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第5章 少年パティシエにできること
第3話 謎のアラビア人と謎のチャイニーズ・ボーイ
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突然だった。
雨上がり、ばったり会った大男に、びくんと京旗は飛び上がった。
黒人ではない。だが赤茶色で、蟻塚が服を着て立っているのかと思った、よく灼けた肌。二メートル近いのではないかと思うほど背が高い。澄んだ目と顔の半分を覆うひげ。長い顔は彫りが深い。ダボッとした厚地の長袖を肩で着て、長いズボン。アラビア人のようだ。
「ジャポネ?」
「アイムちゃいにーず! のーじゃぱにーず!」
咄嗟に嘘を喚いていた。コイツが日本人を追っていたら、日本人だと知られるのはまずい。
すると、ノッポのアラビア人は困った顔で、
「アイ……アイ……キャントスピークチャイニーズ」
「い、いんぐりっしゅ、オーケー?」
ちょっと待て。自分で言い出したこととはいえ、オレ、英語なんて、生活基本単語も知らないぞ?! だが、中国語よりはボロが出ないだろう。フランス語は、流暢すぎるので逆に勘ぐられそうで、だめだ。
男は、深い眼窩の上の眉毛を下げて途方にくれたあと、
「オーケー、いんぐりっしゅ。ウェルカム。イートユー。ハングリールック」
――お前を食べる?! ――じゃなくて、おいで、お前は食う、腹減ってるように見えるって言いたいのか?!
たらりと汗をかく。
ノッポは、身を翻してスタスタと歩いたあと、なんでついてこないんだ?と捨てられた子犬のような顔でしょげて見せていた。
京旗もかたこと、ノッポもかたことの、トンチキな異文化コミュニケーションが始まった。
円筒型や四角の小さな家々。草葺きの屋根。土の塗り壁。のっぽはワール人の素朴な村で、京旗に夕御飯を食べさせた。村人は京旗をノッポと同じようにもてなしてくれた。彼はこの村の住人らしい。村の言葉でベラベラ喋る。ムッシュー、とフランスふうに呼ばれていたが、何人なのやら。
村の料理は辛くて涙が出たが、うまかった。朝もろくに食べなかった京旗は、ばくばくとたいらげた。
最初は怪しいと警戒したが、ムッシュー・ノッポが、京旗の手にしたショウガジュースを、大きな手でパシッと止め、自分の腹を撫でて見せたので、ああ、と思った。悪い人間じゃない。生水を飲んで腹をこわすのを心配してくれたのだから。
ムッシュー・ノッポ本人は同じものを飲んで食べていたが、現地人が平気で食べられても先進国の人間には免疫のないものがいろいろとあるいうことを、どこかで学んだらしい。
「ダイ。シック。ユー・ウィルビー」
「サ、サンキュー」
食べる間に、京旗は怒濤のような村人のベラベラいう挨拶を受け、騒々しい太鼓と貝の楽器で祭りのような踊りに誘われる。せわしない。食べ終わるとノッポは京旗をせきたてて、森へ出た。
セザールの邸宅の方角へいこうとする。顔をひきっと固めた京旗に、ノッポは、また捨てられた子犬のような顔で、澄んだ目で、
「ユー、シックハウス。カモン」
「シックハウス? ……ホームシック?」
「オオ! イエース!! マイ・ミス! ハハハハハ~」
ノッポが指差す先に、汚れた自動車が、木陰にとめてあった。ノーズから飛びでているフェンダーミラー。古すぎる。廃車のはずだった。マフラーは錆び、バンパーは落ち、窓のひびに、ガムテープ。葉っぱ。泥。
「ム、ムーブ……?」
恐る恐る聞くと、ノッポは目をキラキラ輝かせ、
「ムーブ! レーッツ、ドライブ!」
「HAーHAーHAー!」
調子っぱずれに笑いながら、じりっとあとじさる京旗。
と、そのとき、どん、と足が囲いにあたった。
木の下に柵を巡らせた、箱庭のような空き地を怪訝そうに見た京旗に、ノッポは、
「オオ! ルック! ゼイ・フィード。グロウイング。ノット・ネイチャー。ノット・ワイルド。ビューティフル。グレイト。アイム・ルッキング・ゼム・イン・ヒア。マイ・ライフワーク。ゼイ・アグーチズ」
囲いの中を走り回る小動物を指さし、喋りたくてたまらないふうに話す。その動物はまるっこく、ウリ坊のようで、野ウサギのようでもあった。ウリ坊にしては顔が齧歯類だし、野ウサギにしては耳が小さくてまるい。プレーリードックも彷彿とさせるが、大きさはネコくらいだ。
うずくまって眠そうにしているもの。はむはむと草をかじるもの。
「アグーチズ?」
「イエス、アグーチ!」
さっぱりわからないが、自然でないよりは自然であるほうが美しいし、環境に優しいと京旗は思うが。
「デリシャス。デリシャス。ユー、イーテド。ユア・ディナー。ライク・ア・チキン? ミート・ザ・ミート!」
なにっ? さっき、オレも食べたぁ?!
――うぎゃあぁえおるわらぁ!!
目を見開いて喉元を押さえ、のたうち回りたい京旗を、ノッポは首根っこをつかむようにひょいひょい歩き、ナビシートに放り込んだ。
バタン。
「ゴーゴー、ダメジャン!」
ご機嫌に宣言する。車はぐーいとターンして、道に躍り出た。
――油断したぁッ!
泥道を走り出す車。水たまりの泥水を吹きあげ、草を薙ぎ倒し、飛び出している藪をザーザーと車体の腹でこすり、悪路もなんのそのの緒突猛進。ガタガタと跳ねる車の中で、頭がシェイクし、目が回る。窓枠にしがみついていた。
ガッタガッタと跳ねながら、凄まじい速度で、森の木の幹が後ろに飛びすさっていく。緩くアップダウンする丘がいくつも続く道だと理解できるほど、ジッタンバッタンと、ポンコツ車が跳ねて躍りすぎる。
ふとスピードメーターを見た京旗は、びょんと目玉が飛び出しそうになった。
「ノォォォォォ!! ノォォオオ!!」
「ノープロブレム! ノープロブレム! ハハハハハ~!!」
――ばっかやろー!! 一四〇キロ出てんじゃねーか!!
ノッポは鼻歌まじりで軽快にハンドルをとりまわし、アクセルは踏み込みっぱなし。
「ノォォオオオ!」
騒いでいるうちに、ダメジャンの灯が見えてきた。五分もたっていない? 見る間に夕暮れの高層ビル郡が近付き、アスファルトの道に乗った。と、ノッポは一七〇キロまでを出し、ガンガン他の車を抜いていく。
「ノォォオオオ!」
雨上がり、ばったり会った大男に、びくんと京旗は飛び上がった。
黒人ではない。だが赤茶色で、蟻塚が服を着て立っているのかと思った、よく灼けた肌。二メートル近いのではないかと思うほど背が高い。澄んだ目と顔の半分を覆うひげ。長い顔は彫りが深い。ダボッとした厚地の長袖を肩で着て、長いズボン。アラビア人のようだ。
「ジャポネ?」
「アイムちゃいにーず! のーじゃぱにーず!」
咄嗟に嘘を喚いていた。コイツが日本人を追っていたら、日本人だと知られるのはまずい。
すると、ノッポのアラビア人は困った顔で、
「アイ……アイ……キャントスピークチャイニーズ」
「い、いんぐりっしゅ、オーケー?」
ちょっと待て。自分で言い出したこととはいえ、オレ、英語なんて、生活基本単語も知らないぞ?! だが、中国語よりはボロが出ないだろう。フランス語は、流暢すぎるので逆に勘ぐられそうで、だめだ。
男は、深い眼窩の上の眉毛を下げて途方にくれたあと、
「オーケー、いんぐりっしゅ。ウェルカム。イートユー。ハングリールック」
――お前を食べる?! ――じゃなくて、おいで、お前は食う、腹減ってるように見えるって言いたいのか?!
たらりと汗をかく。
ノッポは、身を翻してスタスタと歩いたあと、なんでついてこないんだ?と捨てられた子犬のような顔でしょげて見せていた。
京旗もかたこと、ノッポもかたことの、トンチキな異文化コミュニケーションが始まった。
円筒型や四角の小さな家々。草葺きの屋根。土の塗り壁。のっぽはワール人の素朴な村で、京旗に夕御飯を食べさせた。村人は京旗をノッポと同じようにもてなしてくれた。彼はこの村の住人らしい。村の言葉でベラベラ喋る。ムッシュー、とフランスふうに呼ばれていたが、何人なのやら。
村の料理は辛くて涙が出たが、うまかった。朝もろくに食べなかった京旗は、ばくばくとたいらげた。
最初は怪しいと警戒したが、ムッシュー・ノッポが、京旗の手にしたショウガジュースを、大きな手でパシッと止め、自分の腹を撫でて見せたので、ああ、と思った。悪い人間じゃない。生水を飲んで腹をこわすのを心配してくれたのだから。
ムッシュー・ノッポ本人は同じものを飲んで食べていたが、現地人が平気で食べられても先進国の人間には免疫のないものがいろいろとあるいうことを、どこかで学んだらしい。
「ダイ。シック。ユー・ウィルビー」
「サ、サンキュー」
食べる間に、京旗は怒濤のような村人のベラベラいう挨拶を受け、騒々しい太鼓と貝の楽器で祭りのような踊りに誘われる。せわしない。食べ終わるとノッポは京旗をせきたてて、森へ出た。
セザールの邸宅の方角へいこうとする。顔をひきっと固めた京旗に、ノッポは、また捨てられた子犬のような顔で、澄んだ目で、
「ユー、シックハウス。カモン」
「シックハウス? ……ホームシック?」
「オオ! イエース!! マイ・ミス! ハハハハハ~」
ノッポが指差す先に、汚れた自動車が、木陰にとめてあった。ノーズから飛びでているフェンダーミラー。古すぎる。廃車のはずだった。マフラーは錆び、バンパーは落ち、窓のひびに、ガムテープ。葉っぱ。泥。
「ム、ムーブ……?」
恐る恐る聞くと、ノッポは目をキラキラ輝かせ、
「ムーブ! レーッツ、ドライブ!」
「HAーHAーHAー!」
調子っぱずれに笑いながら、じりっとあとじさる京旗。
と、そのとき、どん、と足が囲いにあたった。
木の下に柵を巡らせた、箱庭のような空き地を怪訝そうに見た京旗に、ノッポは、
「オオ! ルック! ゼイ・フィード。グロウイング。ノット・ネイチャー。ノット・ワイルド。ビューティフル。グレイト。アイム・ルッキング・ゼム・イン・ヒア。マイ・ライフワーク。ゼイ・アグーチズ」
囲いの中を走り回る小動物を指さし、喋りたくてたまらないふうに話す。その動物はまるっこく、ウリ坊のようで、野ウサギのようでもあった。ウリ坊にしては顔が齧歯類だし、野ウサギにしては耳が小さくてまるい。プレーリードックも彷彿とさせるが、大きさはネコくらいだ。
うずくまって眠そうにしているもの。はむはむと草をかじるもの。
「アグーチズ?」
「イエス、アグーチ!」
さっぱりわからないが、自然でないよりは自然であるほうが美しいし、環境に優しいと京旗は思うが。
「デリシャス。デリシャス。ユー、イーテド。ユア・ディナー。ライク・ア・チキン? ミート・ザ・ミート!」
なにっ? さっき、オレも食べたぁ?!
――うぎゃあぁえおるわらぁ!!
目を見開いて喉元を押さえ、のたうち回りたい京旗を、ノッポは首根っこをつかむようにひょいひょい歩き、ナビシートに放り込んだ。
バタン。
「ゴーゴー、ダメジャン!」
ご機嫌に宣言する。車はぐーいとターンして、道に躍り出た。
――油断したぁッ!
泥道を走り出す車。水たまりの泥水を吹きあげ、草を薙ぎ倒し、飛び出している藪をザーザーと車体の腹でこすり、悪路もなんのそのの緒突猛進。ガタガタと跳ねる車の中で、頭がシェイクし、目が回る。窓枠にしがみついていた。
ガッタガッタと跳ねながら、凄まじい速度で、森の木の幹が後ろに飛びすさっていく。緩くアップダウンする丘がいくつも続く道だと理解できるほど、ジッタンバッタンと、ポンコツ車が跳ねて躍りすぎる。
ふとスピードメーターを見た京旗は、びょんと目玉が飛び出しそうになった。
「ノォォォォォ!! ノォォオオ!!」
「ノープロブレム! ノープロブレム! ハハハハハ~!!」
――ばっかやろー!! 一四〇キロ出てんじゃねーか!!
ノッポは鼻歌まじりで軽快にハンドルをとりまわし、アクセルは踏み込みっぱなし。
「ノォォオオオ!」
騒いでいるうちに、ダメジャンの灯が見えてきた。五分もたっていない? 見る間に夕暮れの高層ビル郡が近付き、アスファルトの道に乗った。と、ノッポは一七〇キロまでを出し、ガンガン他の車を抜いていく。
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