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新たな街へ

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「言うか、バカ」
「へえ」

 愛生《あい》が力をこめて小人たちを踏む。比喩ではなく、本当に膝の関節が砕けた。小人はそれでようやく、渋々話し始めた。

「……俺たち元々、とある商店でこき使われてたんだ」

 身柄を預かった店主にさんざん虐められ、同じようにされていた店の見習いを誘って逃げ出した。見習いは巨人族だったから、逃亡の時はずいぶん助かったという。

「けど、一旦逃げ出してみるとそうじゃなかった。あいつは大飯食らいだし、どこにいたって目立つ。──だから、置いて逃げ出したんだ」

 しかし、そうしたところで行き場がないのは一緒だった。街の外でねぐらを作り、旅人や商人を狙っては金品を奪う。小人たちがそういう生活に落ちるまで、時間はかからなかったという。

「それなのにあいつは……!」

 少し前に偶然、捨てた方の相手が、ホテルで給仕として働いているところを見つけてしまった。かなり重用されており、華やかなパーティーにも呼ばれているという。いずれは支配人になりたいと、彼は目を輝かせて語っていた。

「運が良かったんだ。だったら、俺たちにもその分け前をくれて当然だろう。だが、あいつは俺たちを徹底的に無視した」

 それでもなんとかできないかとうろうろしていると、ついに出てきた相手に決定的な一言を吐かれた。

〝迷惑なんだよ。出て行ってくれないか。もう、あんたらにはなんの義理もないんだから〟

「恩を忘れて、俺たちの思いを踏みにじりやがって」

 恐ろしく自分勝手な言い分に、愛生は呆れて言葉も出ない。自分から捨てておいて、相手が出世したらのこのこ出て行って分け前をくれとは。せめて素直に祝福できないのか。

「そうされて当然でしょう。あなたたちみたいな、思考も知恵もないたかり屋は」

 一方龍は、もっと辛辣だった。思いもよらないといった顔をしている小人たちを、容赦なくこき下ろす。そして地面にたまった砂を足で容赦なくひっかけた。

「頑張ってる奴を褒めたり真似するより、羨んでおこぼれをくれと言う方が楽だからな。そんな貧しい性根だから見限られるんだ」

 そしてそれに飽き足らず、あの惨劇を起こした。本当に救いようがない。愛生は龍にならって、小人の頭を踏んだ。

「あ……あの猿を飼い慣らすのに、どれだけ努力したと思ってるんだ!! 俺たちは、そんな何も出来ない無能じゃない!!」
「あのな。殺すんならせめて自分でやれ。犯罪まで人頼みか、本当にめでたい頭だな」
「俺たちは非力なんだ! 工夫して何が悪い!」
「……でも、あんなひどいことになるとは思ってなかったんだよ。猿がやりすぎたんだ」

 泣き言を言う彼らに向かって、龍が言い放つ。

「言い訳無用。楽に終わると思わないことね」

 彼女は薄い笑みを浮かべていたが、その顔は本当に怖かった。

「あ、あの音はもしかして……」

 女王様の高らかな宣言が終わると同時に、群衆をかきわけて、警察官とおぼしき厳つい男たちが駆け出てきた。

「お、俺たちは被害者だ!」
「二度としないよ!」
「減らず口を叩かないでいただきたい。──そのまま連行しなさい」

 男たちに混じって進み出てきたトマが指示を出した。倒れた小人が串刺しのまま、引きずられていく。抵抗していたが、逃げ出せないよう警備隊が列を作ってそれを見守っていた。

 泣き崩れ、引っ立てられていく彼らの受難は、すでに始まっているようだ。人々はこっちの方が面白そうだと、目の前の小人ばかり見ている。

「……お怪我はもう大丈夫なんですか?」

 トマが愛生の膝を見ながら言う。服に血のしみが残っていることに気づいた愛生は、あわててフェムトを組み直した。

「ちょっと鬱陶しいですが、もうふさがってますから。こういう体質なんです」
「……しかしあれだけの出血では」

 トマはまだいぶかしんでいる様子だったので、愛生は強引に話題を変える。

「この人混みにまぎれて、俺たちを追いかけていたんですね」
「驚いていませんね。どうしてですか?」
「……視線は常に感じていましたよ。さすがにこの人混みで、誰が警官かまでは分かりませんでしたが」
「いやいや、ばれていましたか」

 トマは楽しそうだったが、その様子が愛生を若干苛つかせた。この男、官吏としては相当クセ者である。

「あなたの部下がわかりやすすぎる。あなたと同じように知らん顔をしてくれていたら、もう少し気付くのに時間がかかったでしょう」

 部下がどのくらいの階級で、どれほどの経験があるかは愛生には分からない。だが、ちらちらとこちらに向けられる視線は、愛生にも十分分かるほどだった。

「尾行が上手なものを選んだつもりだったのですがね」

 にやにや笑う顔を見て、愛生はとっさにあることを思いついた。

「今朝ホテルに来た、彼女もあなたの差し金ですか」
「そうです。あなた方の動きを側で監視できる人員が欲しかったのでね。ちなみに、私の姪ですよ。名前は──」
「ローズです! よろしくお願いします!」

 元気に挨拶するローズを見てトマは目を細めていたが、愛生はげんなりしてしまった。釈然としなかったが、そういうことだったのか。

「やはりね。わざとらしすぎました」

 その話を聞いて、なぜか龍がほっとした顔になっていた。

「半分は、と言ったでしょう? 彼女、あなたをずいぶん気に入ったようですよ。やはり私の血筋、優秀な方が好きなようで」

 龍がそれを聞いて、少しふて腐れた顔をしていた。愛生は彼女の手を握り、恋人つなぎをしてやって笑う。

「でも、恋愛感情じゃないでしょう。俺には立派な婚約者がいるってことくらい、ご存じでしょうし」
「これはしてやられました。では、姪にもよく言い聞かせておくことにしましょう」

 トマはそう言って目を細める。

「そうそう、さっきこちらが落ちていましたよ。──今度こそ、良い旅立ちを」

 彼から差し出された切符を外套にしまう。踵を返したトマに向かって、愛生はいたずらっぽく笑った。




 愛生と龍は、ほとんど一日汽車に揺られ、夕方になってようやく北西の街に到着した。こちらの駅はトロアより古びていて、明るい茶色の煉瓦でできている。木製のベンチを照らすランプの橙の炎が、時折ゆらめいた。

 人の多さに辟易しながら、愛生は駅を出た。駅はまるで城のようなつくりで、建物の最上階には二本の尖塔が天に向かって伸びている。

「モデルはセント・パンクラス駅でしょうか」
「ってことは、ここはロンドンを模した街ってことだな」

 愛生はつぶやいて周囲を見た。

 時刻はすでに夕方の五時を回っている。薄闇の中、家路を急ぐ人々の中で愛生は立ちつくす。馬がいななく声がしたから、馬車の待合が近くにあるのかもしれない。

 警部はすぐわかる迎えの人間が待っている、と言っていたが……。

「今回はゲームマスターからの声はないんだな」
「チュートリアルは終わった、ということではないですか。後はキャラクターと交流して進めろ、ということでは」
「ケッ」

 声が聞きたいわけではないが、黙って監視されるのもそれはそれで腹が立つ。愛生は舌打ちをした。

「あれが迎えのようですよ?」

 龍が、駅の前にある階段を指さす。

「……ふうん」

 手すりに手をかけ、こちらをじっと見ていたのは、奇妙な男女の二人連れだった。中年の男と少女という組み合わせで、中年の男は愛生たちを見てすぐに視線をそらす。その顔に微笑みはなかった。

 反対に、小学校高学年くらいの少女の顔には笑みが浮かんでいる。それも、対象に興味がわいていてワクワクしている──といった類いの、どちらかといえばたちが悪い笑みだ。

 理知的な緑の瞳に長いまつげ、明るいボブカットの金髪。来ているものも裕福な家の出身を思わせるし、賢そうな顔立ちの少女だったが、愛生はなんとなく気味が悪くて視線をそらした。ヘタをすれば、さっきのローズ以上にややこしいことになるかもしれない。

「あれ」

 目をそらした先、愛生は変わった物を見つけた。少女は右手に大きな虫眼鏡を持っていた。日本でも江戸時代(1600年代)にはすでに眼鏡があったというから、時代的には特におかしくない。

 不思議なのは、なぜ町中でそんなものを持っているかだ。それに、彼女の格好はローズにとてもよく似ていて、双子のようだ。こういう服が少女たちの間で流行っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、少女たちがこちらに近づいてきた。少女は虫眼鏡で愛生の顔をのぞきながら言う。

「ふーん、こいつが噂のお邪魔虫か」
「シメていいですか?」

 到着早々、龍は少女をにらんだ。顔が早くも歪んでいる。

 この少女、妙なことを言う上に、それが暴言であるから始末が悪い。愛生が謝るようにうながしても、それでも言うことを聞くものかという態度で、そっぽを向く。

 一切殊勝な様子がない少女に、龍から殺気がたちのぼった。自分が厳しく躾けられてきた分、無礼な人間には厳しい性質だし、人によってあからさまに態度を変える相手も大嫌いなのだ。

 周囲がなんだかひんやりしてきた。この二人、友達にはなれそうもない。前途は多難だ。お助けキャラがこれだとしたら、本当にこのゲームのシステムはクソである。

 愛生はそんな本音を押し殺して、龍と少女の間に割って入った。

「到着早々、死体を増やすな。お邪魔虫ってどういうことだ?」
「人のペンフレンドの恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んじまえ、よ」

 少女は、仕方無いから説明してやるという顔で言う。

「ペンフレンドって……まさか、ローズと知り合いなのか?」
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