28 / 41
だまされて、船
しおりを挟む
その日の朝は、見事な秋晴れだった。風が強く、ひきちぎられた雲のかけらが勢い良く空に散っていった。
(とうとう、今日が来てしまった)
サチは研究室の窓から空を眺めた。芹花のように明るい天気だ。散々悩みぬいたおかげか、今朝はもう迷いはなかった。
最後は笑顔を見たいから、芹花には何も伝えていない。真実は、協力者が伝えてくれる。
約束の時間になり、船の到着を知らせるブザーが鳴り響いた。
「あれ?誰かきた!?警報は!?」
驚いた芹花がドタバタとサチのもとへやってきた。
「ああ、今日会社のものが来るといっていました。警報は大丈夫、切ってます」
「もう、私にも言っといてくださいよぉ」
少しむくれた顔も、愛おしい。
「すみません、うっかりしてて。芹花さん、出迎えをお願いしていいですか」
「了解です!」
芹花は勢い良くアトリウムへ向かった。モフチーもそれについていこうとしたが、ふとサチの前で止まって、彼をじっと見た。
「おまえも行くんだ、モフチー」
サチは焦りを抑えてモフチーをせかした。だが彼は動かない。
(まさか、モフチーにはわかっているのか…?)
ありえないと思いつつ、サチはモフチーの前に膝をついた。
「彼女と一緒に行くんだ。何が起こるかわからない。彼女を守ってほしい」
「ヴーーーワウッワウッ!」
モフチーはサチの手に強く頭をこすりつけた。そして少し歩いて振り返った。その目は何かを訴えていた。
「私は行けない。お前を私の道連れにしたくない…行けッ!」
サチは心を鬼にして大声で叫んだ。モフチーはびくっとして走り出した。それでも彼は出口で一回振り向いた。悲しげな瞳だった。
(ありがとう、モフチー…)
モフチーの姿が見えなくなると、ひりつくような喪失感を感じた。サチはそれをかき消すようにロビーの端末の前に移動した。出て行く芹花と協力者の姿を残さないようにするため、今はカメラは切ってある。だからサチが開いたのは昔の映像だ。
『行こう、モフチー。大丈夫、この建物の中に入ったら、下ろしてやるから』
『こっちだよ、芹花君』
『はーい』
モフチーをしっかり抱いた芹花が、桟橋をわたっていった。その太陽のような笑顔。
この時自分は、カメラに映る芹花をじっと観察していたのだった。気にはなっていたのだ。次の犠牲者はどんな人間なのか。調書に目を通してはいたが、まるきり子どものような女の子とは思っていなかったので驚いた。その笑顔はまぶしすぎて、その時サチはカメラを閉じたのだった。どちらが先になるかわからないが、どのみちこの少女は消される。それを知っていたサチは芹花となるべく距離をとるようにしていた。
だが、そんなサチの思いをよそに芹花はどんどん距離を縮めてきた。次第に彼の中で、芹花の存在が大きくなっていった。
一緒に食べたたくさんのご飯、夜の海、花火、そして温室での時間…喧嘩した記憶すら、今はもう優しく懐かしい。
彼女との時間は、サチの中にないと思っていたものを目覚めさせた。
(私が…誰かを愛する日が、来るとは)
文字でしか知らなかった概念を、今サチは胸の中に確かにあるものとして感じていた。
彼女を逃がす決断には迷ったが、今はすがすがしい気持ちだった。彼女が助かって、これからも生きていけると思えば、自分はどうなっても良い。
サチはポケットから小さな容器を取り出した。これを使えば、芹花の行方、協力者の正体を調べるのは困難になる。おまけにこれからの芹花の居ない日々に耐える必要もなくなる。
我ながら冴えた思いつきだとサチは最後に思った。
「ありがとう、芹花さん。あなたのおかげで、私は…」
桟橋にはいつもの白いクルーザーではなく、青い小さなボートが盛大に波しぶきを散らしながら止まったところだった。芹花は思わず進む足を止めたが、ブリッジから見知った顔が出てきたのであわてて駆け寄った。
「松田さん、お久しぶりです!」
松田は風にあおられながら芹花に手招きした。
「芹花君、ちょっとこっちに来てくれないか」
差し出された手を芹花は思わず取った。そのまま大きく跳んで芹花の体はボートの上に移った。モフチーも持ち前の跳躍力を発揮してそれに続いた。
「どうしたんですか、今日は…」
芹花の言葉はボートが発進する音によってかき消された。あっという間に桟橋が背後へと遠ざかった。
「え!?ちょっ、どこいくんですかっ?!」
慌てる芹花に、運転手が声を掛けた。
「落ち着け芹花。今、説明するから」
その声は、懐かしい兄のものだった。
「大ちゃん!?!何で松田さんと一緒に!?」
芹花は運転席に駆け寄った。モフチーは嬉し気に大樹の膝によじのぼった。
「説明は松田さんがしてくれる。俺は人生初の運転の最中だ。込み入った話は、危ない」
芹花は松田を振り返った。松田は罪を告白するかのような重々しい表情をしていた。
「芹花さん。今日はあなたを逃がしに来たんです。サンクチュアリにいては、命が危ない」
あまりのことに、とっさに芹花は理解ができなかった。
「それは…どういう…」
松田は言いづらそうに顔を背けたが、芹花に視線を戻した。
「GNN社は、いずれあなたを殺すつもりで、サンクチュアリへつれてきました」
(とうとう、今日が来てしまった)
サチは研究室の窓から空を眺めた。芹花のように明るい天気だ。散々悩みぬいたおかげか、今朝はもう迷いはなかった。
最後は笑顔を見たいから、芹花には何も伝えていない。真実は、協力者が伝えてくれる。
約束の時間になり、船の到着を知らせるブザーが鳴り響いた。
「あれ?誰かきた!?警報は!?」
驚いた芹花がドタバタとサチのもとへやってきた。
「ああ、今日会社のものが来るといっていました。警報は大丈夫、切ってます」
「もう、私にも言っといてくださいよぉ」
少しむくれた顔も、愛おしい。
「すみません、うっかりしてて。芹花さん、出迎えをお願いしていいですか」
「了解です!」
芹花は勢い良くアトリウムへ向かった。モフチーもそれについていこうとしたが、ふとサチの前で止まって、彼をじっと見た。
「おまえも行くんだ、モフチー」
サチは焦りを抑えてモフチーをせかした。だが彼は動かない。
(まさか、モフチーにはわかっているのか…?)
ありえないと思いつつ、サチはモフチーの前に膝をついた。
「彼女と一緒に行くんだ。何が起こるかわからない。彼女を守ってほしい」
「ヴーーーワウッワウッ!」
モフチーはサチの手に強く頭をこすりつけた。そして少し歩いて振り返った。その目は何かを訴えていた。
「私は行けない。お前を私の道連れにしたくない…行けッ!」
サチは心を鬼にして大声で叫んだ。モフチーはびくっとして走り出した。それでも彼は出口で一回振り向いた。悲しげな瞳だった。
(ありがとう、モフチー…)
モフチーの姿が見えなくなると、ひりつくような喪失感を感じた。サチはそれをかき消すようにロビーの端末の前に移動した。出て行く芹花と協力者の姿を残さないようにするため、今はカメラは切ってある。だからサチが開いたのは昔の映像だ。
『行こう、モフチー。大丈夫、この建物の中に入ったら、下ろしてやるから』
『こっちだよ、芹花君』
『はーい』
モフチーをしっかり抱いた芹花が、桟橋をわたっていった。その太陽のような笑顔。
この時自分は、カメラに映る芹花をじっと観察していたのだった。気にはなっていたのだ。次の犠牲者はどんな人間なのか。調書に目を通してはいたが、まるきり子どものような女の子とは思っていなかったので驚いた。その笑顔はまぶしすぎて、その時サチはカメラを閉じたのだった。どちらが先になるかわからないが、どのみちこの少女は消される。それを知っていたサチは芹花となるべく距離をとるようにしていた。
だが、そんなサチの思いをよそに芹花はどんどん距離を縮めてきた。次第に彼の中で、芹花の存在が大きくなっていった。
一緒に食べたたくさんのご飯、夜の海、花火、そして温室での時間…喧嘩した記憶すら、今はもう優しく懐かしい。
彼女との時間は、サチの中にないと思っていたものを目覚めさせた。
(私が…誰かを愛する日が、来るとは)
文字でしか知らなかった概念を、今サチは胸の中に確かにあるものとして感じていた。
彼女を逃がす決断には迷ったが、今はすがすがしい気持ちだった。彼女が助かって、これからも生きていけると思えば、自分はどうなっても良い。
サチはポケットから小さな容器を取り出した。これを使えば、芹花の行方、協力者の正体を調べるのは困難になる。おまけにこれからの芹花の居ない日々に耐える必要もなくなる。
我ながら冴えた思いつきだとサチは最後に思った。
「ありがとう、芹花さん。あなたのおかげで、私は…」
桟橋にはいつもの白いクルーザーではなく、青い小さなボートが盛大に波しぶきを散らしながら止まったところだった。芹花は思わず進む足を止めたが、ブリッジから見知った顔が出てきたのであわてて駆け寄った。
「松田さん、お久しぶりです!」
松田は風にあおられながら芹花に手招きした。
「芹花君、ちょっとこっちに来てくれないか」
差し出された手を芹花は思わず取った。そのまま大きく跳んで芹花の体はボートの上に移った。モフチーも持ち前の跳躍力を発揮してそれに続いた。
「どうしたんですか、今日は…」
芹花の言葉はボートが発進する音によってかき消された。あっという間に桟橋が背後へと遠ざかった。
「え!?ちょっ、どこいくんですかっ?!」
慌てる芹花に、運転手が声を掛けた。
「落ち着け芹花。今、説明するから」
その声は、懐かしい兄のものだった。
「大ちゃん!?!何で松田さんと一緒に!?」
芹花は運転席に駆け寄った。モフチーは嬉し気に大樹の膝によじのぼった。
「説明は松田さんがしてくれる。俺は人生初の運転の最中だ。込み入った話は、危ない」
芹花は松田を振り返った。松田は罪を告白するかのような重々しい表情をしていた。
「芹花さん。今日はあなたを逃がしに来たんです。サンクチュアリにいては、命が危ない」
あまりのことに、とっさに芹花は理解ができなかった。
「それは…どういう…」
松田は言いづらそうに顔を背けたが、芹花に視線を戻した。
「GNN社は、いずれあなたを殺すつもりで、サンクチュアリへつれてきました」
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる