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天の火を盗んだ獣
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「応接室でも期待していたのか? 居心地の良さを期待するなら、街に戻ったらどうだ」
クララがそれを聞いて笑う。
「使用人とか、他に人はいないのですか? 世話だけでも大変でしょうに」
龍《りゅう》が聞くと、クララは変なものを見るような目をした。
「ありえない。私は一人が好きなんだ」
「誰かに相談したいと思ったことは?」
「生まれてこの方、ないな」
常に頭の悪い奴に逆らうように生きてきた、と言いながら、クララは先へ急いだ。
中庭も建物の中にあって、その屋根にはコウモリのような生物が張り付いていた。彼らが動く度にざわめくような音が起こり、ただでさえ張り詰めているベルトランの顔が、変な風にねじ曲がった。
「どこまでこんな変な空間が続くんでしょう……」
「やかましいぞ、ベルトラン」
「しかし私も教えてほしいです。一体どこへ行く気ですか?」
ベルトランは一喝したクララだったが、龍の問いには答えた。
「……里が滅びた元凶だと思っているものが、この奥にある」
龍は息をのみ、先を急いだ。そして、屋敷の最奥にある階段を降りていく。
屋敷はなにもかも頑丈にできているが、ここは特に厳重だった。壁は先ほどより灰色の濃い石、その奥に鋼鉄の厚い扉が二枚、そしてその向こうに小部屋があって、また二枚同じような扉が配置されている。そこを抜けるとようやく、クララが足を止めた。
「ここだ。言っておくが、危険だぞ」
クララはそう言って笑った。
「自分の身は自分で守れる奴だと判断したから見せる。そっちの男は、部屋に入ったら壁際に下がっていろ」
「……それはご親切にどうも」
もったいぶった様子に腹が立ったのか、ベルトランは顔をしかめた。
「あれが、元凶ですか?」
龍が小さく聞くと、クララは無言でうなずいた。龍は粛然とした気分になって、クララに続いてそっと足を踏み入れる。
奇妙な部屋だった。暗い照明の中、目をこらして見ると、壁には何やら古代のものらしき難しい文字が刻まれており、ひどく変色した部位があった。部屋の隅には、綺麗な水をなみなみと満たした瓶と桶が置いてある。床も水で濡れているので、掃除をした後なのだろうか。そのせいか、室内には湿気が満ちてじめじめしていた。
「ずいぶん湿っぽい……」
「沼地にいたやつを飼っているからな。気候も似せてある」
石壁を目で辿っていくと、奥に檻があるのが見えた。檻の鉄格子の太さは尋常ではなく、人間の大人が体当たりしたって壊れないだろう。
指示通り、壁に背中をぴったり貼り付けたベルトランが怯えた声をあげた。
「何を守ってるんですか……尋常な構えじゃないですよ」
何かが檻の奥で、低く唸っている。龍はかがむようにしてそちらを見た。暗くて細部まではよく見えないが、中の生物はせいぜい一メートル程度の大きさだ。尾びれが帯のように細く長く、床にだらんと伸びている。
「蜥蜴《とかげ》……のようなものでしょうか」
龍は檻の奥をのぞきこんだ。もっとよく見たい、と思ったのだが、クララの手が前を遮る。
「これ以上近付くな」
「でもあんな立派な檻があるのに……」
「いいから黙って見てろ」
クララが少し声を大きくした途端、小ぶりな蜥蜴が咆哮をあげた。頭が持ち上がり、口が開く。牙でこちらを食いちぎろうというのか──と、龍が思った次の瞬間。蜥蜴の口から、無数の火の粉がはじけた。
すかさず、クララが桶を手に取り、水を蜥蜴に向かって乱暴にぶちまける。火の気はこれで消えたが、部屋の空気は張り詰めたままだ。龍は思わず銃を握っていることに気づき、ベルトランはふらふら歩いたかと思えばへたりこみ、腰を抜かしている。
「これが天の火を盗んだという不遜な生き物、神の加護を拒否し世界を滅ぼそうとしたドラゴンの眷属だ」
「ドラゴン……?」
龍は苦笑した。モンスターの最強格、物語には敵としても味方としても欠かせない存在。おとぎ話の世界の住民は、こちらの街にもいたのか。
「他の街では別の名で呼ぶのか? 火を吐く、翼持つ大蜥蜴だ」
わかりが良くないと思われたのか、クララが言い直してくれた。龍はあわててうなずく。
「こいつはその眷属。どうやって手に入れたかは聞いてくれるなよ。危ない橋を渡ったからな」
「な、なんてものを! 今すぐ、今すぐ殺処分を!!」
ベルトランが縋るような目でクララを見る。
「やかましいぞ、男。この程度の下等眷属なら、そう危険ではない。少し飼うのに辛抱がいるくらいだ」
クララは冷たく吐き捨てた。
「だが、もう少し格上のものなら、只人は会った瞬間に命を落とすだろう」
「そんな危険な生き物が、この国にいる可能性があると……?」
「ああ。この先にある島で、炎のドラゴンが目覚めた」
ドラゴンの力が強くなると、眷属は近くの土地にいずこからか湧いて出るのだと言う。それは少なくても数十体、多いときは数百体にも及ぶ。眷属だけで国が滅んだことも、珍しくないそうだ。
クララがそれを聞いて笑う。
「使用人とか、他に人はいないのですか? 世話だけでも大変でしょうに」
龍《りゅう》が聞くと、クララは変なものを見るような目をした。
「ありえない。私は一人が好きなんだ」
「誰かに相談したいと思ったことは?」
「生まれてこの方、ないな」
常に頭の悪い奴に逆らうように生きてきた、と言いながら、クララは先へ急いだ。
中庭も建物の中にあって、その屋根にはコウモリのような生物が張り付いていた。彼らが動く度にざわめくような音が起こり、ただでさえ張り詰めているベルトランの顔が、変な風にねじ曲がった。
「どこまでこんな変な空間が続くんでしょう……」
「やかましいぞ、ベルトラン」
「しかし私も教えてほしいです。一体どこへ行く気ですか?」
ベルトランは一喝したクララだったが、龍の問いには答えた。
「……里が滅びた元凶だと思っているものが、この奥にある」
龍は息をのみ、先を急いだ。そして、屋敷の最奥にある階段を降りていく。
屋敷はなにもかも頑丈にできているが、ここは特に厳重だった。壁は先ほどより灰色の濃い石、その奥に鋼鉄の厚い扉が二枚、そしてその向こうに小部屋があって、また二枚同じような扉が配置されている。そこを抜けるとようやく、クララが足を止めた。
「ここだ。言っておくが、危険だぞ」
クララはそう言って笑った。
「自分の身は自分で守れる奴だと判断したから見せる。そっちの男は、部屋に入ったら壁際に下がっていろ」
「……それはご親切にどうも」
もったいぶった様子に腹が立ったのか、ベルトランは顔をしかめた。
「あれが、元凶ですか?」
龍が小さく聞くと、クララは無言でうなずいた。龍は粛然とした気分になって、クララに続いてそっと足を踏み入れる。
奇妙な部屋だった。暗い照明の中、目をこらして見ると、壁には何やら古代のものらしき難しい文字が刻まれており、ひどく変色した部位があった。部屋の隅には、綺麗な水をなみなみと満たした瓶と桶が置いてある。床も水で濡れているので、掃除をした後なのだろうか。そのせいか、室内には湿気が満ちてじめじめしていた。
「ずいぶん湿っぽい……」
「沼地にいたやつを飼っているからな。気候も似せてある」
石壁を目で辿っていくと、奥に檻があるのが見えた。檻の鉄格子の太さは尋常ではなく、人間の大人が体当たりしたって壊れないだろう。
指示通り、壁に背中をぴったり貼り付けたベルトランが怯えた声をあげた。
「何を守ってるんですか……尋常な構えじゃないですよ」
何かが檻の奥で、低く唸っている。龍はかがむようにしてそちらを見た。暗くて細部まではよく見えないが、中の生物はせいぜい一メートル程度の大きさだ。尾びれが帯のように細く長く、床にだらんと伸びている。
「蜥蜴《とかげ》……のようなものでしょうか」
龍は檻の奥をのぞきこんだ。もっとよく見たい、と思ったのだが、クララの手が前を遮る。
「これ以上近付くな」
「でもあんな立派な檻があるのに……」
「いいから黙って見てろ」
クララが少し声を大きくした途端、小ぶりな蜥蜴が咆哮をあげた。頭が持ち上がり、口が開く。牙でこちらを食いちぎろうというのか──と、龍が思った次の瞬間。蜥蜴の口から、無数の火の粉がはじけた。
すかさず、クララが桶を手に取り、水を蜥蜴に向かって乱暴にぶちまける。火の気はこれで消えたが、部屋の空気は張り詰めたままだ。龍は思わず銃を握っていることに気づき、ベルトランはふらふら歩いたかと思えばへたりこみ、腰を抜かしている。
「これが天の火を盗んだという不遜な生き物、神の加護を拒否し世界を滅ぼそうとしたドラゴンの眷属だ」
「ドラゴン……?」
龍は苦笑した。モンスターの最強格、物語には敵としても味方としても欠かせない存在。おとぎ話の世界の住民は、こちらの街にもいたのか。
「他の街では別の名で呼ぶのか? 火を吐く、翼持つ大蜥蜴だ」
わかりが良くないと思われたのか、クララが言い直してくれた。龍はあわててうなずく。
「こいつはその眷属。どうやって手に入れたかは聞いてくれるなよ。危ない橋を渡ったからな」
「な、なんてものを! 今すぐ、今すぐ殺処分を!!」
ベルトランが縋るような目でクララを見る。
「やかましいぞ、男。この程度の下等眷属なら、そう危険ではない。少し飼うのに辛抱がいるくらいだ」
クララは冷たく吐き捨てた。
「だが、もう少し格上のものなら、只人は会った瞬間に命を落とすだろう」
「そんな危険な生き物が、この国にいる可能性があると……?」
「ああ。この先にある島で、炎のドラゴンが目覚めた」
ドラゴンの力が強くなると、眷属は近くの土地にいずこからか湧いて出るのだと言う。それは少なくても数十体、多いときは数百体にも及ぶ。眷属だけで国が滅んだことも、珍しくないそうだ。
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