ひどい目

小達出みかん

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真夏の夜のにわか狂乱(4)

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「遅えよ、このブス!」


開口一番で、これか。千寿は仕事用の道具の入った風呂敷をよいしょと背負いながらつーっと目をそらした。現実逃避をするがごとく。


 菊染は、ど派手な模様の着物を身につけていた。上半身は黄と朱色の市松模様で、腰から下には極彩色の紅葉と疾走する馬が描かれている。綺麗な絵だとは思ったが、それがどのくらいおしゃれなものなのか

着物に疎い千寿にはわからなかった。


 そしてこうなることを予測していたため、なるべく衣装がかぶらぬよう浅葱色の着物に同系色の帯で地味に統一した。


「おい、無視すんじゃねーぞコラ」


「き、菊染さん、どうかそのくらいで・・・」


 さきほどからおろおろと様子をみていたお付きの佐吉が、菊染をなだめる。気の毒な役回りだ。


「だいたいその粗末な衣装なんだよ、俺に喧嘩売ってんのか?」


 菊染の文句は止まらない。


「一緒にされたら困るし…」


 千寿はぼそりとつぶやいた。


「んだと!?」


 佐吉がたまりかねて間に割って入った。


「さあさあもうおわりにして!揚屋へ向かいましょう!」


 道中も、菊染はぶつぶつと文句を言ってきた。が、千寿は無視して歩き続けた。


「おまえって、なんか視界にはいるだけでムカつくんだよな。だいたい、こっちとキャラかぶってんのも

嫌だし。まねすんなよな、っとにブスのくせに。おい何かいえよブス!」


…いや、かぶってない、ちっともかぶってない。千寿は心の中で断言した。

 すると菊染は歩みを止め、ぐいっと千寿の顔をのぞき込んだ。


「おいブス、客の前ででしゃばんなよ。床に入るのはこっちだからな。お前は目だたずしてんだぞ。わかったか?」


「どうぞ好きなように」


 千寿は目線をそらしたまま答えた。


「ふん。くっそつまんねーな、お前って」


 いつもそうだ。菊染は、千寿が刃向かわないともっと機嫌が悪くなる。でも千寿は喧嘩などごめんだ。そんなことに労力を使いたくない。


 ひとさし舞ったらとっとと退散しようと心に決めた千寿だった。








「初めまして、菊染にございます」


「千寿でございます」


 座敷は、すでに芸者や太鼓持ちがそろい料理が並び、にぎやかだった。ふかぶかと三つ指をついて下げた頭を上げ、千寿は今宵の客を見て、一瞬我を忘れた。


 涼しい目もとに、薄い唇。流し目にはけだるい色気がある。平安の絵物語から抜け出たような、美しい貴公子だ。


「ゆ、夢政様…!」


思わず千寿があげた声を聞き、夢政は満足そうに笑みを浮かべた。


「覚えていてくれたか」


「わ、忘れるはずがございません、夢政様」


「・・・お大尽様と千寿は、お知り合いでございますか?」


 菊染が商売様のあどけない笑顔で問いかけた。


「うむ。私は千寿がここにくる前、ひいきにしていたのだよ」


 一瞬の事故で川に落ちた後、千寿は遊芸人の一座に拾われた。そこで舞を披露するうちに、夢政に出会ったのだった。


「千寿よ、さぞ辛い思いをしたろう」


 夢政が痛ましい目を、千寿に向けた。


「夢政様…」


 だが、一見優しげなそのまなざしの奥には、隠された本性がある。ふれたものは無事ではいれないような、危険な光が。それをを知っている千寿は、嫌な予感がした。


「このようなところまで、この千寿を見いだして下さって…ありがとうございます」


 そう、一座にいたころは芸は売っても体は売っていなかった。だが今は。


「そなたは相変わらず殊勝なのだな…久々にひとさし、舞ってみせてくれ」


 ああ、これは絶対長引く。とっとと退散する予定だったのにな…。心の中でため息をつきつつ、千寿は立ち上がった。






 佐吉が風呂敷から取り出した扇を受け取り、千寿はすっくと立ち上がる。


 舞いはじめても、嫌な予感ばかり頭の中に浮かぶ。


(ああ、舞い終わったら、なにをさせられるんだろう…)


 夢政は、いわゆる道楽者だ。自分がいれ込んだものには金を惜しまない。一座にいたころ芸者を惣揚げしただとか、妓楼を三日三晩貸し切っただとか様々な評判を聞いた。


 だがそれと同時に、夢政の嗜虐の遊びも有名だった。気に入りの遊女を全身縛り上げただとか、犬猫のように扱うだとか。


 きわめつけは、過去、自分を裏切った遊君を、殺した…。それ以来、嗜虐の遊びがやまない、という噂だ。


(あんまり痛いのは、嫌だなぁ…。それに菊染を一緒に呼んだのも、気になる…。)


「千寿、集中しておらぬな」


 声がかかり千寿ははっとした。まずい。


「も、もうしわけございません、夢政様…」


 鼓の音が止む。夢政の投げるような目配せ一つで、芸者も、太鼓持ちも、佐吉も一斉に退出した。

 千寿は心から頭を下げた。どんなときであっても、舞っている際にうわの空になるなど舞い手として失格だ。


「その素直さ…それに免じて許してやろう」


 そして夢政はくくっと皮肉に笑った。


「怯えるのも無理なかろう。お前は新しく私の生贄になるのだからな」


「生贄…?」


 三人きりになった座敷の、異常な雰囲気に呑まれたように菊染がつぶやいた。


「さよう、生贄だ。千寿、脱げ」


 脱ぐ、ここで。千寿は一瞬、躊躇した。ぐっ、と手に力が入る。だが迷うだけ無駄だ。ここでは、客の

言うことが絶対なのだ。夢政のような客ならなおさら。


「…承知いたしました」


 千寿は自分の後ろに手を回し、すっと帯を解いた。白糸で波の刺繍が施してある、藍色の帯がぱさっと軽いを立てて畳の上に落ちる。


 夢政は千寿の羞恥心を試すように、脇息に半身をもたれさせ千寿を眺めている。

 千寿は淡々と腰紐を解き、重ねた衣を脱ぎ、襦袢を脱いだ。腰巻きを残して、白い上半身が露わになる。


 菊染が息をのむ。唯々諾々と従うなんて信じられない、そういう表情だった。


 かあっと真っ赤に胸の中が泡立つ。だが千寿は頬が紅潮するのを必死で押さえた。平常心を失えば、相手の思うつぼだ。千寿は菊染をみないようにしながら、腰巻きに手をかけた。ぱさっ、と軽い音をたてて


最後の一枚があっけなく落ちた。


「では千寿、舞ってみよ。」


 とうとう全身裸になった千寿に、夢政がいった。


「はい」


 千寿は目をつぶり、神経を体に集中させた。どんな馬鹿げた格好でも、命じられたのは舞うこと。いまは舞うことに集中しなければ…。


 頭の中で、音が流れる。懐かしい舞の師匠が奏でる、三線の旋律。


 その音色に乗って、ただ、体を動かせばいい。ゆるやかに舞う千寿の体は、美しく流れる一つの曲線になる…。


 無心になれば、舞うことの喜び、体の深いところで覚えている原始的な欲求が、ただひたすら、沸き上がってくる。


 もっと緩やかに、もっと鋭く、もっと美しく。


 頭の中の三線の音が、ころん、と最後の音を紡いだ時、千寿も同時に動きをとめる。ぴたりと静止した体は羞恥心ではない紅色に上気していた。


「…見事だ、千寿」


「ありがとうございます、夢政様」


 千寿は畳に頭をつけ、礼を言った。正気に返るととたんに裸が寒く感じる。


「こちらへ、近うよれ、千寿」


夢政が鷹揚に目で手招きをする。千寿は鳥肌がたつのを必死で押さえながら立ち上がり、そばにひざまづ

いた。


「千寿、やはりお前は群を抜いている…並の女ではない。舞姫としてはな」


 今更だが、と薄笑いを浮かべながら夢政はつけくわえた。千寿はいやな予感しかしなかった。


 夢政は手を千寿の顎にかけ、つい、と上を向かせた。その目が、意地悪く歪む。


「して、遊女としては、どれほどのものか?」


 ほら、やっぱり…。


「さて・・・」


 冷たい畳の上に正座している千寿の足をつ…と眺め、夢政はおもむろにつぶやいた。


「天神千寿の御開帳といこうか」


あっけにとられている千寿にむかって、夢政は指先をついっと動かして命令した。


――そうか、自分で見せろという事か。


 嫌だ…したくない…菊染もいるのに…頭の中は必死にそう叫んでいるのに、千寿の足はのろのろと動き、開いた太ももと秘所が露になった。


 千寿の心を見透かしたかのように、くつくつと夢政が笑う。


「表情を殺すな、千寿。恥らう演技もいらぬ。思う存分、嫌な顔をするといい」


 過剰な演技も、表情を消し去るのも、それは遊女が自分の心を守るためのお面だ。素の顔を隠すための。


 それを禁じられれば、なすすべはない。千寿は絶望的な気持ちになって、俯いた。夢政には、媚も、真

心も、効かない。ただ千寿の心を「玩具」にして遊びたいだけなのだ。


「おお、そんな顔をするな。千寿よ」


 夢政はスッと立ち上がり、笑みを浮かべながら千寿の頬に顔を寄せてささやいた。


「こんなものは、序の口よ」


 ぞっ…と、千寿の肌に鳥肌が立った。


「震えているな…千寿。怖がることはない。いったん落ちてしまえば…楽なももよ」



 次の瞬間、千寿はぐいっと畳に押し倒された。それに驚く間もなく、ずぶりと乱暴に夢政の指が千寿の中をつらぬいた。


「いっ…!」


 いくら遊女でも、ふいうちでねじ込まれれば痛い。


「きついな、千寿は」


 だめだ、そこは大事な道具なのだ。傷がつけば次の仕事にさしさわる。だがこの男、機嫌を損ねれば何をするかわからない。千寿は弱弱しい声で哀願した。


「ど、どうか…おやめください…」


「不思議だな、千寿よ…こうしてお前の内臓に私の手が触れている」


 ふと指の動きをゆるめて、夢政がつぶやいた。


「お前ほど、清純という言葉が似合う舞姫はいない、と思っていたが…やはりお前も、ただの女。こうして穴がある」


 彼は何が言いたいのだろう?千寿はとまどった。


「だがやはり、他の遊び女とはちがうな…ほら」


 夢政はぐいっと中で指をひねった。


「くっ…!」


「こうしてただ動かすだけでも、まるで…小鳥を握りつぶしている様な心地だ」


 夢政は薄い笑みを唇に浮かべた。笑みのはずなのに、その表情は、ひどく酷薄だ。


 いったん指の動きを止めた夢政は、ふいに顔を近づけ、千寿に口付けをした。


「んっ…」


 千寿は思わず目を閉じた。くぐもった声が、千寿の唇から漏れる。その声ごと、夢政の唇にのみこまれていく。


 濡れた薄い唇と、すこしつめたい舌が、そっと千寿の中に入ってくる。口付けしながらも、埋められた夢政の指のふるえを感じるたびに、びくっと恐怖に痙攣した。


「…千寿」


 唇を離した夢政は、今度はゆっくりとじらすように指を動かし、千寿を見下ろした。


「いまのでだいぶ、良くなったようだぞ」


千寿の秘所から抜いた指を、夢政は目の前にかざして見せた。濡れて、てらてらと光っている。


「ただの潤滑油か…それとも気持ちがよかったのか?」


 夢政が問う。その目は、存外本気のようだ。


「わ、わかりません…」


「ではお前は貞淑か?淫乱か?」


「…淫乱です、たぶん…」


 千寿は目を伏せて答えた。こんな場所にいるのだ、貞淑なわけがない。


「そうか、」


 夢政はつぶやき、すっと千寿の乳房に爪を立てた。


「痛っ…!」


 先程と同じ、唐突な痛みに、千寿は声を詰まらせた。乳房の横に、赤く血のにじむ線が一本。


「すまぬ、千寿。だが血化粧のお前は・・・美しい。」


 すると今度は、夢政の顔が乳房に寄せられた。びくっと身構えを千寿の腕を抑え、夢政はその傷を舌で舐め上げた。


「っ・・・・!」


 ひりひりした痛み。だが千寿は表情を変えないよう努めた。

 夢政の舌は徐々に移動して、千寿の乳房全体を嘗め回している。


「小さくて固い乳房だな、女にしては珍しい」


 片方の手でもう一歩の乳房の表面を撫でながら夢政は言った。

 そして手は乳房を離れ、首にかかった。

 次の瞬間、首に強烈な痛みが走った。


「いっ…!」


 千寿の首に、夢政が噛み付いたのだ。上げそうになった大きな悲鳴を、必死で呑み込む。菊染に、情け

ない声を聞かれるわけにはいかない。


「くくく…見事な跡がついたな」


 夢政は噛んだ部分を撫でながら楽しげにつぶやいた。ひりひりと、肌が痛い。


「どうか…無体なことはおやめください…」


 震える声を必死で抑えながら千寿はつぶやいた。


「千寿、腹が立ったか?」


 問いかけられ千寿は、至近距離の夢政の顔から目をそらした。どう答えるのが正解なのか、見当がつかない。


「お前は、よくわからぬ女だな、千寿」


 そういって夢政は、懐から鉢巻のような細長い帯を取り出した。


「だが、それでこそ面白い。千寿よ、存分に楽しませてもらうぞ」


 その帯の用途を理解した瞬間、千寿の表情はこわばった。


「なに、見えないほうが快楽に没頭できるからするだけのこと。安心してされるがままになるがよい」


 きゅっと目隠しをされ、頭の横で結ばれる。


「さて、そこの」


夢政が菊染に声を掛けた。千寿はびくっと身を震わせた。彼に何をさせるつもりか…。

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