やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

文字の大きさ
36 / 49
第6章 少年パティシエが何かを変える

第1話 桑原父娘

しおりを挟む
「…………! 桑原さん……!」
 大使が、息を呑む。事実だとしても、それを言っていては始まらない、というのがODAを施す国側の暗黙の大前提だ。
 めいあの父親は、この国が嫌いなのかも知れない。
 前からそう思っていたが、京旗は今のセリフでそう確信した。
 困ったもんだ。
 この国を救おうと思っていない桑原とは、組めない。
 さあどうやって説得するか。
――考えろ、オレ!!
 しかし、そんな京旗に、染矢大使は、ため息まじり、告げがたいところを告げた。
「一色くん。実は、その日本からの視察団なのですが……、情勢不安定のため、一時延期になったところなんです。一時延期といっても、じゃあ、いつに延期かというと、次のめどはたっていない……つまり、実質上の、とりやめということです」
 京旗の目が、愕然と見開かれた。
 桑原がさらに口を開く。その言葉が、京旗を絶望的な気分へ落ち込ませていく。
「あと、頼りになるのはフランスですが、彼らすら、今回は内政干渉してくれない。そりゃあそうですよね。国際社会でのコンセンサスも得がたい昨今、動くわけがない。こんな価値のない国のために」


 念のため、ワール国の特別のとりはからいで、警察の二四時間警護が付けられ、黒人の警官二名に付き添われて、京旗はアッタへ帰った。
 けれどあきらめられなかった。
――価値がないないって言うな!! 
 価値がないなんてあり得ないだろ?! 世界でいちばん沢山のチョコレートのもとを作っている国がッ!!
 しかし手の中には、イベリア航空のチケットが一枚。今日の最終便、二三時五五分マドリッド行き――ヨーロッパへ帰れというチケットは、大使からの強制退国命令ではなく、善意からのプレゼントだった。
 家に帰って荷造りをして、すぐにダメジャン空港へ向かえという。


「桑原貴史さんですね」
 ムサ・フランセだったが、どこの手下かはすぐに分かった。車窓から、ライフルの銃口が突き入れられたからだ。構成員に、銃器を渡せる資金力――。
 ジェセダの手前の門で止められたタクシー。下手な身動きは、敵を刺激する。桑原は、眼鏡を押し上げたい気持ちをどうにか抑制した。
 夜更け、日本大使館から解散しての帰り道。隣には、愛娘が乗っていた。
 危ないというのに、めいあは、これ以上一人でジェセダの家で待っているのはいやだったからと、自分でタクシーを呼び、迎えに来てしまっていた。
 まだ十三歳の小さな顔が蒼白になって、赤い唇がわなないている。見開いてまばたきを忘れた大きな瞳。
「何が望みだね?」
 桑原は、小刻みに痙攣するように震え、脂汗を浮かべながらも、精一杯の虚勢で重々しく言った。
「日本貿易振興会に、この国から撤退して頂きたい。さもないと――」
「は……ははははは! お安い御用だ!!」
 桑原は、明瞭に約束した。相手の脅し文句が出るより早く。
「すぐにでも、撤退を推進したい旨の報告書を書くよ。明日の朝にでも本国にメール、いや、今夜中にも仕上げよう!」
 積極的に約束した。
「間もなく、本部から命令して貰えるだろう。私も、こんな国とはおさらばできて、せいせいする!」


 めいあは、ぶるぶると震えていた。
 脅迫者から無事解放され、マンションのエレベーターホールへ入ってから、彼女の怒りは爆発した。
「パパのばかっ! ほんとうにそんなことしたら、ほんとうにこの国にいられなくなっちゃうじゃない!!」
 父を見上げて金切り声をあげた娘の顔に、桑原はポカンと口をあけた。
「めいあは、この国に、いたいのか……?」
「いたいよ!! すっごい不自由だけど、この国にいるのが好きだよ!! 学校や日本人会の人たちが好きだよ!! ずっとそう言ってるじゃない! なんで知らないの? なんでいっつも聞いてないのッ?」
「お前のためだ。お父さんは、お前のために――」
 桑原の確固とした言葉を、めいあは思い切りぶったぎった。
「嘘だっ! 何がめいあのためなの? ちゃんとめいあの目を見て言ってみてよ! なんでめいあを見てくれないの?!」
 狭く薄暗いホールに、わんわんと絶叫が氾濫した。
「ご近所迷惑だ。静かにしなさい。いい子にしていなさいと、いつも言っているだろう」
 いらいらしながら、桑原は、降りてきたエレベーターに、娘の背中を押して乗り込んだ。
「めいあのことは、いつも見ているよ。見ていないなんてどうして思うんだ。こんなに心配しているのが、何故分からないんだ……!!」
「うそ!! パパはめいあじゃなくて、めいなを見てる!!」
 はっと、桑原の体がすくんだ。めいあは長いこと親子を呪縛していたタブーを侵して突っ走った。
「めいなとママばっかり見てる!! めいあの中に!! めいあを素通りして、めいなとママのことばっかりいつも考えてる!! 見てよ! めいあを見てよ!! めいあの気持ちを、ちゃんと見てよ!!」
 言い捨てると、階について開いたエレベーターから飛び出し、自分で鍵を出して家に入った。
 住み込みのメイドが驚いて廊下に出迎えてくる脇をすり抜け、逃げるように部屋に駆け込んだ。バタンと乱暴にドアを締め、誰も入ってこられないようにガチャリと鍵をかけた。
――言っちゃった……!!
 わんわん泣きながら、めいあは電話に飛びついた。
「迎えに来て! レイさんのところへ、連れていって……!!」


 電話に出たあゆは、目をあっけと見開いたまま、停止していた。
「えーと……」
「どーした」
「伊太郎、これから、ジェセダに車を出して欲しい。めいあが、なんか、泣いてる」
「また、面倒な…… よその家族のことに口をはさむのは、あんまし、まずいだろ」
 それに、こっちはこっちでこいつの問題もあるし……と、伊太郎はアゴをしゃくった。
 そこには、京旗がいた。警護の警官二名は、戸外にいる。
 京旗との相談の途中だった。伊太郎は、
「ともかく事情をきいて、落ち着かせろ。こっちまで泣き声が聞こえて来んぞ?」
 受話器を通していても、めいあの興奮したわめき声は、破壊力絶大だった。
 あゆはおずおずと、電話に向かい直した。
「えーっと、めいあ?」
『なにっ?!』
「人に喋りまくると、案外落ち着くぞ。あゆはあんまり聞き上手でないが、その話、たぶん学校のみんなは聞きたがると思う。全員にかたっぱしから電話をかけてやれ。味方にしてしまおう」
『あ、あゆちゃん……。それって、自分は聞く耳もたないってかんじじゃないっ?! お友達として、あまりにあまりな冷たいお言葉じゃないッ?!!』
「あ。それそれ。めいあはそうやって怒っているのがめいあらしい。ホッとした」
 あゆはマイペースに、ほけら、と笑った。
 めいあは一瞬黙った後、噴火した。
『あゆちゃん!! もおっッ!!』
「あはははは~……」
 あゆはひきつりつつ、頭をかきかき笑っている。
 だいたいの事情は察した。京旗は、電話が向こうからガッチャンと切られないうちに、あゆから電話を取り上げた。
「大使に泣きついても、状況は変わらないっすよ」
『そんな……じゃあ誰に頼めばいいの!?』
「そうっすね……日本の大人達にあたって砕けるのは、オレが先に実践しちゃいましたんで……」
『ひっく……じゃあ、あきらめなくっちゃだめなの……!?』
「ここはひとつ」
 京旗は、提案した。
 決してあきらめないことを。
 決してあきらめないパティシエに、命運を賭けてみることを。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...