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四章 私の望み
ハロルド
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(ハロルド)
……夢を見ていた。
近頃、見るのは決まって同じ夢だ。
かじかむ指先で必死にかき分けた空気。
その薄い空気を吸えば吸うほど、酸素が肺から奪われるようで、ただ、苦しかった。
あまりの苦しくさに咳き込んだ音や、自分のはばたきしか聞こえない、静かすぎる世界。
こんな、寂しく、辛い場所に。
「……ロイゼ」
固く閉じたまぶたの、そのまつ毛も凍るほど、冷え切った世界で、淡い光に包まれて眠る君。
「ロイゼ!!」
いつのまにか人に戻った手足で、君を抱きしめる。
こんなに静かな世界にも関わらず、君の心音は雪が降り積もる音よりも、小さな音だった。
早く、早く、早く、早く。翼が折れても、二度と羽ばたけなくなってもいい。だから、安全な場所へ。
早く、早く、早く、早く。1分でも1秒でも先に君を温かな場所へ。
――私に魔法が使えたら。
――私が間違えなければ。
――私が信じていれば。
後悔ばかりが押し寄せてくる。
それでもはばたきを止めず、ようやくたどり着いた城で。
強く握りしめた君の手から、力が抜け落ちる。
心音が竜の耳を持ってしても聞こえなくなる。
「……ロイゼ! ……ロイゼ!!!!!」
その名を叫んだ。
これは夢だ。夢だとわかっている。
だって、現実の世界で君は目を覚ました。
たとえ、今世と前世の記憶を失っていたとしても、君は目を覚ましてくれたのに。
「!!! ――!!!!!」
轟音に近い悲鳴を上げる。
早く、早くこの夢から覚めなければ。
この世界が現実になってしまう前に、早く。
叫んで、ただ叫んで、声も枯れるほど叫ぶと、ようやく世界は瓦解した。
◇◇◇
「……で、――なので、できればこの件に関しては……」
「どうした?」
急に言葉を止めたのは、側近であり友でもある、イグナーツ・ジルベールだった。
「陛下、私、イグナーツ・ジルベールが10分ほど、離席することをお許しください」
イグナーツはそういうと、度が入っていない眼鏡を外した。
「お前、眠れてないのか。……ほかには悟られてはいまいが、顔色が悪いぞ」
「夢見が悪くてな。……そんなことより」
友は、私の言葉に片眉をあげた。
「そんなことより? 王たるお前の体調よりも重要な案件がどこにある――」
「ロイゼのことだ」
「あったな」
ふむ、と頷くと、イグナーツは自身の茶色の髪をかきあげた。
「番様がどうしたって? エルマ・アンバーの行方はまだ調査中だが」
「左利きだったんだ」
「うんうんそれで?」
「それだけだ」
緑の瞳は私の言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。
「…………はぁ?」
「私は『ロイゼ』について、何も知らない。……知らなかった」
ミルフィアの影ばかりを追い求めて、大事なものを見失った。
偽られていても、本質が見えていれば、きっとロイゼを一度失うことも、傷つけることもなかった。
これは、私の過失であり、罪だ。
「ハロルド、お前――」
「それでも知っていたこともある。ひたむきに魔法を極め、魔術学校を主席で卒業したこと。平民の出ながら、魔術師団の幹部まで昇進し、ついには団長にまでなったこと。……それなのに、私は」
傷つけることが愛ではないと、君に教えてもらたのに。
ミルフィアじゃないと思っておきながら、揺らいだ自分が怖くて、恐れを君にぶつけた。
そうすることで、愛が、約束が、誓いが、守られるのだと思っていた。
「そうだね、お前は愚かだよ」
あっさりと頷いた友は、でもさ、と話を続ける。
「間違えました、傷つけました、ごめんなさい……それで終わらせられるような情けない男じゃないだろ。寝不足なのは、それが原因か」
「……ああ」
イグナーツの言葉に小さく頷く。
「ロイゼには別の道があるのではないかと」
「回りくどいな。……つまり、運命の番を解消する方法を探してたってこと?」
運命の番。
来世もと誓いを結んだ恋人たち。
特に竜王の運命の番は特別で、二人が結ばれれば繁栄をもたらすと言われている。
「まあ今のままだと、番様が望まなくても、強制的にお前の結婚相手になるもんね」
「……私は」
――夢を、思い出す。
手から力が抜け落ちる瞬間を。
心音一つ聞こえない静寂を。
「もう、失いたくないんだ」
ミルフィアとは異なる色で、それでもミルフィアと同じ熱を持っていた紫水晶の瞳。
今はその熱はどこにも見当たらない。
もう二度と蘇らないのかもしれない。
それでもいい。
ただ、生きていて欲しい。
私の言葉が届くことはなくとも。
その美しい瞳に映ることはなくても。
だから、どうか。
「……やっぱ竜は似るのかな」
小さく漏らした友の言葉に首を傾げる。
「いや、なんでもない。……と、10分経ったな」
時間に正確なイグナーツは、再び度の入っていない眼鏡をかけると、側近に戻った。
再び、報告を始めたイグナーツの声に耳を傾ける。
何が最善なのか、その答えを探しながら息を吐き出した。
……夢を見ていた。
近頃、見るのは決まって同じ夢だ。
かじかむ指先で必死にかき分けた空気。
その薄い空気を吸えば吸うほど、酸素が肺から奪われるようで、ただ、苦しかった。
あまりの苦しくさに咳き込んだ音や、自分のはばたきしか聞こえない、静かすぎる世界。
こんな、寂しく、辛い場所に。
「……ロイゼ」
固く閉じたまぶたの、そのまつ毛も凍るほど、冷え切った世界で、淡い光に包まれて眠る君。
「ロイゼ!!」
いつのまにか人に戻った手足で、君を抱きしめる。
こんなに静かな世界にも関わらず、君の心音は雪が降り積もる音よりも、小さな音だった。
早く、早く、早く、早く。翼が折れても、二度と羽ばたけなくなってもいい。だから、安全な場所へ。
早く、早く、早く、早く。1分でも1秒でも先に君を温かな場所へ。
――私に魔法が使えたら。
――私が間違えなければ。
――私が信じていれば。
後悔ばかりが押し寄せてくる。
それでもはばたきを止めず、ようやくたどり着いた城で。
強く握りしめた君の手から、力が抜け落ちる。
心音が竜の耳を持ってしても聞こえなくなる。
「……ロイゼ! ……ロイゼ!!!!!」
その名を叫んだ。
これは夢だ。夢だとわかっている。
だって、現実の世界で君は目を覚ました。
たとえ、今世と前世の記憶を失っていたとしても、君は目を覚ましてくれたのに。
「!!! ――!!!!!」
轟音に近い悲鳴を上げる。
早く、早くこの夢から覚めなければ。
この世界が現実になってしまう前に、早く。
叫んで、ただ叫んで、声も枯れるほど叫ぶと、ようやく世界は瓦解した。
◇◇◇
「……で、――なので、できればこの件に関しては……」
「どうした?」
急に言葉を止めたのは、側近であり友でもある、イグナーツ・ジルベールだった。
「陛下、私、イグナーツ・ジルベールが10分ほど、離席することをお許しください」
イグナーツはそういうと、度が入っていない眼鏡を外した。
「お前、眠れてないのか。……ほかには悟られてはいまいが、顔色が悪いぞ」
「夢見が悪くてな。……そんなことより」
友は、私の言葉に片眉をあげた。
「そんなことより? 王たるお前の体調よりも重要な案件がどこにある――」
「ロイゼのことだ」
「あったな」
ふむ、と頷くと、イグナーツは自身の茶色の髪をかきあげた。
「番様がどうしたって? エルマ・アンバーの行方はまだ調査中だが」
「左利きだったんだ」
「うんうんそれで?」
「それだけだ」
緑の瞳は私の言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。
「…………はぁ?」
「私は『ロイゼ』について、何も知らない。……知らなかった」
ミルフィアの影ばかりを追い求めて、大事なものを見失った。
偽られていても、本質が見えていれば、きっとロイゼを一度失うことも、傷つけることもなかった。
これは、私の過失であり、罪だ。
「ハロルド、お前――」
「それでも知っていたこともある。ひたむきに魔法を極め、魔術学校を主席で卒業したこと。平民の出ながら、魔術師団の幹部まで昇進し、ついには団長にまでなったこと。……それなのに、私は」
傷つけることが愛ではないと、君に教えてもらたのに。
ミルフィアじゃないと思っておきながら、揺らいだ自分が怖くて、恐れを君にぶつけた。
そうすることで、愛が、約束が、誓いが、守られるのだと思っていた。
「そうだね、お前は愚かだよ」
あっさりと頷いた友は、でもさ、と話を続ける。
「間違えました、傷つけました、ごめんなさい……それで終わらせられるような情けない男じゃないだろ。寝不足なのは、それが原因か」
「……ああ」
イグナーツの言葉に小さく頷く。
「ロイゼには別の道があるのではないかと」
「回りくどいな。……つまり、運命の番を解消する方法を探してたってこと?」
運命の番。
来世もと誓いを結んだ恋人たち。
特に竜王の運命の番は特別で、二人が結ばれれば繁栄をもたらすと言われている。
「まあ今のままだと、番様が望まなくても、強制的にお前の結婚相手になるもんね」
「……私は」
――夢を、思い出す。
手から力が抜け落ちる瞬間を。
心音一つ聞こえない静寂を。
「もう、失いたくないんだ」
ミルフィアとは異なる色で、それでもミルフィアと同じ熱を持っていた紫水晶の瞳。
今はその熱はどこにも見当たらない。
もう二度と蘇らないのかもしれない。
それでもいい。
ただ、生きていて欲しい。
私の言葉が届くことはなくとも。
その美しい瞳に映ることはなくても。
だから、どうか。
「……やっぱ竜は似るのかな」
小さく漏らした友の言葉に首を傾げる。
「いや、なんでもない。……と、10分経ったな」
時間に正確なイグナーツは、再び度の入っていない眼鏡をかけると、側近に戻った。
再び、報告を始めたイグナーツの声に耳を傾ける。
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