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第2章 押し付けマナーの果てに ~正しさと孤独の分岐点~
29. 燃え尽きた正義、静かな夜
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夜。宿営地に風が吹き抜け、焚き火の火が細く伸びて揺れた。王都を出て二日、誰もほとんど口を開いていない。空気は冷たく、硬い。息をするたび胸の奥に砂が入るようだった。
火を囲むのは四人。ミラが黙々とスープをかき混ぜ、リディアが肉を焼く。ガレスは膝を抱え、カインは背を向けて地図を広げている。俺は手を出す場所を見つけられず、ただ薪を一本足した。火花が跳ねて、パチ、と音が弾ける。
「……静かだな」誰ともなく漏れた言葉に、誰も反応しない。焚き火のはぜる音が返事の代わりだった。
ミラが木杓子を置いた。「ねぇ、正樹」
「はい」
「正直に言うけど、もう限界よ」
胸がぎゅっと掴まれたようになった。彼女は目を合わせないまま、淡々と言葉を続ける。「王の前でのあれ、ギルドでの騒動、戦場での指示……全部、あんたの言葉で場が乱れる。もう、疲れたの」
「……俺は、そんなつもりじゃ」
「つもりで済むと思ってる?」
その瞬間、リディアが手を止めた。焦げた肉の匂いが強くなり、煙が目にしみる。「ミラ、落ち着け」
「落ち着いてるわよ」ミラは冷たい声で言う。「あんたも庇うの、もうやめなさいよ。見てて苦しい」
リディアの眉がわずかに動く。彼女は言い返そうとしたが、声にならなかった。代わりにガレスが低く唸る。「俺も、もう限界だ」
「ガレス、お前まで……」
「お前の言葉はいつも重ぇんだよ」ガレスが俺を睨む。「正しさって鎧、いつまで着てるつもりだ。俺らがその鎧の中に閉じ込められてんだ」
俺は拳を握りしめた。「そんなつもりは——」
「その“つもり”がもう嫌なんだよ!」ミラが立ち上がる。火の明かりが頬を照らし、目が赤く光っていた。「自分が正しいって思って、全部を直そうとする。誰かの呼吸まで合わせようとする。あんたの正しさは、もう誰のためにもなってない!」
リディアが間に入る。「やめろ。もういい」
「いいや、言わせて!」ミラが叫ぶ。「リディア、あんたが庇うから、こいつは変われない!」
リディアの目が痛みを帯びる。「……そうかもな。でも、あいつがいなきゃ、私はここまで来れなかった」
「それは“過去”の話よ」ミラが吐き捨てるように言った。「今のあんたを苦しめてるのは、こいつでしょ」
沈黙。火の粉が舞う音だけが響く。リディアがゆっくりと俺を見る。その目は優しさでも怒りでもなく、ただ、疲れていた。
「……正樹。私はずっとお前を信じてた。でも、今のままじゃ誰もついて来れない」
「俺は、皆のために——」
「それがもう、誰のためにもなってないんだよ」リディアの声が震える。「お前の“皆のため”は、自分のために聞こえる。周りを見てみろ」
視線を巡らせる。ガレスは拳を握り、ミラは俯いたまま。カインは静かに立ち上がり、背を向けた。
「……カイン?」
彼は振り返らずに言った。「もう、これ以上は共に行けない」
その言葉が焚き火よりも熱く胸を焼いた。「ま、待ってください。俺は——」
「言い訳はいらない」カインの声は冷たい。だが、怒鳴り声ではなかった。疲れ切った人の声だった。「お前は間違ってない。ただ、俺たちとは違う。だから、もう一緒には進めない」
リディアが立ち上がる。「待て、カイン!」
「お前も分かってるはずだ」
リディアの唇が震える。けれど、何も言えなかった。ミラは背を向け、ガレスは斧を拾って遠くの岩に腰を下ろした。火の周りに、俺だけが残された。
「……俺、そんなに、邪魔だったか」
誰も答えない。風が吹き抜け、焚き火の炎が揺れた。その光に映る皆の影が、まるで別々の方向へ伸びていくように見えた。
胸の奥が空洞になる。音が遠のく。心臓が打っているのかどうかも分からない。
リディアが最後に言った。「……今夜は、それぞれで休もう」
その言葉が終わりの鐘のように響いた。彼女は背を向け、火から離れた。残された俺は、火の中に手をかざす。熱いのに、何も感じなかった。
“皆のため”という言葉が、もう重くて持てなかった。
火を囲むのは四人。ミラが黙々とスープをかき混ぜ、リディアが肉を焼く。ガレスは膝を抱え、カインは背を向けて地図を広げている。俺は手を出す場所を見つけられず、ただ薪を一本足した。火花が跳ねて、パチ、と音が弾ける。
「……静かだな」誰ともなく漏れた言葉に、誰も反応しない。焚き火のはぜる音が返事の代わりだった。
ミラが木杓子を置いた。「ねぇ、正樹」
「はい」
「正直に言うけど、もう限界よ」
胸がぎゅっと掴まれたようになった。彼女は目を合わせないまま、淡々と言葉を続ける。「王の前でのあれ、ギルドでの騒動、戦場での指示……全部、あんたの言葉で場が乱れる。もう、疲れたの」
「……俺は、そんなつもりじゃ」
「つもりで済むと思ってる?」
その瞬間、リディアが手を止めた。焦げた肉の匂いが強くなり、煙が目にしみる。「ミラ、落ち着け」
「落ち着いてるわよ」ミラは冷たい声で言う。「あんたも庇うの、もうやめなさいよ。見てて苦しい」
リディアの眉がわずかに動く。彼女は言い返そうとしたが、声にならなかった。代わりにガレスが低く唸る。「俺も、もう限界だ」
「ガレス、お前まで……」
「お前の言葉はいつも重ぇんだよ」ガレスが俺を睨む。「正しさって鎧、いつまで着てるつもりだ。俺らがその鎧の中に閉じ込められてんだ」
俺は拳を握りしめた。「そんなつもりは——」
「その“つもり”がもう嫌なんだよ!」ミラが立ち上がる。火の明かりが頬を照らし、目が赤く光っていた。「自分が正しいって思って、全部を直そうとする。誰かの呼吸まで合わせようとする。あんたの正しさは、もう誰のためにもなってない!」
リディアが間に入る。「やめろ。もういい」
「いいや、言わせて!」ミラが叫ぶ。「リディア、あんたが庇うから、こいつは変われない!」
リディアの目が痛みを帯びる。「……そうかもな。でも、あいつがいなきゃ、私はここまで来れなかった」
「それは“過去”の話よ」ミラが吐き捨てるように言った。「今のあんたを苦しめてるのは、こいつでしょ」
沈黙。火の粉が舞う音だけが響く。リディアがゆっくりと俺を見る。その目は優しさでも怒りでもなく、ただ、疲れていた。
「……正樹。私はずっとお前を信じてた。でも、今のままじゃ誰もついて来れない」
「俺は、皆のために——」
「それがもう、誰のためにもなってないんだよ」リディアの声が震える。「お前の“皆のため”は、自分のために聞こえる。周りを見てみろ」
視線を巡らせる。ガレスは拳を握り、ミラは俯いたまま。カインは静かに立ち上がり、背を向けた。
「……カイン?」
彼は振り返らずに言った。「もう、これ以上は共に行けない」
その言葉が焚き火よりも熱く胸を焼いた。「ま、待ってください。俺は——」
「言い訳はいらない」カインの声は冷たい。だが、怒鳴り声ではなかった。疲れ切った人の声だった。「お前は間違ってない。ただ、俺たちとは違う。だから、もう一緒には進めない」
リディアが立ち上がる。「待て、カイン!」
「お前も分かってるはずだ」
リディアの唇が震える。けれど、何も言えなかった。ミラは背を向け、ガレスは斧を拾って遠くの岩に腰を下ろした。火の周りに、俺だけが残された。
「……俺、そんなに、邪魔だったか」
誰も答えない。風が吹き抜け、焚き火の炎が揺れた。その光に映る皆の影が、まるで別々の方向へ伸びていくように見えた。
胸の奥が空洞になる。音が遠のく。心臓が打っているのかどうかも分からない。
リディアが最後に言った。「……今夜は、それぞれで休もう」
その言葉が終わりの鐘のように響いた。彼女は背を向け、火から離れた。残された俺は、火の中に手をかざす。熱いのに、何も感じなかった。
“皆のため”という言葉が、もう重くて持てなかった。
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