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しおりを挟むその後はまさに惨事だった。
この国では教会と貴族にそれぞれ異なる権力が分配され役割が大きく違う為、両者は仲が良くないのが通説であるが、恐らく教会側であろう人間達が堰を切ったように王に異議を唱え、国の重役に就いているであろう貴族達はここぞとばかりにそれに賛同した。
どれもこれもが「その卑しい身分の人間が勇者なわけない」だとか「枯れ枝のような体の勇者など聞いたことがない」だとか「みすぼらしいただの役所勤めに何が出来る」だとか、果てには「その者を処分して次代の勇者を待つべきだ」とか。
リンツは一言も発せず、そもそも色々と理解が追いつかないままその迫力にガタガタと震えるばかりで、いつの間にか気を失った。
「……夢、じゃないか、やっぱ」
そして彼が再び目覚めたのは次の日の明け方、王宮に用意された客間の豪華すぎるベッドの上でだった。
はぁ、と豪快に溜息をつき、兼ねてであれば一生触れることの無いであろう豪華すぎるベッドに恐れおののき飛び退くところが、もうそんな元気は一欠片もなかった。
叶うのならば全て夢であったら良かったのだが、やはり違うらしい。
リンツは再び溜息をつき俯いた。
「僕が勇者なんかなわけが無い。みんな好きかっていいやがって……。一体僕が何したって言うんだよ。ただ働いてただけ……そう! ただ働いてただけじゃん! だいたい勇者って、伝説上の存在じゃないか。童話とか歴史書とか、確かオルティスの最後の記述では200年前とかだったし他国で聞く話も本当かどうか……いや待てよ、ヴァルジョワが30年前に勇者が現れたとかどうかって確か何かで……」
「ほーお、流石お前頭いいんだな」
「いやいやこれくらい歴史を学べば誰でも……って、誰!?」
突然、耳元で聞こえた聞き覚えのない声に思い切り顔を上げると、「おっと危ね」といって声は少し離れた。
「え!?」
「一応ノックはしたんだぜ。でも全然聞いてないからさ。ブツブツブツブツ、頭痛くなるわ」
「き、騎士様??」
男は明るい赤毛の短髪で、紺地に金の縁取りの騎士服を着ていた。
紺の騎士服ということは少なくとも近衛騎士団ではないらしい。近衛騎士団は灰色に赤の刺繍が入ったやたらと派手な服を身に纏っている。近衛騎士団は騎士団よりもずっとタチが悪いから、それだけが救いであるが、リンツは慌てて居住まいをただした。……ただし、ベッドの上で繕えるだけの範囲で。
青年はその様子を何が面白いのかニヤニヤと表現して差し支えない顔をしていて、リンツはぞっとして背筋をさらに伸ばす。
貴族は大体平民を見下しているし、こうやってニヤニヤしてる時は大抵ろくな事がないからだ。
鳶色の瞳はアーモンド型で、表情がコロコロと変わる。背丈はリンツの頭一つは大きいだろう。肩幅もずっと広い。この体格で殴られたらひとたまりもない。それに、腰に差してある鈍く光る剣はリンツをドギマギさせるのに充分であった。
けれど、しばらく経っても男は特に殴りもせず暴言も唾も吐くことなく、ただ笑っていた。
良く見れば如何にも騎士といった風体であるが、その雰囲気は随分と気安かった。騎士と言えば大抵は貴族の子息で構成されていて、馬鹿にしたように蔑んだ目で見るか、そもそも平民なんぞ視界に入らないといった態度ばかりで、こんな風に平民に話しかけはしない。
「そう、その通り。俺はギルバート・レスター、第四騎士団所属。お前と旅に出る事になった」
ギルバートはそう言うと人懐っこそうな顔をクシャりと歪めて右手を差し出し「よろしくな」と言った。
「あ、り、リンツ・エレヴィスです、よろしく……って……ま、待ってください!」
「ん? なんだ? あ、言っとくけど俺貴族じゃないから。別に萎縮しなくてもいいぞ。アイツらはひょろひょろの文官なんて認めないとか平民の下につくなんて末代までの恥とか、まあ後は親の反対とか、そんなんで誰一人行きたがらなかったからな」
「あ、そうなんですか」
「そうそう。めんどくさい奴らだよな。折角この大陸中を巡れる旅に出られるって言うのにさ。しかもタダでだぜ!? プライドとか貴族のしがらみとか、超めんどくせえ」
眉を下げて白目を剥いたギルバートにぎょっとしつつ、貴族でないことに安心してリンツはほっと息をつきかけ、そしてギルバートの目の前に手を掲げた。
「だから、ちょっと待ってください」
「あ? なに」
「旅って言いました?」
「うん」
「大陸中を巡るって言いました?」
「言ったぞ」
ついでに「タダでだぜ!」と楽しそうにそう言ってギルバートは歯を見せて笑った。
全然そんなこと今は気にしていないし、聞いていないというのに、ギルバートはやたらと嬉しそうだ。
最悪だ、リンツは青ざめ声にならない声でそうつぶやくのだった。
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