やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

文字の大きさ
40 / 49
第6章 少年パティシエが何かを変える

第5話 悪魔のハチミツ

しおりを挟む
 チョコレートを使ったデザートではないのは意外だったが、ワール国のチョコレートを、料理にあうものとして既にアグーチ肉に添えたソースで紹介してしまったからだろう。同じ食材を一度の食卓には二度上らせず、飽きさせない配慮は――たぶん本当はチョコレートをお菓子で出す方が簡単だったはずの――京旗のことを考えると、潔いなあ、と感心してしまう。
 ふつうは口休めのはずの冷菓が主役の顔をして幅をきかすのも、暑い気候だから、もちろん嬉しい。大歓迎だ。
 ご機嫌でデザートスプーンを取り、ゼリーをソースのようにからめてシャーベットをすくいとって、口許にもっていく。
 唇に滑り込ませると、口いっぱいに冷たい甘さが広がり、おいしさでほっぺたが勝手にきゅっと持ち上がる。沢山の料理を食べてお腹はいっぱいなのにもかかわらず、唾液はあふれる。唇は結んだまま、頬は横に持ち上がっていて、笑顔になってしまう。
 レストランじゅうのテーブルの全員、いっせいの笑顔になった。
 まるでその隙をつくように、いい香りが口腔からふぅっと鼻に抜ける。ハイビスカスとレモングラスが、ケンカをしない分量で配置されていたのだ。ふぅっと幸せが頭を駆け抜けるような気分だった。
 だが次の瞬間、めいあはゾッと青ざめた。
 こっ、この薄い金褐色のゼリーは……!!
――パパがキライなものだって、言ってあったのに……!! 使わないって、約束したのに……!!
 彼女はバッと、父のいるテーブルに振り向いた。
 そこへ京旗が、ふたたび近付いていくところだった。


「うまい……」
 いくら否定しようとしても、快感を与えられれば、人の心は籠絡されてしまう。おいしい食事を与えられれば、幸福を感じ、他のことなどまあいいかと許せるような気分になる。相手を認めてしまいそうになる。
 舌の上で起こる、ただの化学反応と、ただの身体感覚を利用した、催眠術だ。とくに甘いモノは、もともと動物的感覚に「快」と受け取られる物質なのだから、デザートなど、最も人を簡単に釣りあげようとする、卑怯な催眠剤だ。
 いくら思っていても、桑原は、実際にはノックアウトされていた。
 認めたくないことだが、どれも――うまかった。
 そして、この最後の一皿はまた、破壊的にうまかった。
 顧問も、大使も、どの招待客も、あまりのうまさに、瞳がウルウルしていた。人間、あまりに美味なものを食べると、唾液腺が開くのにひきずられて各種の腺も痺れたように開き、涙も出る。それが原理的にどうしても瞳をキラキラさせてしまう。
 顔を出したシェフに、桑原は、
「ワール国の果物と花を使ったソルベ――なかなかの一品だった。この琥珀色のソースも、よく合っている」
「そちらはミエル――ハチミツのジュレですが?」
 京旗は、確認するように言った。桑原は、満足そうな溜め息とともに、こういった。
「おそらく高級なハチミツなんだろう。フランス産かな? 味わい高い。これだけは、ワール国産のものにこだわらず、外国産の高級品を使ったのは、よい選択だったね……」
 正直に褒め言葉を並べる桑原に、京旗は浅くうなずいて見せた。
――さあ、ここからが、このオッサンとの勝負どころだ。
 こちらから仕掛けるか、誘導するか? 
 まなざしを向けた京旗に、桑原は、
「ワール国のハチミツでは、こうはいくまい。ワール国のハチミツは、違う……。知っているかね? 一色くん。サバンナでも、ヨーロッパの文化が入る以前の時代から、昔から伝統的にハチミツが採集されていたが、タールのごとくねっとりとした、真っ黒な、悪魔のような色のハチミツだ。いや、まさに、その色のとおり、悪魔のハチミツだったのだ……!!」
 語りながら、興奮を帯びてきた桑原の様子に、染矢大使がいたましい目をして、眉を曇らせた。心配そうに腰を浮かせようとするのを、京旗は、そっと手ぶりで制した。
「知っています」
 静かに言った。
「黒いハチミツが、あなたにとって悪魔に思える理由も、知っています」
 京旗は、知っていると口に出すことで、桑原がこの席で、辛い物語を語るのを事前に止めさせた。
「…………!!」
 桑原が目を見開き、めいあも、向こうのテーブルで息を飲んでいた。
――なんで、知ってるの……? 知ってるのにどうして、これをパパに出したのッ?!
 鋭い視線が、京旗を一直線に突き刺す。
 桑原にとってのハチミツとは、人殺しの蜜だった。
――私の妻と娘を奪ったハチミツ……!!
 ワール国のハチミツを口にして、めいあの妹と母は、死んでしまった。桑原が一家を引き連れてJETROの駐在員として赴任してまだ間もない頃だった。
 京旗はできるだけ、そっと言った。
「でもね、桑原さん。その悪魔のような黒さこそ、栄養豊富なハチミツである証しなんですよ」
 何を言われているのか分からない、という顔を、その場の全員が、した。京旗は静かな声で続けた。
「ハチミツはご存じのとおり、蜜蜂が花から巣箱に蜜を採集してきてできるものです。でも、純粋に花の蜜だけのハチミツというのは世界に存在せず、花粉が必ず混ざっています。蜂が花から蜜を取っているときに、蜂の脚についた花粉が、入り込む。実は、混ざる花粉の雑味こそが、ハチミツのあじわいの正体であり、滋養成分――ミネラルです。そして……蜜だけでなくその夾雑物――花粉――が多く含まれている方が、色が濃くなるのは分かりますよね。色の濃い方が、ミネラル豊富で高級なハチミツと言えるんですよ」
 そこで京旗は、少し苦笑ぎみになって、
「たしかに、タールなみに真っ黒なのはどうかと思いますけれど……でも、そこは、料理手のさじかげんで、なんとか」
 その視線が、皿の上へと舞い降りる。
「では、これは……!!」
 桑原は、飛び退くように椅子の上で身を躍らせ、胃の腑のあたりにけいれんでも感じるかのようにぎゅっと手で押さえた。テーブルの上の金褐色の輝きを凝視。
 睨みつける。よくも食わせたな!と言わんばかりに、京旗に苛烈な視線をぶつけた。
 恐怖にあえぐ。
「毒だと思いますか? 黒いハチミツ自体は、毒ではありませんよ。熱処理すれば、原虫、スピロヘータ、真菌、クラミジア、リケッチア、ウイルス、つまり全ての病原微生物から安全となる。口当たりをよくするために、ゲル化材としては寒天より融解温度の低いゼラチンを使いましたが、ハチミツ液の方は高熱で完璧に処理して加えてますから、これは、完全に安全なハチミツの製品ですよ」
「は……」
 息が漏れた。桑原の口から。
「原材料として、熱処理したうえでなら、愛され、飛ぶように売れる世界商品になると思うんですが。どうでしょう? JETROの桑原さんとしては?」
 長いこと、じっと桑原は床を見ていた。
 憑き物の落ちていく――目に見えない剥落片がはらはらと降っていくのを、自ら見つめているように。
 やがて、長い夢から覚めたように、ゆっくりと京旗を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...