彼にとって、世界を救うより大切なこと(神城結友の場合)

パンPキン

文字の大きさ
8 / 13

1-7

しおりを挟む
『ジョスト発射! チャージ、来ます!!』

 天馬が2頭で吊り下げた馬上槍が海に投下された。持ち手のいない騎槍は、海中に没する寸前、柄の尾——石突から炎を噴いた。推進力を得た機械騎槍は海面スレスレを飛翔。その数、4。四つ並びに一直線で白煙を曳き、船のどてっ腹を貫かんと翔ける。それはもう現代における対艦ミサイルそのものだった。
 事実、ジョストには魔術式と魔石とが組み込まれており、目標に到達するや爆発する仕組みになっていた。鋼鉄の戦艦すら沈没させられる威力を秘めている。そんな物騒な兵器が木造のガレオン船に突き刺さればどうなるか。言うまでもなかった。

 カロンの通信ブローチから、船員クルーたちの野太い怒鳴り声が響き渡る。

『魔導結界起動! 魔力撹乱剤チャフをバラ撒け!』『魔術隊各員、チャフが薄れるまで撃つなよ! お前らの魔術まで拡散しちまうぞ!』『応!』『騎士隊オレたちの見せ場くらい作ってくれ!』『分かってらい!』

 船の下部から重低音が聞こえたかと思うと、シャボン玉みたいに透き通る膜が、ガレオン船を半球状に包み込んだ。魔石を利用した魔導結界である。魔術や魔導術を防ぐ防壁となった。
 船側から砲口を出した大砲も轟音を鳴らす。撃ち出されたのは単なる砲弾ではない。空中分解し、内側に詰まっていた粉塵を撒き散らす。薄霧のように広がった粉塵は、淡く七色にきらめき、魔術士に魔力操作を誤らせる性質を持つ。大概の魔術や魔導兵器ならば、この魔力障壁剤チャフで凌ぐことができた。

 ここまで迅速に展開された一連の回避行動は、異世界の軍艦の戦術としては一般的なモノだ。だがチャフの量が異常だった。七色の薄霧として目に見えるほど使わない。そこまでせずとも、ある程度は効果を見込めるからだ。それでもカロンが大量に使ったのは、後がない状況だからであり、ジョストによる長距離対艦攻撃はコレきりと判断したからである。船員や騎士のなかにも、これならばジョストで沈むことはないだろう、と淡い希望を持つことができた。甲板に、ひとまずの安堵がぎる。しかしーー。

「バカなッ!」 物見の表情が固まる。

 鈍色の4つの魔導騎槍は全て魔導結界を突き破った。これは想定内。しかし、期待を集めたチャフが、その効果をほとんど発揮しなかった。急に挙動を変えてあらぬ方へ軌道を曲げたのは、4本のうち1本のみ。残りは真っすぐ、この船に突撃してくる。

『ありえん!』 副館長が目を剥く。

 海戦や魔導具を熟知している者ほど、この驚愕は凄まじかった。言うなれば、宝くじが連続で高額当選するようなものである。ありえなくはないが、ほぼありえない。甲板の空気が凍る。瞳孔が開いた結友の目にも、白煙を噴いて、大気を切り裂きながら急迫する、鈍色の槍が見えた。弾着まで、数秒。呼吸が止まる結友。副館長が叫んだ。

「艦長ッ!!」
「ほいヨぉ~」

 ――ズドン。

 艦長が左手で構えた〝黒い銃〟が撃鉄を落とした。砲撃音のような銃声に、結友はおののく。間近にいたから、余計に、発砲の衝撃波まで体で感じ取れた。凄まじい反動があったろうに、カロンの姿勢は崩れない。左手が軽く上に跳ねただけ。〝黒い銃〟は排熱するよう煙を噴き出している。銃撃というより撃だ。

 正直、結友はジョストが3本も生き残り、船の懐に入られた時点で、死を叩きつけられたと体を硬直させていた。世界がゆっくりに映る。 
 
 そんな状態なかで、見た。急に現れた黒紫の球体が、空間を捻り取るかのように渦を巻いて、舷側に突き刺さらんとした3本全ての鈍色の騎槍ジョストを呑み込んでしまう。爆炎さえ起きなかった。さらには、海水や空気も取り込まれ、その余波で船体が傾き、引き寄せられる!

「艦長ぉーッ!!」

 物見が泣き叫ぶ。今にもマストから転落しそうだ。彼に向かって、陽気に手を振るカロン。

「へーきへーき! もう消えるヨー! あ、ホラ消えた。ボクが有能すぎて、想定より艦が揺れたけド、上手くいったネ。うんうん、良かった良かった! みんなも無事かい?」

 そう言ってカロンが振り返ると、あまりの船の揺れに、鎧を着た自身を支えきれず転倒した騎士や転がり落ちて破損した物資の木箱、大砲が動いて顔を挟まれそうになった船員など、一見して、死ぬよりはマシだったけど……という有様だった。天然モノクルパーマは満足そうにうなずく。

「うン! みんな無事そうだネ!」
「どこ見てそう判断したんだコラァ!」
「たださっきのサ、短時間でも維持するのに魔力とお金がたくさん必要なンだヨー。頼りにはなるンだけどサぁ……経費で落ちなイ?」

「舐めたこと言ってんじゃねぇ!」「敵じゃなくてオマエで死にかけたわ!」「ちったあ前もって話しやがれえ!」「うひぃ~!! 落ちるッ、落ちるぅ~~!! 誰か助けてぇええッ!」

 阿鼻叫喚である。急場で仕方なかったとは言え、カロンは独断専行が過ぎた。巻き込まれた哀れな船員たちは、厳しい階級制度を忘れ、こぞって悪しざまに抗議を並べる。
 押し寄せる仲間からの抗議の嵐と白い目の数々に、さしものカロンも心外そうにした。

「な、何かネ?! 君たち! 今、ボクがいなかったら君たちはもういないヨ!! 命の恩人に向かってあんまりじゃあないかイ!?」
「…………隊長の自業自得です。普段の行いの」
「ユノくんっ?! それはどういう意味かナ!?」
「そのままです。それより次です! 敵騎てっき、分散して突っ込んで来ます!」
「それよりって……ふぅむ、予想通りジョストはもうないか。もしかすルと、改良が加えられた特殊なジョストで、試験も兼ねてたのかもネ。やれやれ、この作戦立案者は相当な曲者のようダ」
「……誰か、隊長に鏡を持ってきてくれる?」
「いやぁ、今ので退いてくれると助かったんだけどナぁ。やっこさんたち、どうしてもこの船をここで沈めておきたいようダ……ま、彼らの真の狙いを考えれば自然なことだけド。ホント、忌々しいほど厄介な相手だネ」
「……本当に誰か鏡を持ってきてくれない?」

 ほとんど呆れ、頼もしさをひとつまみ程度の塩梅で、ユノが全クルーの心情を代弁する。
 〝氷の黒髪剣姫〟のボヤきなど耳に入れないカロンは、足元に転がってきた望遠鏡を足先で器用に蹴り上げ、手でキャッチして覗き込み、帝国軍の動向を確認する。

「お、ユノくんの言うとおりだ。各騎、編隊を解いて各々好きに突っ込んでくる気だね。さっきのボクの魔術を見ても怖気づかないなんて、よほどの精兵ダ。なんとも好戦的。というか、ユノくん、この距離、よく裸眼で見えるネぇ~。文字通り鷹の目ってヤツか」
「どうします?」
「作戦に変更はないヨ。徹底抗戦サ。この状況では万一にも逃げ切れないだろうからネ……(ま、を逃がせればその限りではないかナ?)」

 カロンは最後に他の誰にも聞こえないように囁いて、意味深な視線を結友に投げる。彼の小声が聞こえた結友は、困惑の表情を返す。どういう意味か分からなかった。
 そんな結友に、ニヤリと悪い微笑みを寄越してから、全クルーに檄を飛ばす。
 なにやら急に背筋がゾクッとして、イヤな予感に襲われる結友。

 ――戦うと決めた。先輩を守りたいから。けれど、何をさせるつもりなのだろうか。

「ホラホラ、無様に転んでる場合じゃないゾ! 敵は待ってくれなイ! 次の攻撃に備えるンだ! ちなみにボクはさっきので魔力がなくなっタただの役立たずだゾ! 守ってくレ!」

「誰のせいだ!」「自慢げに言うんじゃねぇ!!」「落ちるってぇ~! 誰かぁあ~!」

(余裕そうだなぁこの人達! ちょっとオカシイって!! 追い込まれてるんじゃないの!? ていうか誰か助けてやれよ! あの物見の人、1番の功労者じゃないのか?!)

 改良型ジョストを凌がれた帝国軍飛行隊は、編隊飛行を解いて散開。四方八方から、海に浮かぶ大きなまとを沈めるべく、各々、適切な位置に飛んでいく。即座に彼らが攻撃を畳み掛けないのには訳があった。どうせだからとカロンが大量に撒かせたチャフの影響である。
 チャフそのものは魔術ではない。魔石を利用した魔導術の産物である。その特徴を端的に言えば、魔力感覚を阻害する《粉》だ。つまり風などで自然と散ってしまうが、今回はカロン側に運が味方した。金に糸目を付けず大量に使ったのもそうだが、なによりこの時は海風が止んでいた。そのためチャフは霧のように宙に滞留し、魔術不干渉領域ができていた。淡い七色の霧が晴れた時が、再戦の合図となる。

 崩れた迎撃態勢を再構築したカロンは、制空権を支配された敵だらけの上空を見渡し、この時ばかりは乾いた笑いをこぼして、モノクルの位置を指で直した。

「ナハハ……これぞ四面楚歌。まるでハゲタカが餌に群がるみたいだ。チャフを大量に撒いておいて助かった。我ながらグッジョブ。とは言え、そのうち効果が切れちゃうかラ、悪あがきでしかないけド……今のうちにできることはしておこう―――ユノくん、君にお願いがある。艦長ではなく、隊長としてね」
「…………」

 雰囲気を改めて、カロンが言う。ちょうど雲が陰って、カロンの目元の表情が曖昧になる。声音も、幾分、平坦だ。今までが明るかっただけに、どうしても落差を意識してしまう。結友の思い違いかもしれないが、田舎の夜道で明滅する一本の電灯を思わせるような、仄暗い不気味な静けさがあった。
 一方、ユノは何も答えない。ただ、こころなし、イヤそうにして見返している。お願いという名の命令であると理解していた。
 それは言ったカロンも承知しているのだろう。特に気にした様子もなく、命令を続けた。

「君には護衛任務を言い渡す。神城くんと月島女史。そしてを連れて、ここから離脱したまえ。これは、私の副官である君だから出来る任務だ………意味は判るね?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...