私は、木になりたい。

夕立悠理

文字の大きさ
4 / 12

4

しおりを挟む
さて、お父様のおかげで攻略可能キャラクター様と婚約するというフラグを回避することができました!
 昨日から、私の世界は一変しました。何だか、世界がずっと輝いて見えますね。空はこんなに青かったのかとか、小鳥の囀りの美しさよ、とかポエミーなことを考えてしまう程度には浮かれてしまいます。

 ……お父様が何か重要なことをおっしゃっていたような気がしますが、 気のせいですね。


にやけそうな顔を手で抑えながら、屋敷の廊下を走ります。

 ――こんな姿をセシル様に見られたら、注意され……

 「……はっ!」

 いけないいけない。私としたことがつい浮かれてしまって、チャンスを逃すところでした。だって、せっかく攻略可能キャラクターの方々と婚約することを避けることが出来たのですから、何もしないのは勿体ないです。

 平凡な方と平凡な恋をして平凡に結婚する……、という前世で果たせなかった夢を叶えようじゃありませんか。それに、念には念を入れて、攻略可能キャラクター様以外と婚約してしまえば、絶対にヒロインを庇って死ぬ……なんてフラグは立ちませんし。

 私はこれでも貴族の娘なので、お家の役に立ちたい気持ちはあります。平凡……な方は仕方ないので諦めるとして、お役に立てるような方と平凡に恋をして、平凡に結婚する。
 よし、これを目指しましょう。

 そうと決まれば、そういう方に少しでも振り向いて頂けるように己を磨かなければなりませんね。

 セシル様に今まで以上に、礼儀作法とマナーとお裁縫などを教えて頂いて、それから……もちろん教養だって必要です。そちらは、ミツバ博士に教えて頂きましょう。

「……何だか燃えてきました」

 私、目標が出来ると俄然やる気が出るタイプです。今までだって手を抜いた覚えはありませんが、ここまでやる気に満ち溢れていたかというと、そうではありません。

 確か今日は、お裁縫だったはず。完璧にこなして見せましょう。


 ■  □  ■

 「ここは力みすぎずに。……ああ、そうです。お上手ですわ」
ぐぬぬ、と唸りながら針を通します。
 すっかり忘れていたのですが、私前世で一度も家庭科で五をとったことがありませんでした。いつもぎりぎりの三です。その中でも、特にお裁縫は苦手で……。完璧のかの字にすら届いていません。

 それなのに、
「今日からもっと厳しくお願いします」
とセシル様に言ってしまったせいで、渡されたのは私の実力では到底出来なさそうな模様でした。

 「ええと、あの……」
「あら、これから厳しく、でしょう?」
「……はい」

 よいお返事ですわ、とセシル様は微笑まれました。現在はこのお屋敷で働いていらっしゃいますが、本当はどこかの国の貴族の方だと、侍女たちが噂しているのを聞きました。ロッド家の家訓であるお母様もセシル様はやりにくい相手のようです。

 「そんなに見つめられたら、穴があいてしまいますわ」
「え、あっ。申し訳ありません」
謝ると、くすくすと微笑まれました。

「私の顔になにかついてますか?」
 お歳はお母様よりもずっと上のはずなのに、何か仕草をする度に大人の女性の色気が漂います。

 「いいえ!……そうではなくて、どうしたらセシル様のような魅力的な女性になれるのでしょうか」

 私もセシル様に仕草や何かも教えて頂いているはずなのに、こうも違うものとは思いませんでした。

「あらあら。貴方は、十分魅力的ですわ。……ああ、でも、私があなたに教えることが無くならないように、もう少しそのままでいてくださいな」

 微笑まれる姿はとてもお美しくて、私がセシル様から学ばさて頂くことが無くなる日は遠そうです。

 ですが、私の夢の為にはこのまま、引き下がるわけにはいきません。

「魅力的になるにはどうすればよいのでしょうか?」

「そうですわね。まずは、その刺繍を終わらせましょうか」
「……ハイ」


 ■  □  ■

 お裁縫は上手くできませんでした。苦手をすぐに克服するのは、難しいですが、こちらは長期戦で臨みましょう。

 それよりも、今は目の前の難題に挑まなければ。

「お願いします。私に魔法を教えて下さい!」
「日常生活に困らない程度の魔法は教えています。……はい、じゃあ、数学をしましょうか」

 ミツバ博士は、元々王宮で魔法の研究をされていたのですか、王宮での地位争いに飽き飽きしていたところをお父様に雇われた方です。研究費用はロッド家が負担する代わりに、こうして私に勉強を教えて頂いています。


 魔法の勉強にこだわるのは、何も夢の為だけではなく、保険の為です。確か学園のクラスは、身分ではなく熟練度別になっています。その中で特に重要視されるのが魔法の能力です。
 ミツバ博士は、その若さでかなりの研究成果を残していらっしゃいます。ミツバ博士に魔法を学べば、一番高い熟練度のクラスに入れるはず。さすがの殿下や他の攻略可能性キャラクターの方々もいきなりそこに入るのは難しいのではないでしょうか。


 「お願いします!先生!!」
 ミツバ博士の耳が動きました。

「わかっていてそう呼んでいらっしゃるのですか」


「二冊……」
ピクピクピクッ。ミツバ博士の耳が動きました。あともう一押しですね。

「ムール=レイモンの新作二冊でどうでしょうか。もちろん、私もまだ読んでいません」

 ミツバ博士と私は本の好みが似ています。なので、よく本の貸し借りをしているのですが、ムール=レイモンはその中でもミツバ博士のお気に入りの作家です。私も今夜の楽しみにとっておいたのですが、仕方ありませんね。


 「……わかりました。それで手を打ちましょう」

 やりました。これで、魔法を教えて頂けます。

 「ありがとうございま……」
言いかけた言葉が途中で止まりました。読書が趣味の私でも遠慮したいような分厚い本が、ミツバ博士から渡されました。

 「今日の授業はこれでお終いです。……さすがに貴方でもこれを読み終わるには、時間がかるでしょうから。これは、明日までの課題です。しっかりと読んできて下さい」

「明日まで……ですか?」

 ひきつりそうになる顔を必死に抑えて言うと、にっこりと微笑まれました。

 「はい、そうです。俺から魔法を学ぶ気が本当にあるのなら、それぐらいやって頂かねば。……ああ、別に嫌なら構いませんよ」
「いいえ!やらせて頂きます」
「それは楽しみですね。あ、あとムール=レイモンの本、忘れないで下さいね。では、失礼いたします」

 ひらひらと手を振りながら、ミツバ博士は研究に戻られました。

 「……重ッ」

 私の夢への道は遠そうです。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった

木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。 今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。 せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。 床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。 その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。 他サイトでもアップしています。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

処理中です...