れすとあ ─モンキーガール、風になる─

海凪ととかる

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13.梅雨入り(佑樹)

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 先生が黒板にチョークで書き込む音。ノートにペンを走らせる音。絶え間なく降りしきる雨の音だけが聞こえている静謐とした教室。

 今日は雨……ってどっかで聞いたフレーズやなぁ。なんやったっけ? 昔の歌謡曲?

 そんなことを考えながら僕は頬杖を突いてぼんやりと窓の外を見るともなしに見ていた。しとしとと降る細かい雨が隣の校舎の輪郭を曖昧にしている。
 姉弟妹きょうだい三人でツーリングに行ったのが先週末。週明けから予報通り天気が崩れ、昨日、三重を含む東海地方に梅雨入りが発表された。

 なんか、本格的に梅雨やなぁ。放課後までには止まんかなぁ。雨ん中バイクで片道30km走って帰るとかまじ萎えるし。
 
 窓際の一番前の席に目をやれば、同じくノートを取り終わったらしい大倉さんがセミロングの髪の先端を指先でいじっていた。
 
 そういえば、ここんとこ話してへんな。
 
 最後に話したのが、先週、玄関で偶然一緒になった時だったから、もう一週間ぐらい前になる。お互い、同じ中学出身という以外に取り立てて共通点もないから、教室でもわざわざ話しに行くような間柄でもない。
 
 あーでもなんか……ちょっと雰囲気変わったかな?
 
 話をしていないからどうとも言えないのだが、なんとなくちょっとまとう雰囲気柔らかくなってきたような?



 やがて、四限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、先生が出て行った途端にざわつき始める教室。仲のいい者同士で席をくっつけ合って弁当を取り出す者。大きく伸びをしてあくびをする者。購買にパンを買いに行く者。持ち込みのマンガ本を片手に一人で黙々と弁当を食べる者。

 大抵の生徒にとって、昼休みが一日のうちで一番楽しみな時間であり、僕もまた例外ではない。とりわけ姉貴に弁当を作ってもらった日は。……ってシスコンちゃうわ! 姉貴は料理が上手いからそれだけのことやっちゅうに。

 窓が開けられないために色々な匂いの混じりあう教室の中、いそいそと教科書やノートをしまって弁当の包みを取り出した僕の机の上に、そばに立った誰かの影が落ちた。

「おん?」
 
 僕が顔を上げると、そこには自分の弁当箱を持った大倉さんが立っていた。

「なぁ宮本みやもと君。ちょっと話があるんやけどええかなぁ?」

 ほー、珍しいこともあるもんや。僕の記憶にある限り、大倉さんの方から僕に話しかけてくるのはこれが初めてのはずだ。

「おー、ええで。なっとしたん?」

「……とりあえず、一緒に食べてもええかな?」

──ざわっ

「ちょ、聞いた?」「大倉さんが男子に自分から近づいてったで!?」「あの一匹狼の大倉さんが宮本を誘った?」「マジでか? いつの間にそんなに仲良くなったんよ?」「てか、なんで宮本?」
 
 背後のひそひそ話が聞こえてくるが、いやいやちょっ待てや。その理由は僕が知りたい。周囲からの好奇の視線とこの状況に困惑する僕の前で、大倉さんがちょっと困ったように首を傾げる。

「ごめん。迷惑やったかな?」
 
 慌てて首を横に振る。

「いや、全然! ちょっと驚いただけやし。ええでええで!」
 
 同級生の女子とさしで向かい合って弁当を食べるなんて、年齢=彼女いない暦な男子高校生にとってはかなり憧れるシチュエーションなわけで。当然僕に断る理由などない。

「そんなら、ちょっとお邪魔するなー」
 
 大倉さんが近くから椅子を拝借してきて僕の向かいに座る。いきなり本題に入るのもあれなので、とりあえず弁当の包みを解き始める。ちらっと大倉さんを窺えば、彼女も別に急ぐ話ではないらしく自分の弁当の蓋を開けつつあった。
 僕の弁当箱よりも二まわりは小さいその中身は、ふりかけご飯にミートボールとポテトサラダとプチトマト。それを見て激しく違和感を感じる。そして理由に思い当たる。そうだ、中学時代の彼女の給食は常に男子顔負けの特盛りだった。あと、余ったおかずの争奪戦には必ず参戦していた。

「大倉さんにたったそれっぽっちじゃ足りんやろ?」

「え? ……あーそっか。宮本君はあたしの昔の食事量知っとるんやな」

「ご飯は必ずマンガ盛り。余ったおかずの争奪戦は必ず参戦しとったよな」

「そうそう。あの頃はあんだけ食べても全部燃やし切っとったんよねぇ。いつもお腹ペコペコやったし。……陸上を辞めたらもう前みたいには食べれやんようになったから今はもうこれだけでええんやけど」

「そういうもん……か」
 
 言われてみればそれも道理だが。
 僕も自分の弁当箱の蓋を取る。ご飯の上にはオカカと海苔が敷かれてその上に鮭フライ。おかずのスペースには、レタスとポテトサラダとプチトマト、玉子焼き、タコさんウインナーが彩り良く詰め込まれている。これぞノリ弁。さすがはプロの犯行といったところか。

「わっ! すごいやん。そのお弁当!」

「あーこれな。ちょっと姉貴の頼みを聞いた見返りに作ってもらってん」
 
 昨日の夕方、ひとっ走り近くのガソリンスタンドまで[もんちー]の給油に行っただけだが。

「ほぇー。料理上手なお姉さんなんてええなぁ。あたしは一人っ子やし」

「まあ、うちの姉貴は食物調理科の卒業生やから料理は得意中の得意やしなぁ。俺もほんとは食調しょくちょう行きたかってんけど、倍率えぐかったから諦めたんよな」
 
 うちの高校は県立の公立校なので普通に文部科学省管轄下になるのだが、食物調理科だけは厚生労働省管轄下の調理師養成施設ということになっており、卒業と同時に調理師免許が取得できるので全国から志望者が集まる超人気学科だ。

「あ。食調のOGなんやったら納得やわ。……じゃあ、もしかしてそれはアレなん? その玉子焼きは食調名物のふんわりとろける出し巻き卵ってやつなんかな?」
 
 大倉さんの目がキラリ。

「おう。食べる?」

「ええのっ!?」
 
 二切れ入っていたそれのうちの一つを大倉さんの弁当箱に移籍させる。

「やった。おおきんな! あ、じゃあ、あたしのミートボールを一個かわりに」
 
 つつがなくトレード成功。このやりとりでなんとなく僕らの間に漂っていたぎこちなさが取れる。
 なんかこういうのもええなあとしみじみしつつ、姉貴にひそかに感謝しつつ、大倉さんと一緒に弁当をつつく。

「あ、やば。この玉子焼きマジウマやん!」

 玉子焼きを頬張った大倉さんが驚いて口許を押さえる。口許を押さえても隠しきれない嬉しそうな様子。最近、彼女が醸し出すオーラがそこはかとなく明るくなってきたような気がしていたのはやはり間違ってはいなかったようだ。理由まではわからないが、目の前で玉子焼きに舌鼓を打つ彼女からはちょっと前までの無気力無関心なダウナー感は見受けられない。
















【作者コメント】

 お察しかもしれませんが、祐樹と香奈が通う高校の元ネタは作者の母校です。高校卒業と同時に調理師免許が取れる食物調理科という人気学科が全国的に有名で、『高校生レストラン』というドラマのモデルにもなりました。伊勢自動車道で多気のあたりに差し掛かると『高校生レストランの町』という道路看板まであったりします。ちなみに作者はちょうどドラマのモデルになった世代に食調に在籍していました。
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