聖植物園日誌

小達出みかん

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だまされて、船

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その日の朝は、見事な秋晴れだった。風が強く、ひきちぎられた雲のかけらが勢い良く空に散っていった。
(とうとう、今日が来てしまった)
 サチは研究室の窓から空を眺めた。芹花のように明るい天気だ。散々悩みぬいたおかげか、今朝はもう迷いはなかった。
 最後は笑顔を見たいから、芹花には何も伝えていない。真実は、協力者が伝えてくれる。
 約束の時間になり、船の到着を知らせるブザーが鳴り響いた。
「あれ?誰かきた!?警報は!?」
 驚いた芹花がドタバタとサチのもとへやってきた。
「ああ、今日会社のものが来るといっていました。警報は大丈夫、切ってます」
「もう、私にも言っといてくださいよぉ」
 少しむくれた顔も、愛おしい。
「すみません、うっかりしてて。芹花さん、出迎えをお願いしていいですか」
「了解です!」
 芹花は勢い良くアトリウムへ向かった。モフチーもそれについていこうとしたが、ふとサチの前で止まって、彼をじっと見た。
「おまえも行くんだ、モフチー」
 サチは焦りを抑えてモフチーをせかした。だが彼は動かない。
(まさか、モフチーにはわかっているのか…?)
 ありえないと思いつつ、サチはモフチーの前に膝をついた。
「彼女と一緒に行くんだ。何が起こるかわからない。彼女を守ってほしい」
「ヴーーーワウッワウッ!」
 モフチーはサチの手に強く頭をこすりつけた。そして少し歩いて振り返った。その目は何かを訴えていた。
「私は行けない。お前を私の道連れにしたくない…行けッ!」
 サチは心を鬼にして大声で叫んだ。モフチーはびくっとして走り出した。それでも彼は出口で一回振り向いた。悲しげな瞳だった。
(ありがとう、モフチー…)
 モフチーの姿が見えなくなると、ひりつくような喪失感を感じた。サチはそれをかき消すようにロビーの端末の前に移動した。出て行く芹花と協力者の姿を残さないようにするため、今はカメラは切ってある。だからサチが開いたのは昔の映像だ。
『行こう、モフチー。大丈夫、この建物の中に入ったら、下ろしてやるから』
『こっちだよ、芹花君』
『はーい』
 モフチーをしっかり抱いた芹花が、桟橋をわたっていった。その太陽のような笑顔。
 この時自分は、カメラに映る芹花をじっと観察していたのだった。気にはなっていたのだ。次の犠牲者はどんな人間なのか。調書に目を通してはいたが、まるきり子どものような女の子とは思っていなかったので驚いた。その笑顔はまぶしすぎて、その時サチはカメラを閉じたのだった。どちらが先になるかわからないが、どのみちこの少女は消される。それを知っていたサチは芹花となるべく距離をとるようにしていた。
 だが、そんなサチの思いをよそに芹花はどんどん距離を縮めてきた。次第に彼の中で、芹花の存在が大きくなっていった。
 一緒に食べたたくさんのご飯、夜の海、花火、そして温室での時間…喧嘩した記憶すら、今はもう優しく懐かしい。
 彼女との時間は、サチの中にないと思っていたものを目覚めさせた。
(私が…誰かを愛する日が、来るとは)
 文字でしか知らなかった概念を、今サチは胸の中に確かにあるものとして感じていた。
 彼女を逃がす決断には迷ったが、今はすがすがしい気持ちだった。彼女が助かって、これからも生きていけると思えば、自分はどうなっても良い。
 サチはポケットから小さな容器を取り出した。これを使えば、芹花の行方、協力者の正体を調べるのは困難になる。おまけにこれからの芹花の居ない日々に耐える必要もなくなる。
 我ながら冴えた思いつきだとサチは最後に思った。
「ありがとう、芹花さん。あなたのおかげで、私は…」

 桟橋にはいつもの白いクルーザーではなく、青い小さなボートが盛大に波しぶきを散らしながら止まったところだった。芹花は思わず進む足を止めたが、ブリッジから見知った顔が出てきたのであわてて駆け寄った。
「松田さん、お久しぶりです!」
 松田は風にあおられながら芹花に手招きした。
「芹花君、ちょっとこっちに来てくれないか」
 差し出された手を芹花は思わず取った。そのまま大きく跳んで芹花の体はボートの上に移った。モフチーも持ち前の跳躍力を発揮してそれに続いた。
「どうしたんですか、今日は…」
 芹花の言葉はボートが発進する音によってかき消された。あっという間に桟橋が背後へと遠ざかった。
「え!?ちょっ、どこいくんですかっ?!」
 慌てる芹花に、運転手が声を掛けた。
「落ち着け芹花。今、説明するから」
 その声は、懐かしい兄のものだった。
「大ちゃん!?!何で松田さんと一緒に!?」
 芹花は運転席に駆け寄った。モフチーは嬉し気に大樹の膝によじのぼった。
「説明は松田さんがしてくれる。俺は人生初の運転の最中だ。込み入った話は、危ない」
 芹花は松田を振り返った。松田は罪を告白するかのような重々しい表情をしていた。
「芹花さん。今日はあなたを逃がしに来たんです。サンクチュアリにいては、命が危ない」
 あまりのことに、とっさに芹花は理解ができなかった。
「それは…どういう…」
 松田は言いづらそうに顔を背けたが、芹花に視線を戻した。
「GNN社は、いずれあなたを殺すつもりで、サンクチュアリへつれてきました」
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