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運命じゃないひと

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「うん、めい……?」
手を振り払いたいのに、振り払えない。まるで私が、手を握られるのを望んでいるように、手に力が入らなかった。
「ああ、そうだ。俺の、番」

 竜族の男性は、相変わらず蕩けるような笑みを浮かべている。
「私は、番じゃ、」
どう考えても、人違いだ。けれど、男性はより一層私の手を握る力を強くした。
「いいや、貴女だ。貴女も感じるだろう? 俺を愛したいと」

 
 違う。私が愛しているのは、ただ一人。ジャレッドだけだ。けれど、菫色の瞳に見つめられると、体が言うことを聞かない。頭がぼんやりとして、目の前の男性のことで頭がいっぱいになる。

その体に触れたい。もっと、貴方を知りたい。貴方を愛したい。そして、私を愛してほしい。
「私は、あなたを愛──」
「──コーデリアから、離れろ!」

 そんな私を現実に引き戻したのは、ジャレッドの声だった。ジャレッドが、私と男性を引き離す。ようやく、菫色の瞳から目をそらすことができ、体の感覚が元に戻る。

 「……ジャレッド」
ジャレッドは、よほど急いできたのか、肩で息をしていた。
「コーデリア、早く、家に帰ろう」
そういって、私の手をひくジャレッドの体温に安堵を感じる。さっきの私は、おかしかった。一瞬でも、ジャレッドのことが、頭から飛ぶなんて。

 けれど、男性が私たちの前に立ち塞がる。
「彼女は、俺の番だ。邪魔をしないでくれ」
「コーデリアは、僕の婚約者だ。君の番じゃない」

 ジャレッドが、男性の視線を遮るように、私の前にたつ。
「お前も、竜族ならわかるだろう? 番を間違えるはずがない」
「……たとえ、番でなかったとしても。僕は、コーデリアを愛してる」
ジャレッドははっきりと言い切った。

 それでも、男性は言葉を止めない。
 「彼女は、俺と結ばれる運命にある。俺と一緒になるのが一番の幸せだ。それに、お前にもいるんだろう? 番が」
「っ!」

 ジャレッドと同じ、銀の髪をした可憐な少女の姿が頭に浮かぶ。ジャレッドの番だと言っていた。そして、ジャレッド自身も番だと感じていた、少女。

 押し黙るジャレッドに、男性は、憐れむような目を向けると、再び私の手をとり、その手の甲に口付けた。
「俺の運命。また、会おう」

 そう言うと、彼は人混みのなかに消えた。






 私たちは、一言も話すことなく、家に帰った。その代わりに、強く互いの手を握りしめて。

 「……ジャレッド」
家に着いてから、ジャレッドの名前を呼ぶと、ジャレッドは、泣きそうな顔をしていた。

 「……コーデリア」
ただひたすらに、私の名前を呼びながら抱き締めてくるジャレッドに答えるように、私もジャレッドの背に腕を回す。

 「愛してる」
「私も、愛してるわ」

 それなのに、どうして。私たちが運命でないというの。

 ジャレッドの胸に顔を埋める。ジャレッドの熱が伝わって、溶けてしまいそうだ。それならいっそ、ジャレッドととけあって一つになってしまえば、もう不安なんて感じないのに。そう思いながら、目を閉じた。
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