れすとあ ─モンキーガール、風になる─

海凪ととかる

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33.大空と大地の間で(香奈)

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 響子さんの白いゴリラを先頭に佑樹の[しるばー]、あたしの[メッキー]の順で縦一列になって宮川堤公園を目指して県道を走っていく。前を走る佑樹と響子さんの背中を見ながらあたしは自己嫌悪にさいなまれていた。

 佑樹はなにも悪くない。休みの日に彼女と一緒に過ごすのを止める理由なんてないもの。
 響子さんが悪いわけでもない。彼氏がほかの女の子と一緒にいたら気になるのは当然だもの。
 
 悪いのはあたし。
 友だちとしてなら佑樹のそばにいられるって自分に言い聞かせながら、彼の気を引くためにポニーテールにしたり、二人の時間を邪魔されたことに憤慨したりしている厭な子のあたし。
 
 でも、それでも、好きな人と一緒におりたいって願うこの気持ちは本当にいかんことなんかな?
 
 佑樹が今日あたしのために時間を取ってくれたことは嬉しい。でも、あたしにキャブレターの整備を教えるためとはいえ、響子さんを家に呼んでそのままあたしの練習にも誘ったことにはちょっと傷ついた。
 李下りかかんむりを正さず、瓜田かでんくつれず──スモモの木の下で帽子を直さず、瓜畑で靴紐を直すな。要するに疑われやすい行動をするなという格言を佑樹は実行してるだけなんだろう。あたしと佑樹が二人きりの場に響子さんを呼べば浮気を疑われることはない。それは分かってるんだけど。
 
 あたしの願いが理不尽だっていうのは分かってる。……だけど、あたしの本音としては響子さんがこの場に来るのを断って欲しかった。

 佑樹が好き。彼の一番になりたい。
 
 もうこれ以上、この気持ちを友情なんて言葉で誤魔化せやん。誤魔化したくない。あたしはただの女友だちやなくて、彼女として彼のそばにおりたい。
 でも、佑樹にとってのあたしは、あくまで友だちの一人で、彼があたしに対して抱いている感情はたぶん純粋に師弟愛でしかなくて……。

 ……これから先もずっとそのままなん? あたしにはまったく望みがないん?

 佑樹の背中に向かって心の中で問いかける。
 
 なぁ佑樹君、あたしはどうしたらええの?


『……ちゃん。香奈ちゃん! 俺の声聞こえとる?』
 
 イヤホン越しに伝わってくる佑樹の声ではっと我に返る。

「……はわっ! あ、ごめん。ちょっとぼやっとしとった。聞こえとるよ」
 
 あたしの前を[しるばー]で走っている佑樹とサイドミラー越しに目が合う。

『熱気に当てられて体調が悪いとかっちゃうよな?』

「ううん。ほんとに大丈夫」

『そんじゃ、響子さんとちょっと距離離れてしまったから、ギアを四速に上げて追いつくで』

「うん」
 
 佑樹の左足首がちょっと動いてギアチェンジペダルを跳ね上げた。

 あたしもアクセルを一瞬緩めてクラッチバーを握り、チェンジペダルを跳ね上げてギアを三速から四速に上げる。

『チェンジできた?』

「うん。ちゃんと入った」

『おっけ。じゃあ、こっからはしばらく見通しのいい一本道やでちょっとスピード上げてこか。メーターは見やんでええから俺のスピードに合わせてついてきてな。あと車間距離もちゃんと取って』

「うん」

 佑樹の[しるばー]が加速を始め、あたしも遅れまいと[メッキー]のアクセルを吹かして加速を始める。ハンドルを握る袖口から流れ込んでくる風が火照った体に気持ちよく、前を走る[しるばー]の排気ガスの匂いがかすかに鼻腔を刺激する。
 
 一瞬だけ目線を落とすと、[メッキー]の燃料タンクに映るあたしと目が合った。それに気付いた瞬間、あたしは、自分と[メッキー]が今確かに一つになっていると唐突に実感した。
 
 あたしのアクセルとブレーキの操作に[メッキー]が応える。まるであたしの肢体の一つであるかのように忠実にあたしが思うとおりに。

 速度が上がってくるとアスファルトの凹凸がまるでマンガの効果線のようになり、周りの景色がコマ送りのように後方に流れていく。

 相対距離がほとんど変わらないので常に動いている景色の中でそれだけ止まっているように錯覚する佑樹と響子さんの後ろ姿。

 近くにあるものが瞬く間に流れていくので、自然と視点が遠くなって視野が広がり、今まで視界に入っていなかった景色に気を配る余裕が生まれる。

 まっすぐな道の先に見えている遠くの街並みのシルエット、その先に広がる青い空、立ち上がる巨大な入道雲。頭上から降ってくるピーヒョロロロという甲高い笛のような鳴き声にチラッと顔を上げてみれば、上空で円を描いて飛ぶ鳶の姿が見え、その向こうに一条の飛行機雲が延びていく。
 
 あたしと[メッキー]は今一つになって、この大空と大地の間を疾走する一陣の風になっている。

「ふふっ」

 思わず口元が緩むのを感じた。

 なんやろ? この爽快感。ついさっきまであたしの中でどろどろと渦巻いていた嫉妬とか独占欲とかコンプレックスとかが訳も分からず霧散していき、なぜか心が軽くなる。
 そう、それはまるで閉塞された部屋の澱んだ空気が全部流れ出して、換わりに新鮮な空気が流れ込んでくるかのような、すっきりした気持ち。

 あたしは妙に楽しくなって佑樹に話しかけた。

「なぁ佑樹君。なんか今、めっちゃ気持ちいいんやけど! なんか部屋の空気入れ換えてるみたいな感じ。なんなんかなー? この感覚」

『風と一体化してるような……そうやなぁ、癒されてるような感じ?』

「それや! そんな感じ!」
 
 癒されてる。その言葉がすごくしっくりきた。そっか。癒されとるんや。あたしの心を風が浄化してくれとるんやね。

『それがな、バイク乗りだけに許された感覚なんよな。バイク以外の乗り物じゃ絶対分からへん、バイク乗りだけが理解できる最高の快感』

「あー。なんか分かる気ぃする。正直、教習中はそんなこと考える余裕なかったけど、今やったら分かるよ。すっごい解放感」

『あはは。かなっちもついにこっち側に来たね』

『そやな。バイクって車に比べると危険やし、不便なところもある不完全な乗りもんやけど、実際に乗ってみればそんなんどうでもようなるよな? でも、こればっかりはバイクに乗らん人には口で説明しても絶対分からんのよな』

「……うん。沙羅姉さんも前に似たようなこと言っとった。バイクの良さは乗ってみなくちゃわからへんって。ほんとにそうやね。あたしも今、自分で[メッキー]を運転してみて心底納得した」

『香奈ちゃんもいよいよ名実共にバイク乗りの仲間入りやな。ええもんやろ?』
 
 そっか。あたしはもう、佑樹や沙羅姉さんや響子さんと同じ場所におるんや。同じ価値観を共有できるようになったんや。
 
 胸の内になにか温かいものが湧き上がってくる。こみ上げてくる喜びを噛みしめながら、あたしは今の正直な気持ちを口にした。

「もぅ最高っ!」







【作者コメント】

 作中の挿絵は夏頃に度会橋の上から撮った写真を加工したものですが、入道雲がフライドチキンに見えたんですよね。その足でケンタッキーに向かったのを覚えています。


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