月帝陛下の唯一の花嫁

夕立悠理

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祝福されない誕生日

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「詩乃、お前なんで生まれてきたの?」

 学校から帰宅し、今日の夕飯を作ろうと厨房に入る。
 その瞬間、侮蔑のこもった視線と共に廊下から投げかけられた言葉に、息が詰まる。

「なんで? なんで生まれてきたの?」

 声の主は苛々とした様子で問いを繰り返した。

 ……仕方ないわ。

 料理の前に髪を結おうとしていた手を止め、廊下にいる、従姉妹の咲良に向き直る。

「咲良様」
「だって、気になるんだもの。霊力を持たずにこの九条の直系として生まれてこられたなんて。私なら恥ずかしくて死を選ぶわ」

 ーーそんなこと、私が知りたい。

 そう言いたい気持ちをぐっと堪えて微笑む。
「咲良様、今宵は咲良様のお好きなハンバーグですよ」
「ふぅん、お前料理だけは得意だものね。きっとそんな使用人の真似事をするために生まれてきたのね」

 言いたいことを言って満足したのか、咲良は、去っていった。

「……はぁ」

 思わずため息をついてしまった後、慌てて指で口角を上げる。

「せめて、顔は辛気臭くないようにしないとね」

 それに、口角を上げると少し気分も上向く気がする。

 そんなことを考えながら、今度こそ髪を結って、夕飯の支度に取り掛かる。


 私ーー九条詩乃は、九条家の直系として生まれた。九条家は名家であり、本来なら食事の支度も掃除も風呂の準備も何もかも私がする必要はない。それでも、それら全てが私の役目になっている理由は、私に霊力がないからだ。

 霊力とは、この国を護る結界を張る能力のこと。

 この国と隣接する国の妖や悪鬼から人々を護るために、数字を冠する家の者は皆、結界を張ることを生業とする。

 数字を冠する家は、九名家と呼ばれ、九名家には、莫大な富と權力が集まる。そして、九条はそんな九名家のひとつだ。

 しかし、私は、間違いなく九条の直系なのに、霊力がない。

 そんな一家の恥晒しの私にこの家で与えられた役割は、物心ついたときから使用人の代わりと決まっていた。


「よし、こんなものかしら」

 今日の夕飯を作り終えて、息を吐く。
 ハンバーグがつやつやと輝いている。

 ほかほか湯気があがる夕飯を見ていると、腹の虫が鳴いた。

 もちろん、私がこの温かい夕飯を食べられる日は来ない。

 これらはすべて、私を除く九条家の人々の食事だ。

 私が食べられるのはーー。
 野菜の切れ端や皮を炒めた野菜炒めと、少しのお肉。
 
 あとは、具のない味噌汁とご飯だ。

「まあ、ご飯があるだけましよね」

 腹の虫を宥めすかして、配膳の準備をする。
 大広間に、順番に食事を並べて、ベルを鳴らす。

 すると、ぞくぞくと九条家のひとたちが集まってくるので、姿をなるべく見られないように気をつけながら、厨房に戻った。

 自分の分の食事を摂りながら、そっと歌を歌う。
「ハッピーバースデー、詩乃」

 誰にも祝ってもらえなくても、今日は私の誕生日だ。

ーーお前、なんで生まれてきたの?

 ふいに、先ほど咲良から投げかけられた言葉が蘇える。

「そんなの……知らないわ」
 誰に愛されなくても、誰に祝福されなくても。

 私は、私が好きだ。

「うん。それだけで、十分ね」

 もう一度、お誕生日を祝う歌を歌う。

 歌はゆっくりと冷たい厨房に溶けていった。
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