ひどい目

小達出みかん

文字の大きさ
上 下
45 / 54

大空を求めて(4)

しおりを挟む
先ほどのしんみりとした気分は吹き飛び、千寿は障子を蹴破るほどの勢いで梓の部屋へころがりこんだ。


「あ、梓・・・・!」


 ゼイハアと息を切らしたその必死の形相に、寝ようとしていた梓はぎょっとした。


「わっ・・・な、なんだ。千寿かよ」


「な、なんですか、これ。どういうこと・・・・?!」


 その手には手紙が握られていた。先ほど梓に届いたものと同じ字がつづられている。梓は合点がいった。


(そうか、俺と千寿両方に手紙を書いたのか、お師匠さんは)


「おい、おちつけ。面白い顔になってんぞ」


「いや、せつ・・・説明してください。なんで梓が私の師匠と交流を?!まさか、客として・・・・・」


 梓は頭をかかえた。


「おいおい、下世話な想像するんじゃねーよ・・・」


「じゃ、じゃあ何で・・・?」


 真剣に困った顔をしている千寿がおかしくて、梓は思わず笑ってしまった。


「はは・・・これはな、壮大な計画の一部で――」


 と、フカシかけたが、いったん口をつぐんだ。


(いや、こんな時くらいはまじめに言うか)


 梓はふーっと息を吐いた。


「あのな・・・俺、もうすぐここを出ていくんだ」


「え?」


「ちなみに菊染も年季明け」


「えっ・・・・え?!?」


 千寿は目を白黒させた。そして、泣きそうな顔になった。


「そ、そんな・・・・。わたし、やっと・・・・」


 2人の大切さに気がついたのに。だが千寿はその言葉をぐっとのみこんだ。


「仲良く、なれたのに・・・・。」


「ごめんな。陰間は遊女より年季が少ないんだ。その分金額も安いしな」


 千寿はなんとか冷静になろうと努力した。


「で、でも・・・2人一緒にいなくなっちゃうと・・・お店もさびしくなりますね・・・」


 そういう千寿のおでこを、あずさはこつんとつついた。


「2人じゃねえ。お前も一緒に行くんだよ。お師匠様からの手紙に書いてなかったか?」


「え!?」


 千寿があわてて握っていた手紙を開いた。くしゃくしゃになってしまいっている。


「すみません・・・動転して最後まで読んでなかったです・・・」


「ったくもう・・・そのために、あんたのお師匠さんと連絡とったり、まあいろいろやってたわけ。簡単にいきそうにはないけど・・・・。ま、なんとかなるさ」


「でも・・・・。なんで私に、そこまでしてくれるんです・・・・?」


 千寿は本当にわからないという顔をした。


 梓は、腹をくくった。思えば・・・ここまで、長かった。


 最初はすました嫌な女だと思った。でもそれは強がりで、実は人いちばい脆くて、それを隠すため頑張っていることにすぐ気がついた。そしたら千寿が気になってしかたなくなった。お互い衝突したり、こっちが意地になって突っぱねた時もあったが・・・・


それも、ここまでだ。


「なんでって。俺が、お前と行きたいからだよ」


 千寿は無言で固まった。


 しばし、2人の間に沈黙がながれた。やがて千寿がおそるおそる口を開いた。顔に疑いがありありと表れている。


「そ、それは・・・・・なぜ・・・・・?」


 ったく、こういう時だけ察しが悪いヤツ・・・。梓はヤケクソになった。


「好きだからに決まってんだろ、ばーか」


 千寿は再び固まった。いや、凍りついた。そして・・・・


「うそ!?だって、あんなにつっかかってきたじゃないですか!?むしろ梓は私のことキライなのかと思ってましたよ――!?」


 梓も負けじと言い返した。


「お前な――!!今まで散々助けてきたのにその言い草かよ!キライなやつの仕事代わりに受けるか!?首吊り現場にかけつけるか!?」


 そう言われると千寿はぐっとつまった。


「うっ・・・・それは・・・すみません・・・・」


(まあでも、俺も天邪鬼だったよな・・・)


 と、梓は思ったが、口にはださなかった。


「それに・・・私を出すなんて、お金かかりますよね・・・?いくら師匠に親代わりをたのんでも」


「ああ、かかるよ」


「それは誰が、まさか・・・」


「俺、って言いたいとこだけど。俺だけじゃねえ。あんたの元情人イロ、あと師匠・・・・それに菊染も」


「菊染も!?」


 内心面白くなかったが、梓はうなずいた。


「ああ、まあな」


 千寿はうつむいた。


「そんな・・・・・私、散々迷惑かけて・・・・そこまでしもてらう価値なんて・・・ないのに」


「うるせーよ。お前のためじゃねえ、俺のためにやってんだよ・・・・でも、一応聞いといてやる。お前、外に出たいか?」


 千寿の脳内に、さまざまな思いが飛び交った。


 さっき、これ以上は望まないと自分に言い聞かせたばかりなのに。心はたやすく梓の提案に傾いていた。


 千寿はまっすぐ顔を上げて梓を見た。


「・・・出たいです」


「よし、そうこなくっちゃ」


「でも、2人にかける負担はできるだけ少なくしたいです・・・私もありったけお金をかきあつめます」


「あ~、そういう細かい話はまた今度な。もう遅いし、ずっとここいたら怪しまれるだろ。もう戻って寝な」


「あ・・・はいっ」


 たしかにそうだ。ずいぶん話しこんでしまった。が、最後にこれだけは言わなくてはと口をひらいた。


「梓・・・」


「ん?」


「いつも、梓には助けられてばかりです・・・。私はまだあなたに何も返せてない。でも・・・ありがとう」


 フフンと梓は鼻で笑った。


「どう?少しは俺のことすきになった?」


 とたんに千寿はそっぽをむいた。


「もう!そうやっていつもふざけて」


「いや、俺は真剣だぜ?今までで一番」


 梓はゆっくり、しかし鮮やかな手つきで千寿を押し倒した。


「本当は今すぐ2回目をしてえよ?」


 千寿は当惑しながらも、なすがままだった。


 だから、梓は手を離した。


「でも、今のお前にいきなり次の男を選べってったって、無理だろ」


「え・・・・・」


 千寿の顔にかかる髪を、梓はやさしくかきあげた。


「だから、待つよ。ここを出てからゆっくり次をはじめればいい」


 その瞳の優しさに、千寿ははっとした。


(意地悪されたり、喧嘩したこともあったけど・・・・彼は、いつも私を助けてくれた。本当は、梓はずっと――)


「だから、今日の話はこれでおしまい。部屋に戻りな、千寿」


 負けた。完全に、一本取られた・・・・・。


 何が負けなのかはっきりとはわからないが、とにかく千寿はそう思った。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:584

女性向けレズマッサージを呼んでみた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:20

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:14

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,442pt お気に入り:139

わたしの愛する黒い狼

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:255

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:633pt お気に入り:387

処理中です...