ひどい目

小達出みかん

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涙の別れの桜雨

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 春だ。梅の花がほころぶ。鶯は鳴く。春風は、どんな人間にも優しく吹きそよぐ。

 ゆきは春の朝の空気に思わず浮き足立った。早く千寿姉さまに、朝のご膳をもっていってあげよう。


(でも・・・・)


 ゆきの足はぴたりと止まった。


 正月すぎから、千寿はふさぎこむことが多くなった。ゆきやりんには普段と変わらないよう気を使っているが、一番近くで仕える2人こそその変化がわかってしまう。


(千寿姉さん、毎日つらそうだ)


前のように笑ってくれることが少なくなった。そして一人になるといつも暗い顔をしている。だから朝、姉さんの部屋に入る前にはうんと気をつけなければならない。 


 梓とゆきの予想通り、千寿は夕那との関係に首まで・・・いや、頭のてっぺんまで浸かってしまっていた。恋の薄桃色の水中で溺れ、苦しみもがいていた。恋はばら色。だがいくら楽しくてもずっと水の中にいたら人は死んでしまう。


(やっと、今夜だ・・・・)


 明けても暮れても、頭の中は夕那のことばかり。夕那がくる日を指折り数えている。


 初回は、用心していた。だが次の回から体を重ねるようになり、もうだめだった。かの源氏物語にも書いてある。心の中の幻影は、現実に目の前にいる恋人にはかなわないと。


 まさに、そのとおりだった。






「撫子、撫子、本当にいいの?」


 体を重ねる前、夕那はなんどもなんどもそう聞いた。


「うん・・・そこであってるよ。いれてごらん・・・。」


「でも・・・こんなところに、僕のを入れたらきっと痛いよ・・・・」


 真剣に心配する夕那に、千寿はくすりと笑った。


「大丈夫だから、ね・・・。」


「わかった・・・・んっ・・・・」


 夕那の先端の部分が、少し千寿の入り口にぴたりとくっついた。


「いく、よ・・・・っ」


 夕那の息が上がっている。その緊張と快楽の入り混じった表情を見て千寿はぞくっとした。


「うん・・・・」


 少しづつ、少しづつ。夕那のものが入ってくる。その感覚に、千寿のいつもの理性も、演技も、それどころか自分が遊女だという意識も消えていった。


(夕那のが・・・・入ってくる・・・・。私、今、夕那としているんだ・・・・)


「あっ・・・だめっ・・・そんなにしめつけないでっ・・・・・!」


 夕那が切羽詰った声を上げた。千寿ははっとした。つい夕那の与えてくれる感覚に、夢中になってしまった・・・。


「夕那、おちついて・・・。いったん止まってみて」


「はあ・・・あ、あ・・・これ・・・痛くない?ねえ、撫子、大丈夫・・・?」


 切れ切れに必死に伝えてくる夕那は、泣きそうな顔をしている。その首に、をまわして抱きしめた。


「大丈夫、夕那・・・・」


 夕那の柔らかな髪が、さらさらと撫子の肌にかかる。撫子は昔から、彼の髪が好きだった。その感触が愛おしくて千寿の目は熱くなった。


(夕那の髪に・・・また、触れることができた・・・)


「撫子・・・僕っ・・・・」


「大丈夫、もっとおくまで、おいで」


「うん・・・」


 千寿の中が、夕那のものでいっぱいに満たされる。心も、体も。


(夕那の最後の女にはなれないけれど・・・・。最初の女は、私・・・・)


 きっと、夕那はそれを忘れないだろう。大事な思い出として、ずっと心にしまっておいてくれるはず。そう思ったとき、たしかに千寿は幸せだった。


(私のこと、ずっと・・・覚えていてほしい)


 快楽を感じながら、千寿の頬に一筋の涙が伝った。





 一つ一つ教えてみれば、夕那は飲み込みがよく、どんどん上達していった。


(これは、夕那にやり方を教えてあげるため。夕那の生活のためだ)


 最初はそう自分にいいわけしていた。だが行為を重ねるうちにそんな建前がどうでもよくなるほど、夕那に溺れていった。夕那と実際肌を重ねることで、長年せき止めていた思いは一気に開放されてしまった。


(夕那・・・・やっぱり・・・・)


 好きだ・・・・。


 だが、その思いが募るほど千寿は辛かった。この儚い関係がいつ壊れるか。この間の逢瀬が最後になるんじゃないか、もう来てくれないのではないか・・・。






「千寿姉さま、また泣いてるぅ・・・。」


 りんが困ったように、ゆきに小声でささやいた。


「しーっ・・・・そっとしておいてあげよう」


 廊下でそう言い合う二人の後ろを、松風が通った。


「誰が泣いてるって?」


「あ、いや、その・・・えっと」


 2人はしどろもどろになった。松風は面倒になり、そのまま追求せず部屋の前を通り過ぎた。


(あの千寿が情人にのめり込むとは。まったくめんどうな・・・・)


 恋する遊女ほど、うんざりするものはない。商売上もだが、個人的にも松風はそれが嫌いだった。


(どいつもこいつも、惚れた、腫れたで勝手なことをしくさる)


 松風はそんな何の得にもならないことからは早々に手を引いていた。


(失敗に学ばないのは、サルだ。)


 そして。


(俺はこの中でも数少ない「人間」だから、失敗の元もきっちり回収してやる)


 と、冷ややかに思っていた。


(ともあれ、あの様子じゃ心中しかねない。千寿の見張りをきつくしなければ)







「夕那・・・あいたかった・・・」


 10日ぶりにあえた。今の千寿にとっては長い時間だ。うれしくて思わず泣き笑いになってしまう。


「ぼくも」


 ユナが千寿の手を取った。その手は暖かく千寿の手をつつみこんだ。手から幸せがひろがっていくように、温かさが広がっていった。


 2人で肩をよせあって、月を眺める。建物がひしめく中の、小さな窓から見える月だけれど、夕那と一緒だと金色に輝いて見えた。


「夕那・・・」


 間近で見る夕那の瞳は、明るい夜空の色をしている。その優しい輝きが、千寿の心を見透かすようにじっと顔に注がれた。千寿はとたんに恥ずかしくなってしまった。あんなことやこんなこともした仲なのに、この後そうなるとわかっているのに、こうして優しく見つめられると・・・・。


(体の奥が、熱い・・・・・)


「どうしたの?はずかしいの・・・・?」


 目をそらしてしまった千寿の頬に手を添え、つっとこちらに向かせると彼はそっと口付けを落とした。


(ああ、やわらかい唇だ・・・)


 すぐにもっと欲しくなる。もっと深く、たくさん彼とつながりたい。千寿は夕那の舌に自分の舌をからめた。


「んっ・・・・」


 夕那と唇を合わせて、生まれて初めて千寿は口付けが良いものだと知った。愛しい相手とつながっているのがこれほど感じられて、幸せな行為だということが。


 昔の2人からは考えられないような、濡れた、熱い口付け。


「はぁ・・・・撫子・・・・」


 ゆっくり唇をはなした夕那は、千寿の頬にかかる髪をやさしくかきあげた。その目は、妖しく、うるんでいる。その胸の高鳴りが、千寿にも伝わってくる。


「撫子を、たべちゃいたい」


「うん・・・いいよ」


 熱に浮かされたように、千寿は着物の襟をくつろげた。あらわになった首、肩、胸元に夕那の視線が注がれる。まるで指でなぞるようにその視線を感じた千寿はぞくりとした。


(これから夕那に食べられるんだ、大好きな、可愛い私の恋人に・・・・)


 そうだ、食べて欲しい。今ここで、わたしを骨のずいまで食べつくしてほしい。他の事なんて全部どうでもよくなるくらい・・・・。すっかり熱くなった頭の中で、千寿はそう思った。


 夕那は千寿の首筋に唇を寄せた。


「・・・・っう」


 かすかな痛みをそこに感じた。夕那が跡をつけているからだ。


 それは甘い甘い痛みだった。


「撫子の肌って、きれい。ねえ・・・」


 夕那は耳の下でささやきながら、手を千寿の胸にのばした。


「いつの間に、こんなに胸がふくらんだの・・・?」


 そういってそっと表面を撫ぜた。


「んっ・・・・夕那の、知らない間にだよ・・・」


「もう、撫子のいじわる・・・・」


 夕那は千寿の乳首をきゅっとつまんだ。桜色のそれは、夕那の指の中でくにゃりと形を変えた。その少し痛みのまざった快楽に、千寿は体をビクリと震わせた。


「ごめんね、つい・・・。」


 夕那は手を乳房からはなし、今度は唇を乳首にのせた。


「っ・・・・・」


 そんな風に彼にされるのは初めてだ。羞恥心に千寿の頬は赤くなった。


(この間まで、何も知らない子だったのに・・・・)


 そう、夕那に性の手ほどきをしたのはほかならぬ自分だ。


(その技を全部、私に対して使うなんて・・・・・)


 今まで自分が優位だったのに、今は夕那が私の体を拓いている。


(すっごく・・・・・恥ずかしいんだけれど・・・・)


 夕那は乳首を口にふくみ、ねっとりと吸い上げた。


「んっ・・・・・!ゆ、夕那っ・・・・」 


 さっきつねられた部分にやさしく舌がのせられ、ビリビリとした快感が千寿の体にひろがった。


「ね、きもちいい・・・?」


 千寿の反応を見て、夕那は唇を離して千寿の顔を見上げた。その唇が、いやらしく濡れて光っている。


「・・・・・・・そんな、こと・・・・・」


 その表情に魅せられつつも、羞恥心が勝ち素直に答えられない千寿。


「も、もういいから、はやく・・・・」


 目をそらして答える千寿に、夕那は覆いかぶさった。


「だーめ。今日は僕が、たくさん千寿を食べるんだから・・・・・」


「ゆ、夕那、布団の方に・・・・いこう・・・・?」


「やだ。ここで食べちゃう」


 夕那は千寿の帯をゆっくりほどき、着物の身頃をひらいた。すると幾重もの美しい包装紙が解かれたあとの贈り物のように、千寿の裸体が横たわっていた。


「とってもおいしそうだよ、撫子」


 裸なんて何度も、幾人にも見られているのに、千寿は恥ずかしくなって思わず両手で体をかき抱いた。夕那はそれを見て微笑んだ。


「どこから、いただこうかなあ・・・」


 彼の手が首から肩、胸、腹の上をなぞる。恥ずかしくて、千寿は目をつぶってその感触にたえた。そして、夕那の手が、両腿にそっとおかれた。


「ごめんね、開くね・・・・」


 ぴたりと閉じていた腿を、夕那が優しく力をこめてひらいた。その奥へと、夕那の指がそっと触れる。


「っ・・・・・・あっ・・・・・」


 とろりとした液体が、夕那の指の上に滑った感触が、千寿にもはっきりわかった。そこはすでに愛液を滴らせていた。


「撫子、ここ・・・・・」


 夕那が嬉しくてしょうがないという表情で千寿を見る。千寿は思わず両手で顔を隠した。


「い、言わないでっ・・・・・」


「えへへ・・・うれしいなあ」


 夕那の指先がぴたりと閉じている場所を優しく割り、そおっと中に指をすべらせた。


「あっ・・・・・」


 その指が硬くなった小さな蕾に触れる。触れられたとたん、おかしくなるんじゃないかというくらい快感が走った。


「んふふ・・・・・ここが正解、だね」


 夕那はいったん指を引き抜いた。そして。千寿のももをくっ、と開いた。


「ちょっ・・・・」


 快感の名残にぼんやりしていて、うかうかと足を広げられてしまった千寿は抵抗しようとしたが、それより早く夕那がそっと千寿の入り口を指で開いた。


「すごい・・・・いっぱいぬれてるよ、撫子・・・」


「もう・・・・やめてよ・・・・」


 千寿は困り果てて顔をそむけた。


「撫子のここ、ぜんぶ見ちゃった。」


「やめてったら・・・・・ひっ!」


 ぴちゃり、と濡れた音がした。夕那がそこに、舌を這わせている。


「あっ・・・・くっ・・・・・」


 先ほど見つけられてしまった蕾に、舌がたどりつき、唇で甘く食まれる。


「うっ・・・・ぁあっ・・・・・・」


(舐められてる・・・・・こんな恥ずかしいところを・・・・夕那に・・・・)


 恥ずかしさと快楽で、わけがわからなくなりそうだった。


「んっ・・・・撫子のここ、どんどんあふれてくるよ・・・・」


「も、もうっ・・・・とめ、て・・・・」


「だめ・・・もっと、味わいたい」


 千寿が言うのにもかかわらず、夕那は執拗にそこを舐め上げ、責めた。


「あっ・・・あっ・・・・・・・!」


 必死で我慢していたが限界だった。激しい快感がそこから体に広がった。


「撫子・・・・いっちゃった・・・・・・?」


「う、うぅ・・・ゆ、夕那、もう・・・」


「もう・・・・?」


 夕那が余裕綽々といった感じで聞いてくる。負けた・・・・。そう思いながらも、一回いかされてしまった千寿は素直に言った。


「きて・・・・・」


「うん、撫子・・・」


 硬くなった夕那のものが、千寿の入り口を割ってはいってくる。


「大丈夫・・・?いたくない・・・・?」


 千寿は恥ずかしさを我慢しながら素直に言った。


「ううん、こういう時はね・・・・・気持ち、いいの・・・・」


 他の人との行為とはちがう。心も体も融かされきった後の挿入は、最初の割って入ってくる瞬間から快楽を生む。


「本当・・・?ぼくも・・・・だよ」


 ゆっくりと、ぜんぶ夕那のものが入った。


「撫子、好き・・・・・」


「私も・・・・」


 2人はつながったまま口づけをした。上も下も、じっとり濡れて、2人の夜は深まっていった・・・・・・
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