魔法世界という名の悲惨

サクラサク

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第2章 復讐

第22話 民意

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 そして、ついに選挙の日が来た。ノアは太陽が昇り始めてすぐバッと目を覚まし、黒装束に着替えた。彼の纏う黒マントは太陽の光を吸い込むように黒々としながらも輝いていた。
 しかし、選挙会場に着くと少し落胆した顔でそこを見た。
「やっぱ…ソード1人だけか。」
将軍の立候補者はソード以外誰もいなかった。ソードは気を引き締めたような、実に堅い表情で会場の椅子に座っている。
「おはようございます、ノア様。」
後ろからドュークが話しかけた。ノアはソードを一瞥し、ドュークに答えた。
「ソード1人だけだな。なぜ他の候補者が出なかった?」
ソードはノアの言葉に驚きながらも答えた。
「それは…恐らく将軍職はホワイト族と代々決まっていたからでしょう。」
「それじゃ、選挙の意味がないぞ。」
ノアはイラつきながら言った。ドュークはノアに答えた。
「ソード殿もそれについてお考えになっておられます。受動的な国民たちを戦わせるにはどのような言葉をかければよいかについて深くお考えなのです。」
ノアは苛ついているのかフッと眉間にしわを寄せながら笑った。

 そして、午前9時。候補者1人だけの選挙が始まった。あらゆる種族の国民たちが目を輝かせながら候補者の登場を待っている。ソードが壇上に上がった瞬間、国民たちはワッと歓声を上げた。
「諸君、私が将軍に立候補したこと、そしてこの選挙が開かれたことの意味を君たちは理解できるか。」
ソードは気前の良い家での表情とは打って変わって年相応の威厳を讃えた表情で国民を見つめている。国民たちはザワザワとするだけで、誰もソードに答えようとしない。
「そこのイエロー族!俺の目の前の青いジャケット着たお前だよ!」
そう言って、ソードは一つ目の行列にいた猿を指差した。
「わ、私ですか?」
「そう、お前だよ!なぜこの選挙が開かれたと思う?」
青いジャケット着た猿は顎に手を乗せて唸り、すぐハッとして答えた。
「た…戦いをするため?ですか?外の例の国との戦いを。」
ソードはニッと笑って答えた。
「その通りだ!ただし、それだけではないぞ!」
猿は今度こそ唸った。また、国民たちもソードの言葉に頭をひねった。
 それから5分後、ソードはマイクを掴み、痺れを切らせたように言った。


お前たちの中にも、家族の生死だけでも知りたいものはおらぬか?


全員、そこでハッとした表情を浮かべた。ソードは厳しい顔で続ける。
「父上、兄上…そして兄上の娘であるイノセント。お前たちは彼らを忘れたのか?違うと言うならば、皆手を挙げてくれ。」
すると、徐々に手が挙がり遂に全ての国民が手を挙げた。
「そうだ。お前たちもまた、俺と同様生死だけでも知りたい家族はいないか?いるなら、また手を挙げてくれ。」
啜り泣く声がどことなく聞こえてきた。前回同様、国民たちは手を挙げている。
「ここにいては、家族の消息は知れない。分かるな?」
諭すように、ソードは言った。すると、先程の猿ことイエロー族が叫んだ。
「戦いましょう!」
その声につられて、国民たちは奮い立ったように「戦おう」と叫び出した。声は練習したわけでもなかろうに、ズレなく揃っている。
「皆、共に戦おう!」
ソードの掛け声に、国民たちはオー!と叫ぶ。驚くべきことに、その声もぴったりだった。

 その後、投票はしっかり行われ、ソードの信任票のみ、という結果で終わった。
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