ひどい目

小達出みかん

文字の大きさ
18 / 54

恋愛成就のご商売

しおりを挟む
「おお、さむい。北風が吹き始めたかねぇ」


 針の手を止めて、灯紫様が言った。


「まだ秋ですよ。気が早いですね」


作業の手を止めずに、千寿は言った。次のお客が来る前のつかの間の自由時間。千寿は灯紫にたのんでいた衣装を取りに来たはずだったのだが、着ていた着物のほつれを咎められなぜか針仕事をされられていた。


「暦の上じゃもう冬だよ」


「まあ霜月ももうすぐ終わりですからね…」


「そしたら正月の心配だよ、まったくせわしないったら」


「でもここは裕福でしょう」


「千寿っ!」


 いきなり灯紫様が千寿の頬をぐいとつまんだ。


「お客の手前はあるように見せかけてても、実のところは火の車なんだよっ!」


「は、はなひへくらひゃい」


「あんたたちにはもっと稼いでもらわないとね。繕いは終わったのかい?」


「あ、ここの袖のところが…」


「ちょっと貸してごらんなさい、まったく、ほつれた衣装で客の前に出るなんて」


 丁度折り目のところの縫い目が崩れている。しかし、しばらく根気良く取り組むかに見えた灯紫はすぐに着物を放り出した。


「ああもう、縫い物っていや!やっぱりお針に頼みましょ」


とそこへ、松風が入ってきた。


「灯紫様、今日は大見世の会合の日ですよ」


「あー松風、いいところに。ちょいと、これお願いよ。私着替えてくるからその間にサ」


そういい残し、悠々と奥の間に去っていった。


「はぁ…まったくウチの女性陣は…縫い物一つろくにできないとは情けない」


ぶつぶつ言いながらも見事な針さばきで崩れた糸目を修復していく。


「ところで千寿は、今晩お勤めでしょう。ここで何をしていたんですか」


「それ、あたしの着物なんです。あの、本当は衣装を受け取りに着たんですが…」


小言の匂いを感じ取った千寿は言い訳をした。


「ああ、どうりで柄が…これは年増では着れませんね」


「なにか言ったかい?」


すかさず灯紫様の声がとんでくる。


「いえいえなんでもありませんよ、ほんとにまったくもう、ええ」


「すごい地獄耳…」


「これを今晩着るのですね」


松風は隅においてある真新しい着物を手にとった。今夜はこの郭一番の高級揚屋、柏屋での遊宴に呼ばれている。その衣装の具合を灯紫様に確かめてもらいに来たのである。


「いい色ですね。作らせた甲斐があるというものです」


衣装を手に取り、松風が言った。今回の着物は、千寿には珍しい色の着物だった。夜色の地に、金の星や花の絵が豪華に散らされている。


「これなら、帯はこないだ仕入れた白銀の丸帯がいいでしょう。帯締めは、いつもので」


「はい」


「それと、いつものように仕事と思わないでも、良いのですからね」


松風が意味ありげに言った。


「えっ?」


 千寿はぎくっとした。実のところ今日の宴は千寿にとってわけありなのだ。迷った末に行く事にしたが…。もしかして、なにか見破られているのだろうか。


「たまには息抜きも良いでしょう」


 さらに千寿は首をかしげた。息抜き?


「とぼけても無駄よ、千寿」


 と、座敷の奥から灯紫様の声が飛んできた。


「今夜のお客の名を聞いた時の、お前の表情でわかったよ」


 すっと着替えを終えた灯紫様が出てきた。


「あのね千寿、ここへ来てからこっち、お前は売れっ子になってよく働いてくれてる」


「は、はぁ…」


 突然の優しい言葉に、千寿は内心びくびくしながらもとりあえずうなずいた。

 真面目な表情で彼女はつづけた。


「でもこんな商売だからね、辛いに決まってる。あんた、頑張りすぎててそのうちぷっつんしそうに見えるよ。だから何か楽しみがなくちゃあ」


 満面の笑みの灯紫は続けた。


「と、いうわけで今夜は遠慮なく泊まってらっしゃい」


「え?泊るって」


 仕事なのだからそれはそうするに決まっている。ぽかんとする千寿に松風が言った。


「要するに真夫を持てという事です」


「アンタの昔の男なんだろ?今夜のお客ってのは」


 壮絶な勘違いに、千寿は抗議した。


「はっ?ち、ちがいますよ!そんなんじゃないです!」


「いいんだよいいんだよ、遠慮しなくたって。ま、入れ込みすぎても困るけど」


 しかし二人はまったく取り合ってくれなかった。






(いらん勘違いをされてしまった。やっぱり客の名前を聞いた時、動揺しすぎたな…気をつけないと)


 考え事をしながら渡り廊下を歩いていると、後ろからきた人物に声をかけられた。梓だ。


「聞いたぜ千寿」


 一体何を聞いたんだ…千寿は身構えた。


「店公認の真夫なんて、お前やるなぁ」


 感心したようにいう梓。あの俄以たまにしか口をきいていなかったが、根も葉もないことを言われて黙ってはいられない。


「違います」


「照れなくてもいいって」


 と、それだけ言って梓は千寿を追い越していった。


「まったく、もう…」



 梓が知っているという事は、鈴鹿をはじめとし、胡蝶屋すべてに知れ渡る事となりそうだ。嘘の噂が。しかし、真夫というのは実はそんなに外れた憶測ではない。今夜の客本人ではないにしても…。


 まだ、忘れられないのか?いや、違う。ただ、知りたいだけ。彼の今の消息を…。未練たらしいとおもいつつも、自分にそう言い聞かせる千寿なのであった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...