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襲撃者は敵国の帝国軍。当然、相手は人間だ。つまり、これから結友も直面するのは、規模は小さいとは言え、紛うことなき、戦争である。人類の大悪の一つだ。
「た、戦う……のか?」
結友は、戦争を頭でしか知り得ず、それも一般常識の範囲を超えない。それでも、戦争は絶対に回避しなければいけないと教え込まれたし、その通りと確信している。
だから。今まさに起きようとしている……いや、そんな他人事でなく、巻き込まれようとしている現実を受け入れる事ができないでいた。
「当然よ。それが私の仕事だもの」
至極当然のように、ユノは言い切った。
「仕事って……! お前、これから何をするのか分かって言ってるのか!?」
一般人の結友の大声が、甲板の緊迫した静けさを平手打ちにする。騎士たちの表情に変化はないが、水夫たちの中には「構ってられん」と邪険そうに顔をしかめる者もいた。彼らにとっては、これは当然のことなのであった。今更、問うまでもない。
「……ええ。少なくとも、あなたよりは」
氷の黒髪乙女は――いや、氷の黒髪剣姫は、細腰の両側に佩いた二振りの刀の柄に手を添える。彼女の端整な美貌がより冷たく冴え、もはや冷徹な印象だった。
「ユノ……君は……」
この先を結友は言えなかった。同じ人間を殺めたことがあるのか、なんて……。同世代の少女にできる問いかけではない。
「――やらなければやられる」
ただ黙って見てくる、顔から血の気の失せた結友に、ユノは言った。何一つ、表情を変えないで。そこに優しさも、怒りも、悲しみも、憐憫さえもありはしなかった。ただ緊張だけがある。
「使い回された陳腐なセリフだけど、これが事実なの。世界には理不尽に降りかかる火の粉もあるの。誰かを、何かを護るため、降りかかる火の粉を我々は打ち払うわ。形のない言葉だけでは、実体のある暴力は止められない」
結友は言葉が見つからなかった。ユノも何か言葉をかけてほしいわけでは無い。ありのままを伝えただけである。
実際に、結友の目にも編隊飛行する騎影が8つほど視え始めた。まだ結友には点でしか見えないが、望遠鏡を覗いていたマストの物見が叫ぶ。
「艦長! 予想通り、帝国軍の飛行部隊でさあ! なんの通告もナシに当艦に急速接近中ッ! 間違いねぇ! ヤツら、やる気だ! 2騎の天馬で対艦用魔装具を計4つぶら下げてやがります! アレは超低空飛行型魔導騎槍かと! 間もなく射程に捕捉されますぜ!」
「おいおい、通告もナシとか、どこの海賊だヨ。まぁ、あちらさんも極秘任務なんダろうネ。挨拶なンて、あるわけナイか。にしても、まるで我々がこの状況に追い込まれることが分かっていたみたいな装備じゃアないか。千里眼の持ち主でもいるのかナ?」
「……やはり、情報を流した武家が――」
「おっとユノ君。それ以上はいけないゼ? たまたまボクたちを見つけて、たまたまジョストを装備していたのかもしれないからネ?」
「……そんな偶然、重なってたまるものですか」
ユノが顔に渋面を作る一方、カロンはポケットからうるさく鳴る通信ブローチを取り出し、指令を飛ばした。
「副艦長、魔導防御結界を張りたまえ。ああ、君の言いたいことは分かるヨ。先の戦闘でほとんど魔石を消費して使い物にならないんだろウ? それでもナイよりはマシさ。極微の積み重ねが、奇跡を生み出すコツと知りたマえ。今のボクらには、それこそ奇跡が必要なのサ……なァに、なんとかなルよ。これでも奇跡の生還者と呼ばれるくらいだからネ!」
親切ながらも、そこはかとなく胡散くさいカロン艦長は、この全身が凍りつくような緊迫感のなかでさえ、朗らかに振る舞ってみせている。その余裕ある声色、表情は、艦を蝕む暗澹たる気配から、全ての船員を救っている。戦う前から心が折れていては、眼前に好機が、何かの間違いで転がり込んだとしても、咄嗟に掴むことなどできるはずもない。気楽なカロンの存在は、地獄の淵に立たされた船員たちに、希望の灯をともしていた。
「それはそれとして魔力撹乱剤も用意してネ。この際だ。出し惜しみはナシにしよウ。使えるモノは使ってしまエ! どうせなンだ、景気良く行こうじゃなイか!」
『それはそうなのですが、チャフを散布するとこちらの魔術にも影響が出てしまいます。ジョストの迎撃はどのように?』
「そこはボクに任せてもらおう。ボクも虎の子を出す。この子も金食い虫だけど、なんせ、お金はあの世に持ってけないからネ! 宵越しの銭は持たヌ! う~ん、なンだか楽しくなってきたぞウ! うわっはっはっはっは!」
「笑い事じゃないでしょうよ……」
朗らかに死んだ場合の話までぶっこみ出したカロンに、麗しの副官殿は悩ましげに額を押さえて嘆息する。さすがに最後の冗談は、冗談と捉えるには現実味があり過ぎた。騎士の中にも顔をこわばらせる若い青年の姿もある。
そんなことには一向に構わず、カロンは下手な鼻唄を歌いながら、ホルスターから例の黒くてゴツい拳銃を引き抜く。単発式で、チャンバーにやけに大きな弾丸を装填していた。その際、片眼鏡越しに左眼でよく視線を込めていた。……願掛け、だろうか。
――ガチャン。
黒い拳銃が重たい音を立てて、大きな弾丸を太い銃身に呑み込むと、存在感を弥増した。白亜の戦闘服に、黒い無骨なシングル・ショットはモノトーン調でよく似合うが、どこか禍々しい気配を結友は感じていた。翻って、所持者のカロンは禍々しさとは無縁な、至ってお気楽な様子なので、チグハグ感が強烈だ。
「ほ、ホントに………戦うのか?」
誰に聞かせるでもなく、結友は独り呟く。周囲ではなく、まるで自分自身に問いかけているように。
『オマエはこのままでいいのか?』
『どうするのだ、オマエは』
言葉が頭に浮いてこない。思考力が働いていない。口が渇いている。ツバが出ない。夏の日差しは感じるのに、寒気が止まらない。自分の手を見れば、細かく震えている。
……当然、結友も理解していた。――もっと正確に言えば、肌感覚に現実を叩きつけられていた。今の自分が、どれだけ危うい状況に置かれているのかを。
まさに今、この瞬間、この艦は武器を持った人間に狙われている。つまりは、結友もまとめて殺されそうになっていた。結友が狙われる理由などない。たまたま、ここにいただけだ。理不尽に過ぎる。頼りの先輩は、隣にいない。
「そ、そうだ! 先輩ッ! 先輩が危ない!」
「バカなの?! 今は自分の身を心配なさい!」
ユノがピシャリと言う。
「で、でも!」
「なぁに、月島女史なら平気の平左サ。なんたって、お人好しな雪色のお稲荷さんのご加護があるからネぇ。ボクもあやかりたいヨ。トホホのホ」
「そうですか。なら、こちら次第ですね」
ユノが納得して、話がそこで終わってしまう。事情を掴みきれない結友は、ちょっと待ってと、自然と声を大きくしてしまう。
「えッ!? ちょ、どうゆう! と、とほほ?」
「私たちがしっかりすれば月島さんも助かるってこと。あなたは私たちの邪魔にならなければそれでいいわ。そこら辺にいて」
「そ、そこら辺って……俺、一般人なんですけど……」
言われたのは、一つの物陰すらない甲板上。どうやって身を守れと? あまりにも心許なくて泣きそうになる。
ユノは小さく肩をすくめて、
「そんな顔されてもね。どこにいても同じなのよ。ここは一つの船の上。沈められたら、騎士だろうが船乗りだろうが魔術士だろうが、胡散くさい艦長だろうがそれでお終い。みんな仲良く海の藻屑。一蓮托生なのよ。それと、自分が一般人だっていうのは相手に言ってちょうだい。攻めてきてるの、あちらさんなのだから。モチロン、我々は最大限あなたを保護するけれど、ご覧の通り、万全でも万能でもないの……帝国兵さんにも、あなたが一般市民だって分かってもらえるといいわね?」
お上品な微笑みを最後に添えて、ユノは帝国騎兵が兵器をぶら下げて翔ける空を見やる。
皮肉を言われたとすぐに分かった。「そんなふうに言わなくたって」と結友は感じたが、それを口に出すことはできなかった。甲板で待機する騎士や船員、魔術士たちから漲り出した戦意に、余計なことは言えなくなる。同じ人間と矛を交えることに消極的な自分は明確に異分子だった。
戦争を忌避する。人の殺し合いを否定する。それは間違った感性ではない。そのはずだ。だが、しかし。現実に、この眼の前に、結友と先輩も含めた大勢を葬ることができる兵器を突きつけられている。すでに銃の撃鉄は下ろされている。交渉の余地などあるはずもなかった。
聞いたばかりのユノの言葉が蘇る。
――理不尽に降りかかる火の粉もあるの。
(……ッ、わかってる。わかってる! 教わった倫理とか正しい理屈とか色々あるけど、もういいッ! そんなことは分かってるんだ! 本当にわかっていなくちゃいけないのは、今ここで戦わなくちゃ、先輩を守れない!! 俺は先輩が大切なんだ!! だからッ!!)
「ね、ねぇ、神城くん? トホホ、通じないの? マジ? お、おぉぉ……なんてことだ。あのジョストよりボクには精神的ダメージが大きい……」
(……なにを言ってるんだこの人は)
こちとらシリアスシリアスしていたというのに、カロンは自由奔放だった。昔の――いや、古き良き伝統的な泣き真似を口にしたカロンだったが、結友が分かっていないと気づくや、割と本気で愕然として胸を痛めてしまっている。口調も普通になっている始末だ。気が抜けてしまう。
『当艦に接近中の帝国軍騎に告げる! それ以上接近するなら撃墜する! 繰り返す、それ以上接近すれば撃墜する! 当空域はアルルカ国の領空である! 貴国は領空侵犯している!』
再三にわたる警告に帝国軍騎からの応答はない。むしろ「この期に及んでまで警告か?」と嘲笑すら感じられてしまうほど堂々と空を進撃してくる。電撃作戦が露呈したというのに一毫も慌てた様子がない。まるで、すでに決着は付いていると言わんばかりだ。……暗に、こちらが疲弊しきっているのは知っているぞ、というメッセージでもある。帝国は軍事力を適切に行使していた。万一にも、この船を逃がすつもりはないらしい。
軍艦を鎮めるに足る兵器を、迅速かつ粛々と持ち運んでくる光景は、胃の腑が凍りつき、息の根まで止まってしまいそうだった。
「はあッ、はあッ、はあッ……! (戦うと決めた! でも、どうすればいい!? どうするどうするどうする!!!!)」
世界は、結友を待たない。その歩みを止めない。光陰矢のごとし。世界はうつろいゆく。たとえ、今ここで答えが出せなくとも――。
物見の船員が叫んだ!
『ジョスト発射! チャージ、来ます!!』
「た、戦う……のか?」
結友は、戦争を頭でしか知り得ず、それも一般常識の範囲を超えない。それでも、戦争は絶対に回避しなければいけないと教え込まれたし、その通りと確信している。
だから。今まさに起きようとしている……いや、そんな他人事でなく、巻き込まれようとしている現実を受け入れる事ができないでいた。
「当然よ。それが私の仕事だもの」
至極当然のように、ユノは言い切った。
「仕事って……! お前、これから何をするのか分かって言ってるのか!?」
一般人の結友の大声が、甲板の緊迫した静けさを平手打ちにする。騎士たちの表情に変化はないが、水夫たちの中には「構ってられん」と邪険そうに顔をしかめる者もいた。彼らにとっては、これは当然のことなのであった。今更、問うまでもない。
「……ええ。少なくとも、あなたよりは」
氷の黒髪乙女は――いや、氷の黒髪剣姫は、細腰の両側に佩いた二振りの刀の柄に手を添える。彼女の端整な美貌がより冷たく冴え、もはや冷徹な印象だった。
「ユノ……君は……」
この先を結友は言えなかった。同じ人間を殺めたことがあるのか、なんて……。同世代の少女にできる問いかけではない。
「――やらなければやられる」
ただ黙って見てくる、顔から血の気の失せた結友に、ユノは言った。何一つ、表情を変えないで。そこに優しさも、怒りも、悲しみも、憐憫さえもありはしなかった。ただ緊張だけがある。
「使い回された陳腐なセリフだけど、これが事実なの。世界には理不尽に降りかかる火の粉もあるの。誰かを、何かを護るため、降りかかる火の粉を我々は打ち払うわ。形のない言葉だけでは、実体のある暴力は止められない」
結友は言葉が見つからなかった。ユノも何か言葉をかけてほしいわけでは無い。ありのままを伝えただけである。
実際に、結友の目にも編隊飛行する騎影が8つほど視え始めた。まだ結友には点でしか見えないが、望遠鏡を覗いていたマストの物見が叫ぶ。
「艦長! 予想通り、帝国軍の飛行部隊でさあ! なんの通告もナシに当艦に急速接近中ッ! 間違いねぇ! ヤツら、やる気だ! 2騎の天馬で対艦用魔装具を計4つぶら下げてやがります! アレは超低空飛行型魔導騎槍かと! 間もなく射程に捕捉されますぜ!」
「おいおい、通告もナシとか、どこの海賊だヨ。まぁ、あちらさんも極秘任務なんダろうネ。挨拶なンて、あるわけナイか。にしても、まるで我々がこの状況に追い込まれることが分かっていたみたいな装備じゃアないか。千里眼の持ち主でもいるのかナ?」
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「おっとユノ君。それ以上はいけないゼ? たまたまボクたちを見つけて、たまたまジョストを装備していたのかもしれないからネ?」
「……そんな偶然、重なってたまるものですか」
ユノが顔に渋面を作る一方、カロンはポケットからうるさく鳴る通信ブローチを取り出し、指令を飛ばした。
「副艦長、魔導防御結界を張りたまえ。ああ、君の言いたいことは分かるヨ。先の戦闘でほとんど魔石を消費して使い物にならないんだろウ? それでもナイよりはマシさ。極微の積み重ねが、奇跡を生み出すコツと知りたマえ。今のボクらには、それこそ奇跡が必要なのサ……なァに、なんとかなルよ。これでも奇跡の生還者と呼ばれるくらいだからネ!」
親切ながらも、そこはかとなく胡散くさいカロン艦長は、この全身が凍りつくような緊迫感のなかでさえ、朗らかに振る舞ってみせている。その余裕ある声色、表情は、艦を蝕む暗澹たる気配から、全ての船員を救っている。戦う前から心が折れていては、眼前に好機が、何かの間違いで転がり込んだとしても、咄嗟に掴むことなどできるはずもない。気楽なカロンの存在は、地獄の淵に立たされた船員たちに、希望の灯をともしていた。
「それはそれとして魔力撹乱剤も用意してネ。この際だ。出し惜しみはナシにしよウ。使えるモノは使ってしまエ! どうせなンだ、景気良く行こうじゃなイか!」
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「笑い事じゃないでしょうよ……」
朗らかに死んだ場合の話までぶっこみ出したカロンに、麗しの副官殿は悩ましげに額を押さえて嘆息する。さすがに最後の冗談は、冗談と捉えるには現実味があり過ぎた。騎士の中にも顔をこわばらせる若い青年の姿もある。
そんなことには一向に構わず、カロンは下手な鼻唄を歌いながら、ホルスターから例の黒くてゴツい拳銃を引き抜く。単発式で、チャンバーにやけに大きな弾丸を装填していた。その際、片眼鏡越しに左眼でよく視線を込めていた。……願掛け、だろうか。
――ガチャン。
黒い拳銃が重たい音を立てて、大きな弾丸を太い銃身に呑み込むと、存在感を弥増した。白亜の戦闘服に、黒い無骨なシングル・ショットはモノトーン調でよく似合うが、どこか禍々しい気配を結友は感じていた。翻って、所持者のカロンは禍々しさとは無縁な、至ってお気楽な様子なので、チグハグ感が強烈だ。
「ほ、ホントに………戦うのか?」
誰に聞かせるでもなく、結友は独り呟く。周囲ではなく、まるで自分自身に問いかけているように。
『オマエはこのままでいいのか?』
『どうするのだ、オマエは』
言葉が頭に浮いてこない。思考力が働いていない。口が渇いている。ツバが出ない。夏の日差しは感じるのに、寒気が止まらない。自分の手を見れば、細かく震えている。
……当然、結友も理解していた。――もっと正確に言えば、肌感覚に現実を叩きつけられていた。今の自分が、どれだけ危うい状況に置かれているのかを。
まさに今、この瞬間、この艦は武器を持った人間に狙われている。つまりは、結友もまとめて殺されそうになっていた。結友が狙われる理由などない。たまたま、ここにいただけだ。理不尽に過ぎる。頼りの先輩は、隣にいない。
「そ、そうだ! 先輩ッ! 先輩が危ない!」
「バカなの?! 今は自分の身を心配なさい!」
ユノがピシャリと言う。
「で、でも!」
「なぁに、月島女史なら平気の平左サ。なんたって、お人好しな雪色のお稲荷さんのご加護があるからネぇ。ボクもあやかりたいヨ。トホホのホ」
「そうですか。なら、こちら次第ですね」
ユノが納得して、話がそこで終わってしまう。事情を掴みきれない結友は、ちょっと待ってと、自然と声を大きくしてしまう。
「えッ!? ちょ、どうゆう! と、とほほ?」
「私たちがしっかりすれば月島さんも助かるってこと。あなたは私たちの邪魔にならなければそれでいいわ。そこら辺にいて」
「そ、そこら辺って……俺、一般人なんですけど……」
言われたのは、一つの物陰すらない甲板上。どうやって身を守れと? あまりにも心許なくて泣きそうになる。
ユノは小さく肩をすくめて、
「そんな顔されてもね。どこにいても同じなのよ。ここは一つの船の上。沈められたら、騎士だろうが船乗りだろうが魔術士だろうが、胡散くさい艦長だろうがそれでお終い。みんな仲良く海の藻屑。一蓮托生なのよ。それと、自分が一般人だっていうのは相手に言ってちょうだい。攻めてきてるの、あちらさんなのだから。モチロン、我々は最大限あなたを保護するけれど、ご覧の通り、万全でも万能でもないの……帝国兵さんにも、あなたが一般市民だって分かってもらえるといいわね?」
お上品な微笑みを最後に添えて、ユノは帝国騎兵が兵器をぶら下げて翔ける空を見やる。
皮肉を言われたとすぐに分かった。「そんなふうに言わなくたって」と結友は感じたが、それを口に出すことはできなかった。甲板で待機する騎士や船員、魔術士たちから漲り出した戦意に、余計なことは言えなくなる。同じ人間と矛を交えることに消極的な自分は明確に異分子だった。
戦争を忌避する。人の殺し合いを否定する。それは間違った感性ではない。そのはずだ。だが、しかし。現実に、この眼の前に、結友と先輩も含めた大勢を葬ることができる兵器を突きつけられている。すでに銃の撃鉄は下ろされている。交渉の余地などあるはずもなかった。
聞いたばかりのユノの言葉が蘇る。
――理不尽に降りかかる火の粉もあるの。
(……ッ、わかってる。わかってる! 教わった倫理とか正しい理屈とか色々あるけど、もういいッ! そんなことは分かってるんだ! 本当にわかっていなくちゃいけないのは、今ここで戦わなくちゃ、先輩を守れない!! 俺は先輩が大切なんだ!! だからッ!!)
「ね、ねぇ、神城くん? トホホ、通じないの? マジ? お、おぉぉ……なんてことだ。あのジョストよりボクには精神的ダメージが大きい……」
(……なにを言ってるんだこの人は)
こちとらシリアスシリアスしていたというのに、カロンは自由奔放だった。昔の――いや、古き良き伝統的な泣き真似を口にしたカロンだったが、結友が分かっていないと気づくや、割と本気で愕然として胸を痛めてしまっている。口調も普通になっている始末だ。気が抜けてしまう。
『当艦に接近中の帝国軍騎に告げる! それ以上接近するなら撃墜する! 繰り返す、それ以上接近すれば撃墜する! 当空域はアルルカ国の領空である! 貴国は領空侵犯している!』
再三にわたる警告に帝国軍騎からの応答はない。むしろ「この期に及んでまで警告か?」と嘲笑すら感じられてしまうほど堂々と空を進撃してくる。電撃作戦が露呈したというのに一毫も慌てた様子がない。まるで、すでに決着は付いていると言わんばかりだ。……暗に、こちらが疲弊しきっているのは知っているぞ、というメッセージでもある。帝国は軍事力を適切に行使していた。万一にも、この船を逃がすつもりはないらしい。
軍艦を鎮めるに足る兵器を、迅速かつ粛々と持ち運んでくる光景は、胃の腑が凍りつき、息の根まで止まってしまいそうだった。
「はあッ、はあッ、はあッ……! (戦うと決めた! でも、どうすればいい!? どうするどうするどうする!!!!)」
世界は、結友を待たない。その歩みを止めない。光陰矢のごとし。世界はうつろいゆく。たとえ、今ここで答えが出せなくとも――。
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