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黒幕を追い詰めろ

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「愛生《あい》。終わったんですね?」

 龍《りゅう》が戻ってきていた。たたずむ龍に、愛生はうなずいてみせる。

 龍は少し不安そうにジャックを見やるが、死んでいると分かると諦めたようにため息をつく。

「……死にましたか」
「ああ」

 愛生は龍を見つめた。ジャックに注ぐ龍の視線は、愛生に輪を掛けて冷たい。

「依存状態になってしまったことを哀れとは思いますが、子供を殺して平然としているような奴は許せません。しかも、何人も」
「おい、まさか……」

 その言葉を聞いて、愛生は奥へ押し入った。そこで決定的なものを見てしまい、呆然と立ちつくす。

 死体はあの一体だけではなかった。もう一つ、しゃれこうべがある。骸骨になった頭に、赤くて短い毛が残っていた。ぽっかりとあいた眼窩の闇に、愛生は目を奪われる。

「この子も殺されたのか」

 龍はうなずく。

「ええ、骨に傷がありましたから。恐らく、五人とも命はないでしょう。庭から骨が見つかったと、報告が入っています。……かわいそうに」

 襲われてから、どのくらい生きていたのだろう。友人を探し回っていた少女、悄然としていた少女の姿が愛生の脳裏に浮かぶ。こんなことになってしまうと、想像していただろうか。

「これで敵討ちは半分……にもならないか。親玉はまだ生きてる」

 恨みを晴らしてやるから待ってろよ、とその遺体に語りかけた。龍も白くて細い指を合わせ、二体の遺体に祈っている。

 祈りが終わっても、愛生と龍はしばし口を閉じていた。

「……外の警官たちをもっと呼びますね。証拠を運び出してもらわなければ」
「ああ」

 龍の合図で、二十人近い警官たちが入ってきた。ジャックの家は、警官でもうぎゅうぎゅうである。

「しかし、なんでまたこの男は死体や凶器なんてリスクの高いものを、後生大事に持っていたんでしょう」

 龍がぽつりと言った。

「卿が酒と引き換えに、そうさせたんだろう。万一捜査の手が及んでも、この男が真犯人で終わるようにな。どう考えたって割が合わない取引なんだが、もうこいつに理性はなかったしなあ……」

 考え込む龍にそう言って、愛生は腕を組む。

「しかしどうします? この男が勝手に自爆してしまった以上、卿を引きずり出すには、新しい証拠を見せないと無理では?」
「証拠ねえ……こいつが、何か持ってればいいんだがな。結局何も言わないまま、くたばったし……」

 愛生は不快感をこらえ、ジャックの死体に手をかけた。まだ死んだばかりなので体は柔らかく、ぐんにゃりとしている。

 遠慮なく動かし、全てのポケットを探っていると、何か硬いものが愛生の指に当たった。金色に輝く鍵だった。

 その柄のところに卿の紋章が刻んである。ジャックと卿とをつなぐものを、ようやく見つけた。なぜこんなものをこの殺人犯が持っているのか、卿に聞いてみれば面白いことになるだろう。

 愛生はその不思議な鍵をつかみ取って、背後の龍に示す。彼女は神妙な顔でそれを見た。

「……誰が要なのか、ようやくはっきりしましたね」
「お前も来るんだろう?」
「当たり前です。ここで肝心の卿を逃がしたらなんにもなりません」

 龍は考える素振りもなく言った。

 閑散としていた家は、警官たちでごったがえしている。その中に、大張り切りしているソフィアがいた。

「ソフィアは帰りなさい」
「なんでよ!?」
「もしかしたら、卿が抵抗して戦闘になるかもしれません。待っていてくれれば、こちらも存分に戦えます」

 龍の顔は完全に、妹を諭す姉のそれだった。ついに短気なソフィアも言いたいことを飲みこんで、うなずく。

「思いとどまってあげるわよ。私は賢いから」

 事態をかき回すのは本意ではないと言う。大人びたその仕草に愛生は笑った。

「お前が勇敢なのはよく分かってるよ。後は任せろ」
「ちょっと待ってよ。おいしいところを全部持っていく気?」
「おいしいって……」
「警官隊をもっと動かすわ。人手はあった方がいいでしょう?」
「それができれば大したものだが、お前にできるのかよ」
「できるわよ。私は警察署長の娘で、名探偵だもの」

 ソフィアはそう言って高らかに笑った。



 誘拐事件の被害者と、実行犯はすでに死んでいる。黒幕はスカーレット卿。その情報は、翌朝には警察に知れ渡っていた。

 愛生が身支度を調えてパブに行くと、ソフィアがそう教えてくれた。

「お父様は、警官をおよそ五百出せると言っているわ、今動かせる警官を全てよこしてもらう予定よ」
「剛毅なことだな。失敗したら言い訳できない数だぞ」
「お父様、完全に覚悟を決めてるわ」

 愛生はそれを聞いて笑った。

「こっちの後ろ盾は警察署長。向こうは?」
「国のお偉方、弁護士、地主ほか多数です。他の街にもいるかもしれませんね。その余裕からか、まだ逃げ出す素振りもないようです」
「は、上等。それで十分だ。──絶対、許さないからな」

 適当に折り合いをつけ、潜伏しているのはもう終わりだ。今まで我慢していた分、派手にやらせてもらおう。

 愛生の武器は複数のナイフと長い刀剣、龍は複数の特殊弾を入れた銃。防具として、胴体や足を多うプロテクターも作った。何度も龍と手合わせし、強度や駆動性に問題がないことは確認してある。

 しばし待機していると、警官隊の準備が完了したという知らせがあった。愛生たちがソフィアと別れ、待ち合わせ場所の倉庫に赴くと、すでにそこは警官でいっぱいだった。警察は以前からスカーレット卿を煙たく思っていたらしく、警官たちの士気も高い。

「今日の捜査責任者を務めます、ハンターと申します」

 いかにも切れそうな年配の男が、愛生に向かって軽く会釈してきた。

「ああ。よろしく頼む」

 愛生は彼と握手をしてから、馬車に分乗して目的地へ向かった。明かりの炎を最低限にして、卿の敷地内で警備が手薄なところを突破する。虎子《とらこ》のナビがあるからできる技だ。

「……ここか」

 やがて虎子は、また新たな手がかりを見つけた。外壁に、通用口らしき小さな扉がついているのを発見したのだ。

 愛生と龍の周囲に、警官たちが人垣を作っている。たたずむ面々が、緊張した面持ちで愛生を見守っていた。

「ここの鍵であってくれよ……」

 愛生は外壁の小さな扉に、鍵を差し込んで回した。固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開く。

「少し待ってくれ。調べる時間が欲しい」

 龍がうなずく。虎子に頼んで、この家のことを調べ、見取り図を作ってもらった。

 調べによると、ここは使用人たちのための家。古くなったので廃棄され、今は使われていないようだ。確かに石壁のところどころに雑草が食いこみ、人の生活しているにおいがしない。

 愛生は扉を開く。屋敷の中には誰もいなかった。かびくさい匂いだけが、埃と一緒にたまっている。

「玄関に危険物無し」

 ハンターが軽く手を上げると、警官たちも屋敷に入ってきた。数人で班になって周囲に目を光らせるが、特に異常はない。

「どうせ卿は屋敷の奥にいるだろうが、気を抜くなよ──」
「失礼なことを言わないでくれたまえ。ちゃんとここにいるよ」

 ハンターがそう言った次の瞬間、聞き覚えのある声がして、愛生は目を見開いた。

 愛生の会話を遮ったのは、他でもないスカーレット卿、その人だった。警官たちは呆然としている。

 卿に気づかれないうちに忍び寄る作戦だったが、目論見は完全に外れた。今更逃げるわけにもいかず、愛生はじっと卿を見つめる。

「いつの間に。監視の人員がいないのは、虎子が確かだと言っていたのに……」

 横で龍が、首をかしげながらつぶやいていた。まるで霧のように沸いてきた卿は、涼しい顔をしている。

 彼は傍らに、長さ十メートルはありそうな奇妙な赤色の蛇を連れていた。しかし供回りの者はそれだけ。総勢五百人の警官とやりあったら、とても勝ち目はないだろう。

「なんだね。よってたかって、これ見よがしな武器まで持って。謀反でも起こす気かい?」
「そうだよ」

 愛生はうなずいてみせた。いつまでもふがいなく思っていても仕方無い。こうなったら、出たとこ勝負だ。

「ついに尻尾を見せたな。その化け物もあんたの客か?」
「客というより、身内と言った方がいいかな。長い時間をかけて、こんなに慣れたんだよ」

 愛生が言った嫌味を、卿は冷静に流した。蛇はぴたりと卿の足に張り付いている。よく慣れたペットのようだった。

「どうしてここに?」
「ある男の家から、あんたの家の紋章がついた鍵が見つかった。そこの防壁の、通用口の鍵だとそいつは言っていたよ」

 実際は言う前にジャックは焼け死んでいるのだが、生きていることにさせてもらう。鍵だけが証拠だと思われるより、言い逃れがしにくくなるはずだ。

 それを聞いた卿は、穏やかに言った。

「へえ。ジャックが捕まったか。……それなら、相当な数の警官を連れてきたんだろうね」

 愛生は黙っていた。ジャックに汚い仕事をさせていたことを、否定するつもりはないらしい。その素直さが、かえって不気味だった。

 卿にとって、バレて困ることではなかったのか? いや、そんなはずはない。そうでなければ、ジャックをわざわざ挟む意味がないからだ。

「平凡な官吏だと思っていたが、署長を見誤っていたようだな。しかし、問題はない」

 スカーレット卿は、やや嫌そうに端正な顔を歪ませる。大きく息を吸ってから、両手を広げた。

「その言いぐさはどういうことだ?」
「……警官をまとめて処分できる、私の城。それが今夜、完成したのさ!」
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