14 / 37
2回目 (無理)
しおりを挟む
この人と婚約して、どれ程の月日が経ったのだろうか。
いつしか夫婦となって、生活を共にするものだと思っていた。
というか、やむを得ないと諦めていた。
この世界に生まれ育ってしまった以上、郷に入りては郷に従うしかなかろうと、覚悟を決めていたのであった。
だが、婚約破棄を告げられたこのまま瞬間私の脳裏を廻った記憶は、ここ数年の侍女と婚約者の裏切り行為だけではない。
忘れようとして、ずっと封じ込めていた前世での86年間が、鮮やかに蘇ってきたのだ。
主に衛生概念が。
目の前には、貴族らと恋人を侍らせながら公然と便器に座る元婚約者。
辺りに漂う、腐臭と糞尿臭に加えて、強烈な香水の香りが入り乱れてもはや生ゴミ臭でしかなくなっている。
華麗な衣装に包まれた体はどれも、数年に1度洗われていればマシな方。
下着だって、そう頻繁には取り替えない。
王家ともなれば毎日下着を替えるが、それが特別な贅沢として話題になるくらいだから、一般の貴族は、ましてや武士や庶民はどれ程なのか……。
もう無理。
何とか耐えるつもりでいたけど、もう無理だ。
もはやこの王太子ですら、二度と受け入れる気にはなれない。
「しかしながら、忠臣であったそなたの父に免じて、そなたの身の振りについては十分に世話をしてやろう。 ついてはウラドーリの領主家に、ちょうど年頃の合う子息がいるのだが……」
たぶん、何か問題のあるお相手なのだろう。
そもそもウラドーリは領地の治安が芳しくない。
そこを治める領主が有能であればそんな事にはならないわけで、既に特大の地雷が炸裂している真っ最中という事だ。
だが、そんな事すらどうでもいい。
例え、絶世の美男子でものすごく性格も良くて気の合う男性が現れたとしても、もう、この世界の衛生観念下で生きている人間と、濃密な関係になんかなれない。
無理!
湯浴みさえ望み通りにできないこの、自分の体すらもう、ガマンできない!
ああ、ウォシュレットが恋しい!
温水器から好きなだけお湯が出せるシャワーや、蛇口から出てくる、飲める生水の素晴らしい記憶が、今の私を苦しめる……。
ひとたび我慢の糸が切れると、もはや、何もかもが耐えられなくなってしまった。
そういえば、前世で読んだ何かの本に 「過去の生き物にとって、現代の空気は、呼吸するだけでも命に係わる毒である」 って書いてあったけど……。
今、ここの悪臭に満ちた空気は、まさしくそんな感じだ。
たぶんだが、絶対に体に悪い瘴気とかも出ている。
もう嫌だ。
ここで生きていきたくなんかない。
でも、窓から身を投げたら、同じく窓から投げ捨てられているおまるの中身に激突しての最期となるし。
川にとびこむにしても、前世のお陰で泳げるし、川が汚すぎてそもそも入りたくもないし。
もう嫌だ!
嫌だ!
悪臭の中、心拍が上がり、急に視界がぐらついてきた。
ダメンズが何か叫んでいるが、もう、何も聞き取る事ができない。
ああ、でも。
不潔よりも、悪臭よりも。
そんなのは、それでも振り切って何とか生きて行こうと、まだしも思えていた。
でも、過剰な身分差や、欲望や、奸計に満ちた世界はもう、懲り懲りだ。
お金なんかない世界があればいいのに。
もっと純粋に笑い会える世の中だったらよかったのに。
……そもそもそんな風に思ったのも、86年間の物欲社会で生きたからこそだったのだろうけど……実質86+αのばあちゃんの心を内蔵したこのアラナイン・ローバに、中世もどきのラブロマンスは、ちょっとハードルが高すぎた。
なんせ前世はすっかり恋愛貧乏で、そっち方面の経験値は限りなくゼロに近かったのだ。
ああ、悪臭が目にまで沁みてきた。
溢れる涙を拭う余力もないまま、自分の体が崩折れて行くのを感じる。
こんな世界、もういらない。
通算100年以上生きたんだから、もう十分だ。
そしてワタシは、憤死を遂げた。
いつしか夫婦となって、生活を共にするものだと思っていた。
というか、やむを得ないと諦めていた。
この世界に生まれ育ってしまった以上、郷に入りては郷に従うしかなかろうと、覚悟を決めていたのであった。
だが、婚約破棄を告げられたこのまま瞬間私の脳裏を廻った記憶は、ここ数年の侍女と婚約者の裏切り行為だけではない。
忘れようとして、ずっと封じ込めていた前世での86年間が、鮮やかに蘇ってきたのだ。
主に衛生概念が。
目の前には、貴族らと恋人を侍らせながら公然と便器に座る元婚約者。
辺りに漂う、腐臭と糞尿臭に加えて、強烈な香水の香りが入り乱れてもはや生ゴミ臭でしかなくなっている。
華麗な衣装に包まれた体はどれも、数年に1度洗われていればマシな方。
下着だって、そう頻繁には取り替えない。
王家ともなれば毎日下着を替えるが、それが特別な贅沢として話題になるくらいだから、一般の貴族は、ましてや武士や庶民はどれ程なのか……。
もう無理。
何とか耐えるつもりでいたけど、もう無理だ。
もはやこの王太子ですら、二度と受け入れる気にはなれない。
「しかしながら、忠臣であったそなたの父に免じて、そなたの身の振りについては十分に世話をしてやろう。 ついてはウラドーリの領主家に、ちょうど年頃の合う子息がいるのだが……」
たぶん、何か問題のあるお相手なのだろう。
そもそもウラドーリは領地の治安が芳しくない。
そこを治める領主が有能であればそんな事にはならないわけで、既に特大の地雷が炸裂している真っ最中という事だ。
だが、そんな事すらどうでもいい。
例え、絶世の美男子でものすごく性格も良くて気の合う男性が現れたとしても、もう、この世界の衛生観念下で生きている人間と、濃密な関係になんかなれない。
無理!
湯浴みさえ望み通りにできないこの、自分の体すらもう、ガマンできない!
ああ、ウォシュレットが恋しい!
温水器から好きなだけお湯が出せるシャワーや、蛇口から出てくる、飲める生水の素晴らしい記憶が、今の私を苦しめる……。
ひとたび我慢の糸が切れると、もはや、何もかもが耐えられなくなってしまった。
そういえば、前世で読んだ何かの本に 「過去の生き物にとって、現代の空気は、呼吸するだけでも命に係わる毒である」 って書いてあったけど……。
今、ここの悪臭に満ちた空気は、まさしくそんな感じだ。
たぶんだが、絶対に体に悪い瘴気とかも出ている。
もう嫌だ。
ここで生きていきたくなんかない。
でも、窓から身を投げたら、同じく窓から投げ捨てられているおまるの中身に激突しての最期となるし。
川にとびこむにしても、前世のお陰で泳げるし、川が汚すぎてそもそも入りたくもないし。
もう嫌だ!
嫌だ!
悪臭の中、心拍が上がり、急に視界がぐらついてきた。
ダメンズが何か叫んでいるが、もう、何も聞き取る事ができない。
ああ、でも。
不潔よりも、悪臭よりも。
そんなのは、それでも振り切って何とか生きて行こうと、まだしも思えていた。
でも、過剰な身分差や、欲望や、奸計に満ちた世界はもう、懲り懲りだ。
お金なんかない世界があればいいのに。
もっと純粋に笑い会える世の中だったらよかったのに。
……そもそもそんな風に思ったのも、86年間の物欲社会で生きたからこそだったのだろうけど……実質86+αのばあちゃんの心を内蔵したこのアラナイン・ローバに、中世もどきのラブロマンスは、ちょっとハードルが高すぎた。
なんせ前世はすっかり恋愛貧乏で、そっち方面の経験値は限りなくゼロに近かったのだ。
ああ、悪臭が目にまで沁みてきた。
溢れる涙を拭う余力もないまま、自分の体が崩折れて行くのを感じる。
こんな世界、もういらない。
通算100年以上生きたんだから、もう十分だ。
そしてワタシは、憤死を遂げた。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる