ拾ってくれた人がいたみたいでさ。ほら」



そう言いながら、拓海は手に持つチケットを一枚、私に差し出す。



「親切な人がいてくれて良かったよ。これで映画観れるから早く入ろう。もう入場可能みたいだし」



「……うん」



嘘だと分かる。



だって、このチケットは当日券だ。私が買った前売り券じゃない。



「映画楽しみだな、莉乃」



それでも、言葉の通り楽しそうに笑う拓海。その表情を見てしまうと、拓海の優しさに惹かれてしまう。



「―――うん、すごく楽しみ」



受け取ったチケットを大切に握り締め、拓海の優しい嘘を塗り固めた。



「…………ありがと」



耳元で小さく囁くと、一瞬の赤面を隠すように拓海は先に行ってしまった。



最後まで堂々としてたらいいのにと思う。



でも、私はそんな拓海だから見惚れてしまう。一緒にいたいと思ってしまう。



その気持ちに不安なんて一つもない。
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