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五章 私が取り戻せたもの、取り戻せなかったもの
10話
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――三日が経った。
その間、エルマを殺そうとした何者かの襲撃はなかった。
「ロイゼ団長」
執務室で今後の方針を練っていると控えめなノックと共にノクト殿が入ってきた。
「……ノクト副団長」
記憶を取り戻した私は、団長の椅子に座っていた。本来なら、私はここにいるべきではない。
私は、団長職を辞職しようとしていたし、消失魔法を使った間や記憶喪失の間の不在もある。
その間、魔術師団を率いてくれたのは、ノクト殿だ。だから、彼の方が団長に相応しいだろうと思ったのだけれど……。
団員たちに頭を下げられた。
どうしても、辞めないでほしいと。
なんでもするから、とまで言われた。
貴族である彼らが、団をやめればただの平民である私に頭を下げたことも意外だった。
でも、なによりも魔術師に「なんでもする」というのは、これ以上ない忠誠だった。
魔術師は大抵のことは、なんでもできてしまう。だからこそ、その言葉は重い。
どんな謝罪よりも、願いよりも、覚悟が必要で、効力のある言葉だ。
その言葉に甘える形で、今、私はここにいる。
「……副団長?」
ノクト殿は私をじっと見つめたまま、なかなか話しださない。
……どうしたのだろう。
「……あぁ、いえ」
首を振ると共に、ノクト殿の防音魔法が展開する。
「ロイゼ団長――そろそろ交代の時間です。もう三日も寝ていないでしょう」
金の瞳からは、確かに労りが感じられた。
私は魔力糸を張ったそのときから休んでいない。
悪意を持った者が侵入したときに知らせる役割もあるその糸は、三日間ずっと私の脳に城内を映し出し続けている。
「三日くらいわけはありませんよ。……そんなことより」
「そんなことより? ロイゼ団長の疲労以上にすべき話があると?」
「はい――私はあなたと話がしたい。公的な話ではなく、もっと私的な」
私が記憶を取り戻してから、ノクト殿はずっと私を団長として扱っていた。
魔術師団の中で最も高貴な血を引く彼が、忠実に私に従ってくれていることは、団結力を上げるのに最も効果的だ。
……でも。私は彼と話す必要がある。
ずっとその機会を伺っていた。
「……っ」
くしゃりと表情を歪めた、ノクト殿。
――師だった。ライバルだった。友だと思っていた。
……でも、私は、実は何もこのひとのことわかってなかったのかもしれない。
椅子から立ち上がり、深く、頭を下げる。
「ノクト殿、本当に申し訳ございません」
この三日間、脳内の映像を見ながら、ずっと。ずっと考えていた。
私の八年間のことを。そして、私の魔法のことを。
魔法は――いつだってそばにいてくれる、私の、ロイゼのかけがえのない一部。私に自信を与えてくれる大切な力。
そんな力をつけてくれたのは、間違いなく師であるあなただ。
ノクト殿は、私に優しかった。ずっと。
初対面なのに魔法を教えて欲しいなんて、不躾な願いを受け入れてくれた。
あなたが私に使ってくれた時間も、授けてくれた知識も、鍛えてくれた技術も。
どれも、値段なんて到底つけられないほど、貴重で尊いものだ。
あなたがそれらの対価として求めてくれたもので満足して、払えたつもりになっていた。
「私は、ずっとあなたの優しさに甘えきっていました。無意識に付け込んでいたといってもいい」
なにより罪深いのは、記憶喪失になるまで、そのことに思い至ることさえできなかった。
「本当にごめんなさい。謝って済む話ではありませんが――」
ゆっくりと、顔を上げる。
ノクト殿の噛み締めた唇からは、血が滲んでいた。
「……ロイゼ」
『団長』をつけず呼ばれた名前の温度は八年前から変わらない。
その優しさに、私は、ずっと。
「……ちがう」
ノクト殿は、首を強く振った。
「それは違うよ、違うんだ。謝るのは僕で、許されないのも僕の方で。僕が幼稚だったから、一歩を踏み込む勇気もないくせに、どこにも行ってほしくなくて。全部教えられないくせに、君の全部が知りたくて。僕たちに隠し事があるのがいやだ、なんて本当にくだらない子供じみた考えで、君を傷つけた」
その間、エルマを殺そうとした何者かの襲撃はなかった。
「ロイゼ団長」
執務室で今後の方針を練っていると控えめなノックと共にノクト殿が入ってきた。
「……ノクト副団長」
記憶を取り戻した私は、団長の椅子に座っていた。本来なら、私はここにいるべきではない。
私は、団長職を辞職しようとしていたし、消失魔法を使った間や記憶喪失の間の不在もある。
その間、魔術師団を率いてくれたのは、ノクト殿だ。だから、彼の方が団長に相応しいだろうと思ったのだけれど……。
団員たちに頭を下げられた。
どうしても、辞めないでほしいと。
なんでもするから、とまで言われた。
貴族である彼らが、団をやめればただの平民である私に頭を下げたことも意外だった。
でも、なによりも魔術師に「なんでもする」というのは、これ以上ない忠誠だった。
魔術師は大抵のことは、なんでもできてしまう。だからこそ、その言葉は重い。
どんな謝罪よりも、願いよりも、覚悟が必要で、効力のある言葉だ。
その言葉に甘える形で、今、私はここにいる。
「……副団長?」
ノクト殿は私をじっと見つめたまま、なかなか話しださない。
……どうしたのだろう。
「……あぁ、いえ」
首を振ると共に、ノクト殿の防音魔法が展開する。
「ロイゼ団長――そろそろ交代の時間です。もう三日も寝ていないでしょう」
金の瞳からは、確かに労りが感じられた。
私は魔力糸を張ったそのときから休んでいない。
悪意を持った者が侵入したときに知らせる役割もあるその糸は、三日間ずっと私の脳に城内を映し出し続けている。
「三日くらいわけはありませんよ。……そんなことより」
「そんなことより? ロイゼ団長の疲労以上にすべき話があると?」
「はい――私はあなたと話がしたい。公的な話ではなく、もっと私的な」
私が記憶を取り戻してから、ノクト殿はずっと私を団長として扱っていた。
魔術師団の中で最も高貴な血を引く彼が、忠実に私に従ってくれていることは、団結力を上げるのに最も効果的だ。
……でも。私は彼と話す必要がある。
ずっとその機会を伺っていた。
「……っ」
くしゃりと表情を歪めた、ノクト殿。
――師だった。ライバルだった。友だと思っていた。
……でも、私は、実は何もこのひとのことわかってなかったのかもしれない。
椅子から立ち上がり、深く、頭を下げる。
「ノクト殿、本当に申し訳ございません」
この三日間、脳内の映像を見ながら、ずっと。ずっと考えていた。
私の八年間のことを。そして、私の魔法のことを。
魔法は――いつだってそばにいてくれる、私の、ロイゼのかけがえのない一部。私に自信を与えてくれる大切な力。
そんな力をつけてくれたのは、間違いなく師であるあなただ。
ノクト殿は、私に優しかった。ずっと。
初対面なのに魔法を教えて欲しいなんて、不躾な願いを受け入れてくれた。
あなたが私に使ってくれた時間も、授けてくれた知識も、鍛えてくれた技術も。
どれも、値段なんて到底つけられないほど、貴重で尊いものだ。
あなたがそれらの対価として求めてくれたもので満足して、払えたつもりになっていた。
「私は、ずっとあなたの優しさに甘えきっていました。無意識に付け込んでいたといってもいい」
なにより罪深いのは、記憶喪失になるまで、そのことに思い至ることさえできなかった。
「本当にごめんなさい。謝って済む話ではありませんが――」
ゆっくりと、顔を上げる。
ノクト殿の噛み締めた唇からは、血が滲んでいた。
「……ロイゼ」
『団長』をつけず呼ばれた名前の温度は八年前から変わらない。
その優しさに、私は、ずっと。
「……ちがう」
ノクト殿は、首を強く振った。
「それは違うよ、違うんだ。謝るのは僕で、許されないのも僕の方で。僕が幼稚だったから、一歩を踏み込む勇気もないくせに、どこにも行ってほしくなくて。全部教えられないくせに、君の全部が知りたくて。僕たちに隠し事があるのがいやだ、なんて本当にくだらない子供じみた考えで、君を傷つけた」
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