ひどい目

小達出みかん

文字の大きさ
21 / 54

恋愛成就のご商売(4)

しおりを挟む
次の日の朝。千寿は先に起き、純四朗の衣装を整え彼を起こした。


「だんな様…もう、朝です」


 純四朗はまぶしげに千寿の顔を見上げた。


「もう、朝か…」


 朝日の中たたずむ彼女は神々しく、純四朗は思わず手を合わせた。


「…なにを拝んでいらっしゃるのですか?」


 彼女は困ったように微笑んだので、純四朗は拝んだまま言った。


「あんまりにも綺麗だから」


 千寿はますます困ったように眉を寄せた。


「…そんなおだてたって、お茶くらいしか出せませんよ」


「おっ、姫の茶をいただけるのか」


 機嫌よく言う純四朗を、千寿は控えめにたしなめた。


「…姫と呼ぶのはどうかおやめ下さい。私はただの…千寿なのですから」


 ここぞとばかりに純四朗は反論した。


「ならば姫も「旦那様」ではなく俺を名前で呼ぶべきだろう?」


「…わかりました。純四朗さま。さ、お茶をどうぞ」


 千寿はそういって茶托を差し出した。


「ああ頂くよ…千寿」


 一服する純四朗に、千寿はおずおずと切り出した。


「あの…例のこと、なんですが…」



 千寿が「彼」の事をほのめかすと、純四朗の幸福そうな笑みが、たちどころに曇った。まわりくどいことが嫌いな彼は直球を投げた。


「千寿は、まだあの男の事が好きなのか?」


 千寿は一瞬言葉につまったが、すぐすらすらと嘘が出てきた。


「違います。ただ、知りたいだけなのです。あの家がどうなったのか、心配で…」


 その嘘を純四朗が信じたかどうかはわからない。だが、彼は重い口を開いた。


「数年前だったかな…あの奥方も死んだ。詳しい原因はわからないが病死らしい。葬儀も内々で済ませた

そうだからな」


 そうか、あの母は死んだのか。千寿は複雑な思いだった。恨んでないといえば嘘になる。だが嬉しいも思わない。彼女は彼女で、きっと辛かったのだから…。


 そして、彼はどうなったのか。両親が死んだのなら、家督は彼が継いだはず。嫁とりだってしなくてはならないはずだ。


「では…家督は、誰が…」


「嫡男はどこぞの娘と祝言を挙げていたな。たしか、商家の娘だったか…」


 あの家で。一緒に育ったあの家で。今は他の女と一緒に暮らしているのか。


「…そう、ですか…」


 喜ばなくてはいけない。彼は今きっと、その娘と幸せに暮らしているのだから。

 だがやはり、辛いものは辛い。彼と一緒になりたかったのは他ならぬ私だったのに。


「千寿…」


 無言でうつむいている千寿は無表情だが、衝撃を受けているのは間違いなかった。その姿はただ哀れで、嫉妬も一瞬消えたほどたった。


「俺が言うのもなんだが…その、あまり気を落とすなよ」


「え…」


 千寿がはっと我にかえり顔を上げると、悲しいくせに笑っているような表情の彼に頭をくしゃっと一撫

でされた。


「男なんて、星の数ほどいる。…俺とかな」


 そのへたくそななぐさめ方に、千寿は思わず笑ってしまった。


「何を笑うんだ、この」


「いえ…すみません、純四朗さまにとっても私は星のひとつなのでしょうか?」


 笑いながら戯れ半分にそういうと、純四朗は真剣な顔になった。


「いいや、俺は今は、千寿ひとすじだ」


「またまた、そんな…じゃあ未来はわかりませんねえ」


 千寿がまぜっかえすと、純四朗は驚いたようだった。


「千寿…けっこう意地悪な事も言うんだなあ」


「そんな驚かないでくださいよ!私だって、人間ですからね」


「昨夜はまるで人形のようだったがな…」


 純四朗がにやりと笑って言い返した。千寿はぐっと詰った。


「いや、いろんな顔を発見してしまったな。…そういえば、千寿の舞を見逃したな」


「そういえば、そうですね…」


 揚屋の宴では、いつも客に舞いを披露するのだが昨夜はお互いそんな余裕がなかった。


「次は、ぜひ。私も見ていただきたいです」


 自然とそんな言葉が出た。


「また来てもいいのか?」


 純四朗はにやりと笑って顔を近づけた。


「喜んで。次は…ちゃんとしますから…」


「ほう。ちゃんととは、何を?」


「もう!やめて下さいよっ」


 千寿は赤くなってそっぽを向いた。そんな姿を見て純四朗は嬉しそうに笑った。


「でも…きてくれて、ありがとうございました」






 上機嫌で純四朗は帰ってゆき、千寿はとりあえずほっとした。大門の見送りを終えふっと息をつくと、後ろから逸郎がやってきた。


「お疲れさまです、千寿さん」


 昨日の殺伐とした空気を読んでいた逸郎は、心配そうに千寿に声をかけた。それを察した千寿はわざと元気よく言った。


「さ、帰ろっか」


 まだ日は明けきっていない。長い仕事だった。帰り道はいつも落ち込むが、今日はなおさらだ。歩きながら堰きとめていた「彼」への思いがあふれ出す。


 彼はどんな姫と、どんな生活を送っているのか。私の事などもう忘れたのか…。私は、今でも、こんなに想っているのに…。千寿は必死に涙をこらえた。


 彼は太陽でも月でもない。星の中のひとつ…。そう思える日がくるのは、まだ先のようだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...