やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

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第1章 パティシエはアーティスト?

第7話 失格敗退

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「あっちー……」
 ばたばたと、コック帽で、自分をあおぐ。
 コックコートのボタンを腹まであけ、ダブルボタンの襟元を無理矢理大きくくつろげて、だらっと石段に片あぐらをかき、片脚は投げ出していた。
 会場の裏手。
 今さら、じっとりとにじんできた脂汗。コックコートの袖でぬぐう。
 危なかった。この熱が競技中に出てきていたら、どんなに集中していても、チョコレートを扱い切れないところだった。溶けてしまう。
 競技の間、無意識に、体温すらコントロールしていたらしい。
 さっきの繊細さなど嘘のように、だらけている日本人少年。そこに、どたどたと、一人の女が走ってきた。
 肥えている。
「見つけた~!! 京旗サマ~!!」
 フゴフゴ鼻をならす、だみ声。
「げっ」
 失礼ながら、名前も覚えていない。ファンの一人、資産家の令嬢――と言ってもとっても年のいった独身女で、京旗のメセーヌになりたがっている、たくさんの奥さまがたのうちの一人だ。
 「メセーヌ」というのは要するに「女のメセナ」で、「メセナ」というのは簡単に言えばパトロンだ。独立をすすめ、その出資をしてやろうという奇特な方々だ。熱烈なファンの変形版ともいえる。
「そろそろコンクールの審査結果が発表されますわよ! 会場にお戻りにならなくては! でも、大変ですの~っ!」
 色気もないだみ声で、身をもみしぼるのはヤメてほしい。申し訳ないが、耐えられない。
 だが、女はその声を出し続けた。ひきつった顔は、青ざめている。
「京旗サマ、失格かも知れないんですわ……!!」
「っ? な、なななな、なんでっすか?!」
 飛び上がった心臓。
――まさか、年齢詐称がバレた?!
と叫びそうになって、口を押さえた。
 いくらなんでも、自分からバラすバカはないだろう。


 会場にダッシュしていった。が、扉の前で、京旗はたたらを踏んだ。
 発表の場に、どうしても居合わせたい。けど、非難や好奇の目にさらされるなら、逃げ出したい。
 迷った末、歯をくいしばって、扉を押し開けた。
 照明のライトが眩しかった。
 そのライトの中で、映画スターが、コンクールの賞を発表しているところだった。
 三位、二位の入賞者はコールされ、既に壇上にあがっている。白髪の見えはじめたナイスミドルのショコラティエと、三二歳の――今年、フランスの地方有数の都市リヨンにショップをオープンさせた若手。賞状の額を手に、拍手を受けていた。
「それでは、栄えある第一位の発表です」
 司会者が厳かに告げ、バンドが生でドラムロールを鳴らしはじめる。
「優勝は!」
――ジャン!
「セザール・グディノー氏!!」
 ファンファーレが、高らかに吹き鳴らされた。
 京旗は、膝が崩れ落ちそうになった。
 上位三位にも入れなかったショック。
 京旗は、作品には絶対の自信があった。
 オレンジの香りと風味をチョコレートに合わせるのは、フランスではごくポピュラーだ。柑橘類を受け入れる素地はある。だから日本的な柑橘類でやったら個性も主張できるし、ウケるに違いないと、配合や材料の吟味、調製法に研究に研究を重ねた。自信作のトリュフだった。
 あれが三位にも入らないなら、失格ってのは、本当に、本当か――?!
 一位の男が、ステージへの階段を上がっていく。
 赤毛の男――小太りなので、コックコートの背中が広い。身長も高いし、相撲取りみたいな野郎だな……と、京旗は、ぼんやりと思った。
 ステージの上に上がりきったセザール・グディノーは、ドレス姿の女性審査委員長から、金賞の賞状とトロフィーを受け取った。プレゼンターから、花束も受け取る。目の細い、人のよさそうな顔が、照れに赤らむ。
「尚、大会の実行委員長より、少々お話があります」
 司会者が言い、ハチミツ色のショートヘアの初老の女性が進み出た。
「残念なご報告があります。みなさん」
 しわがれた声だが、凛としている。パティシエでなく顧客だが、各界の著名人二五〇名以上からなるチョコレート愛好家団体の幹事を務めている女で、この業界では、ちょっとした顔だ。
「今回、素晴らしい実演を披露し、味も香りも歯触りも素晴らしく、デギュシタシオンの結果、全会一致で優勝と思われたショコラティエの作品が、科学的な検査の結果、植物油脂の割合が三パーセントを超え、「チョコレート」を名乗れないものであることが判明したため、失格となりました。『サロン・ド・ショコラ』実行委員会としては、大変残念なことです。どのような目的や意図で規格外のチョコレートを使用したかは知りませんが、今後は、このような不純なチョコレートが、当コンクールで、いえフランス国内で決して使われないことを、希望します」
「……!!」
 観客たちの頭越し、彼女の目は、会場の隅に現れた京旗を見据えていた。
 誰のことを言っているのか、本人にだけは、はっきりわかった。
 優勝かと思われたほどの作品。――と言えば、もちろん一色京旗のボンボン・ショコラだろう。
 けど、「三パーセント以上の植物油脂」だって?!
 ココアバターを省略した、悪質なチョコレートで、このオレが勝負をかけた、だと?!
「やってないすよ……」
 思わず母国語の日本語で、京旗はつぶやいていた。
「え? 何ですの?」
 横で、ふくよかな女が聞き返す。
 失格の理由があまりにショックで、めまいがし、世界がぐるぐる回りだすような気が、京旗にはした。
「もう一回、検査をやり直して下さい!! 僕はそんなチョコレート、使ってません!!」


「バッカもんがぁ!! よくもこの店の顔に泥を塗ってくれよったなぁ!!」
 パリの、サントノーレと名のついた通りの、こぎれいな菓子屋。罵声の大きさで、ガラスにパリーンとヒビが入った。うわっと思わず、腕で顔をカバーする京旗。
 サロン・ド・ショコラのショコラトリーのコンクールで上位に入れなかった――というより、失格だった事実は、即座に親方に伝わった。当然、なぜ失格になったかも、だ。
 会場からひきあげてきた京旗を、親方は、とるものもとりあえず、とにかく廊下にひきずってきた。
「パティシエはアーティストじゃねぇ、職人だ!! と言ったじゃねぇか!! 形や味がそれらしくできりゃそれでいい、なんつー大量生産のキャタピラー社の菓子をつくっとるんと、ワケが違うんじゃぞ、ワシらは!!」
 京旗は、うなだれていた。
「わかってるっスよ……でも、チョコレートが違ったんスよ……僕のせいじゃない……」
 悔しかった。あのあと、もう一度検査をしてもらったが、結果は同じ。恥の上塗りをしただけだった。でも納得がいかない。
「バッカもぉん!!」
 老シェフは頭ごなしに怒鳴った。
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