ひどい目

小達出みかん

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舞姫人形よい人形(3)

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いつもそうだが、夢政を見送ったあと千寿はどっと疲れて帰りを急いだ。部屋に戻ると一気に眠気に恐われ布団に倒れこみ寝入ってしまった。


 そして、月が中天に昇る頃。


「―さ…ま…」


 耳元で、何か音がする。


「―ー千寿さま…」


「うわっ!」


 千寿はガバッと跳ね起きた。


「何っ?」


 すると目の前に、少女が居住まいを正して座っている。幽霊…?熟睡中を叩き起こされふにゃふにゃ頭の中が混乱している。そんな中、幽霊はおずおずと口を開いた。


「あの、おやすみのところすみません。私を…」


「…?」


「私を、弟子にしてくださいっ!」


 幽霊は勢いつけて言ったが、ひざの上のこぶしが震えている。千寿もだんだん頭が覚め、状況がわかってきた。さっき、揚屋の宴会で一瞬、千寿達を見つめていた子どもだ。色がとても白く、目のしたは青々としている。これでは幽霊に見間違えてもしょうがない。


「…さっき揚屋で覗いていた子ね?」


「…はい。宴のあいだ、あなたの舞を見ていました。それで…」


「どこの禿か知らないけれど、今のうちにもといた見世に戻りなさい。折檻は嫌でしょう」


 千寿はぶっきらぼうに言った。少女は千寿の言葉をものともせず、言い募った。


「あなたみたいな舞姫に…なりたいんです…!」


「私みたいに…?」


 必死の少女の姿を見ると、なぜかがくっと体の力が抜けた。まともに相手をしても無駄だろう。


「ごめんね、疲れてるの。眠らせて」


「お願いです、弟子にしてください。働かせてください」


「働き先なんてもと居た見世にあるでしょうに」


 どこの見世の子か知らないが、夜更けに勝手にうろついていたら折檻ものだろう。さらにこの状況、千寿が彼女を引き抜いてるようにとられかねない。そしたら千寿だってただじゃすまない。誰かに見られる前に、とっとと出て行ってもらわないと。


「ないです、見世にいたわけじゃありません」


「嘘ついたって駄目だよ」


「嘘じゃないです、お願いです」


「しつこいなぁ…悪いけど、聞いてあげられないよ」


 千寿は苛立ってきたが、少女は諦めない。


「私、遊女のつとめもがんばります。影日向なく働きます、だから…」


「…あなた、みたとこいい着物だし、どこかの太夫に面倒みてもらってるんでしょ?私につくよりそっちのが楽に「勤め」られるよ」


「ち、ちがいます、ほんとに…」


 なんとも強情な少女だ。千寿はいよいよ苛々してきた。


「禿なら知ってるでしょ、いずれは毎日こういうことされるんだよ」


 少女を狭い床に押し倒し、胸の上に手を置いた。


「だったら今のうちに賢く立ち回って楽しといたほうがいいよ。今あなたの面倒を見てくれてる見世を裏切るなんて、馬鹿のすること…」


 押し倒され震える可憐な姿は、まさに仕込みがいがありそうな美少女だった。ところが、千寿はおかしいことに気がついた。


(胸が堅い…?貧乳にしてもこれは…)


 千寿の胸中を呼んだかのように、少女がおずおず口をひらいた。


「私…女の子じゃないんです」


 千寿は火傷したかのように胸に置いた手をひっこめた。


「えっ?じゃあ、お、男…?」


「ご、ごめんなさい…」


 少女…いや少年は、横たわったまま涙を浮かべた。


「や、やめないで…つ、続けて、下さい。私、がんばります、から…」


 少年の目を覗き込む。乱れた単を直そうとと袷に手をかけると、少年がその手をぎゅっと掴んだ。


「かえるところが、ないんです…」


 千寿ははっとした。なぜ気がつかなかったのか。この少年の涼しい目元、端正な薄い唇…。


「君、もしかして」


 貴公子のように整った顔、白い肌。いったん気がつくと、つぎつぎと似ている所が現れた。消息を絶ったという彼の息子が、この子か。千寿は固まった。どう言っていいかわからない。すると向こうから声がした。佐吉とだれかもう一人。


「おい、千寿、誰と喋ってんだ?」


 明け放しのままの廊下から姿を現したのは、仕事帰りの梓であった。ぬかった。ちゃんと閉めておけばよかった。千寿は後悔したが後の祭りだった。


「…梓さん」 


 梓は千寿と、乱れ姿の少年を一瞥するとにやっと笑った。


「・・・・・なにこのチビ。つーか女かと思ったら男じゃん。何襲ってんだよ?」 


 千寿をからかう様にケタケタと笑う。間の悪い場面を見られたくない人に見られてしまった。しかし、一目で男と見破るとはさすがだ。


「梓さんもこんな遅くまでお疲れ様です」


「あー。俺も馬車馬のように働かなくっちゃね。どっかの格子様にお職をとられちゃたまんないからねぇ」


 千寿よりよっぽど忙しいくせに、よくもまぁ言えたものだ。二の句が継げず黙っていると、それまで身を縮めていた少年ががばっと身を乗り出して言った。


「はじめまして梓様!お願いします!僕をこの方の弟子にしてくださるよう頼んでください!」


「こらっ」 


 千寿の制止を無視して乗りあがるように梓に話しかける少年を梓はわしゃわしゃと頭を撫でた。


「いいんじゃね?千寿もこんくらいのチビがいた方が仕事しやすいだろ?太夫になるんだろ?」


「いりません。この子は親元に帰します。だいたい灯紫様が許すわけないでしょう」


「いやいいんじゃね?俺も菊染ももう年だし、新しい陰間が居なきゃな」


「そんな適当な…」


 千寿は呆れた。


「じゃ、女衒でも呼ぶか?」


「え?」


 千寿がわからないという顔をすると、梓が言った。


「いらないんなら売っちまえばいい。男でも、そのツラならいい値で売れるんじゃねえの」


 少年が青ざめる。千寿は慌てていった。


「大丈夫、売ったりしないよ。君は父さんの所に帰るんだから」


 そういうと少年はますます青ざめた。


「なぜそれを…?お、お願いです、父上にだけは、どうか…」


 その様子を見て、梓が少年に目を向け話しかけた。


「何?わけありな感じ?じゃあ上に話つけるか。一緒に来いよチビ。千寿もな」


 そういうと梓は身を翻し灯紫の部屋へと向かった。こういう時は意外と面倒見が良いのか…。千寿は意外に思いながらも、ちょっと梓を見直した。
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