71 / 89
四章 私の望み
ノクト
(ノクト視点)
――ベッドに横たわり、目を閉じる。
浮かぶのは、昨夜みた悪夢とも白昼夢ともつかない何かだ。
――次の満月に迎えに来るわ。
そういって、影は消えた。
「満月か……」
次の満月まで、あと20日余り。
満月になると、魔術師の魔力が高まるから、何か事を起こすつもりだろうか。
いや、そもそもあれは現実にあったことなのか?
だって、彼女……エルマ・アンバーの形をした影は確かに、言ったのだ。
この僕を、王子様と。
僕は公爵子息であり、王家の血を全く継いでいないといえば、嘘になるが。
私のという装飾がつけば、意味は全く異なる。
――しかし、どういうことだろう。
エルマ嬢は、陛下のことを愛しているのではなかったか。
それに、僕は彼女が苦手だ。
公爵家の子息である僕と、侯爵令嬢である彼女。
学園に通う前から、家の都合で交流が全くないわけではなかった。
エルマ嬢は、昔から対人距離がやたら近く、ひたすらに色んな相手にべたべたしていた。
僕はエルマ嬢とは異なり、他人との接触があまり得意ではない。
だからエルマ嬢の距離の近さも理由の一つだが、他にも――選民意識の強さも苦手だった。
いつだったか、エルマ嬢がべたべたしていた相手が去った後のこと。
これ以上ないほど冷めた目をして、触れていた手をハンカチで拭いた。
そして冷たい目をして、卑しい子、といったのだ。
エルマ嬢がべたべたしていたのは、子爵家の令嬢であり、当然、侯爵令嬢であるエルマ嬢よりも身分が低い。
子爵令嬢は、別に家が困窮しているわけでもなく、ドレスだって、それなりのものを着ていた。それに、マナーや礼節を守っていて、エルマ嬢から彼女にべたべたしていた。
それでもなお、卑しいというとは、彼女が高位貴族ではないからか。
……なるほど、それがエルマ嬢の本性か。
そう納得したのを覚えている。
その日以来、僕は以前にもまして彼女を避けるようになった。
それは、学園に入学して、ロイゼの師となってからも同じ。
ロイゼは自分の15分と定めた自由時間ぎりぎりまで、彼女といた。
なので、その間は避けて、ロイゼと魔法について話すようにしていた。
そんなエルマ嬢に僕が好かれる理由がない。
陛下を――運命の番と欺いてまで欲した相手を――さしおいてまで、僕を選ぶ理由がどこにある?
それこそ、選民思想の強い彼女なら、陛下の相手など、一番望むところじゃないか。
副団長よりも、公爵子息よりも、竜王のほうが比べられないほど強い立場だというのに。
「やはり、夢か……?」
実際、気づけば、僕はベッドに横たわっていた。
朝日の眩しさはしっかりと憶えている。
だったら、やはり、あれは夢?
「……ロイゼ」
――呼んだ名前は、ゆっくりと闇に溶ける。
夢でも現実でも変わらない。
たった一人の僕にとって特別な子。
ロイゼは僕を頼ってくれた。
そのことが、嬉しかった。……それに。
――ノクト殿。
僕を呼ぶその声音は、以前と変わりないものだった。
ようやくロイゼが自身の記憶の一部を取り戻した。
その瞬間に立ち会えたことが、これ以上なく、嬉しい。
でも。
僕のせいで、ロイゼを危険に冒した。
ロイゼが望んだこととはいえ、軽率に連れてくるべきではなかったし、連れてきたならそばを一瞬でも離れるべきではなかった。
僕の判断が招いた出来事だ。
陛下が魔石に組み込まれた魔法で転移してきたから良かったものの、それがなかったら、と思うとぞっとする。
僕は、一度ロイゼを失っている。
それも、僕のせいだ。
僕が、ロイゼのあと一歩を押した。
そのことを、忘れたつもりはない、と思っていたのに。
ロイゼが僕を頼り、優しくしてくれたから、痛みが薄れてしまっていた。
魔力に包まれるロイゼ。
ロイゼが消えた後の、綺麗な光。
あの光景を、忘れていいはずないのに。
しかし、なぜだろう。
エルマ嬢が隊長を務めていた、六番隊は、魅了魔法・洗脳魔法共に、反応はなかった。
でも、マリア・ユージンの様子は異常だ。
ただ憧れのエルマ嬢と因縁のあるロイゼに攻撃しただけには見えなかったし、そのエルマ嬢への慕う様も異常だ。
捕縛した他の六番隊の隊員も様子がおかしい。
昨日までは、ここまで変ではなかったはず。
エルマ嬢に憤りを感じていたように見えた。
だからこそ、僕はロイゼを招いたのだ。
それなのに、今は、まるで恋するように、エルマ嬢のことばかり。
「何かがおかしい」
魔法が一番怪しいと思っていたが――それ以外に、何かあるのだろうか。
僕は、エルマ嬢の調査から外れるように言われている。
エルマ嬢の調査以外にも、魔術師団がしなければならない仕事は多岐に渡る。
……でも。
もう二度と、ロイゼを失いたくない。
だから――……。
「私的に調べる必要があるな」
※※※
あと1話で4章が終わり、次章にうつります。
タグをご確認いただければ、幸いです。
――ベッドに横たわり、目を閉じる。
浮かぶのは、昨夜みた悪夢とも白昼夢ともつかない何かだ。
――次の満月に迎えに来るわ。
そういって、影は消えた。
「満月か……」
次の満月まで、あと20日余り。
満月になると、魔術師の魔力が高まるから、何か事を起こすつもりだろうか。
いや、そもそもあれは現実にあったことなのか?
だって、彼女……エルマ・アンバーの形をした影は確かに、言ったのだ。
この僕を、王子様と。
僕は公爵子息であり、王家の血を全く継いでいないといえば、嘘になるが。
私のという装飾がつけば、意味は全く異なる。
――しかし、どういうことだろう。
エルマ嬢は、陛下のことを愛しているのではなかったか。
それに、僕は彼女が苦手だ。
公爵家の子息である僕と、侯爵令嬢である彼女。
学園に通う前から、家の都合で交流が全くないわけではなかった。
エルマ嬢は、昔から対人距離がやたら近く、ひたすらに色んな相手にべたべたしていた。
僕はエルマ嬢とは異なり、他人との接触があまり得意ではない。
だからエルマ嬢の距離の近さも理由の一つだが、他にも――選民意識の強さも苦手だった。
いつだったか、エルマ嬢がべたべたしていた相手が去った後のこと。
これ以上ないほど冷めた目をして、触れていた手をハンカチで拭いた。
そして冷たい目をして、卑しい子、といったのだ。
エルマ嬢がべたべたしていたのは、子爵家の令嬢であり、当然、侯爵令嬢であるエルマ嬢よりも身分が低い。
子爵令嬢は、別に家が困窮しているわけでもなく、ドレスだって、それなりのものを着ていた。それに、マナーや礼節を守っていて、エルマ嬢から彼女にべたべたしていた。
それでもなお、卑しいというとは、彼女が高位貴族ではないからか。
……なるほど、それがエルマ嬢の本性か。
そう納得したのを覚えている。
その日以来、僕は以前にもまして彼女を避けるようになった。
それは、学園に入学して、ロイゼの師となってからも同じ。
ロイゼは自分の15分と定めた自由時間ぎりぎりまで、彼女といた。
なので、その間は避けて、ロイゼと魔法について話すようにしていた。
そんなエルマ嬢に僕が好かれる理由がない。
陛下を――運命の番と欺いてまで欲した相手を――さしおいてまで、僕を選ぶ理由がどこにある?
それこそ、選民思想の強い彼女なら、陛下の相手など、一番望むところじゃないか。
副団長よりも、公爵子息よりも、竜王のほうが比べられないほど強い立場だというのに。
「やはり、夢か……?」
実際、気づけば、僕はベッドに横たわっていた。
朝日の眩しさはしっかりと憶えている。
だったら、やはり、あれは夢?
「……ロイゼ」
――呼んだ名前は、ゆっくりと闇に溶ける。
夢でも現実でも変わらない。
たった一人の僕にとって特別な子。
ロイゼは僕を頼ってくれた。
そのことが、嬉しかった。……それに。
――ノクト殿。
僕を呼ぶその声音は、以前と変わりないものだった。
ようやくロイゼが自身の記憶の一部を取り戻した。
その瞬間に立ち会えたことが、これ以上なく、嬉しい。
でも。
僕のせいで、ロイゼを危険に冒した。
ロイゼが望んだこととはいえ、軽率に連れてくるべきではなかったし、連れてきたならそばを一瞬でも離れるべきではなかった。
僕の判断が招いた出来事だ。
陛下が魔石に組み込まれた魔法で転移してきたから良かったものの、それがなかったら、と思うとぞっとする。
僕は、一度ロイゼを失っている。
それも、僕のせいだ。
僕が、ロイゼのあと一歩を押した。
そのことを、忘れたつもりはない、と思っていたのに。
ロイゼが僕を頼り、優しくしてくれたから、痛みが薄れてしまっていた。
魔力に包まれるロイゼ。
ロイゼが消えた後の、綺麗な光。
あの光景を、忘れていいはずないのに。
しかし、なぜだろう。
エルマ嬢が隊長を務めていた、六番隊は、魅了魔法・洗脳魔法共に、反応はなかった。
でも、マリア・ユージンの様子は異常だ。
ただ憧れのエルマ嬢と因縁のあるロイゼに攻撃しただけには見えなかったし、そのエルマ嬢への慕う様も異常だ。
捕縛した他の六番隊の隊員も様子がおかしい。
昨日までは、ここまで変ではなかったはず。
エルマ嬢に憤りを感じていたように見えた。
だからこそ、僕はロイゼを招いたのだ。
それなのに、今は、まるで恋するように、エルマ嬢のことばかり。
「何かがおかしい」
魔法が一番怪しいと思っていたが――それ以外に、何かあるのだろうか。
僕は、エルマ嬢の調査から外れるように言われている。
エルマ嬢の調査以外にも、魔術師団がしなければならない仕事は多岐に渡る。
……でも。
もう二度と、ロイゼを失いたくない。
だから――……。
「私的に調べる必要があるな」
※※※
あと1話で4章が終わり、次章にうつります。
タグをご確認いただければ、幸いです。
あなたにおすすめの小説
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
冷酷夫からの離婚宣告を受けたので、次は愛してくれる夫を探そうと思います。
待鳥園子
恋愛
「……それでは、クラウディア。君とはあと、三ヶ月で離縁しようと思う」
一年前に結婚した夫ジャレッドからの言葉に、私はまったく驚かなかった。
彼はずっと半分しか貴族の血を持たぬ私に対し冷たく、いつかは離婚するだろうと思っていたからだ。
それでは、離婚までに新しい夫を見付けねばとやって来た夜会に、夫ジャレッドが居て!?
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が消えたその後で(完結)
毛蟹
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。
シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。
皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。
シビルの王都での生活は地獄そのものだった。
なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。
家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。