ひどい目

小達出みかん

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大空を求めて(9)

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 3人が深い眠りについているころ。


「おら・・・・おきろっ、梓!」


 菊染は梓をたたき起こしていた。


「朝早いって言っといたろ!!」


 梓は寝ぼけてつぶやいた。


「やめろよ・・・松風~・・・・」


 菊染はキレた。


「ちげえよ!ふざけんな!ったくこんな大事な時に・・・・!」


「う~~~・・・わーったわーった・・・・」


 やっと目の前の相手を認識したのか、梓はもぞもぞと起きだした。


「お前、準備は済んでるのか?まさか荷造りもまだってことこはないよな・・・?」


 散らかった部屋を眺めて菊染めはあきれ返った。


「あー、大丈夫大丈夫、行こうぜ」


 梓はそのへんにおいてあった巾着をつかんで立ち上がった。


「それで全部かよ・・・おい、せめてまともな着物にきがえろ」


「・・・別にこれで大丈夫だろ」


「起きたまんまじゃねえか。そんな格好で外歩いてるやつなんかいねえよ・・・ったく」


 菊染は散らかった着物の中から無難なものをさっと選んで梓に着せた。


「お前、手ぇ早いのなー」


「感心してる場合かよ。」


「わりいな、もっと早く起きるはずだったんだけど、ハハ」


「あの・・・・梓さま」


 突然障子の影から声がした。梓と菊染はびくっとしてそちらを見た。


「ああなんだ、さよか。起こしちまったか?」


 さよが控えめに顔を覗かせていた。


「では・・・今日が出発なのですね」


「ああ。あとのこと、たのむな。俺の部屋のものはお前が一番に好きなの取れよ」


「・・・ありがとうございます・・・」


 さよはほほえんだ。寝起きの化粧をほどこしていないその顔は、薄い桃の花のように可憐だった。


「どうか、お気をつけて・・・・」


「ああ、お前も」


 ちょっとしんみりした空気が漂ったが、菊染めは自分の風呂敷包みを背負いなおして梓をせかした。


「さあ、行くぞ。やつに見つかったらやばいんだろ?」


「ああ」


 2人は足音を忍ばせて廊下へ出た。障子にすける行灯が、くらい足元をぼうっと照らし出している。今は夜明けよりいくらか前。遊女が客を見送って、または一緒に深い眠りに入っている時間。起きているのは不寝番の下男くだいだが、それにも出くわさず裏口までたどりつけそうだった。


「よし、なんなく出れそうだな。梓、アンタ禿たちに別れは言ってなかったのか?」


「あー、さよにしか事情ははなしてないけど、まあいいよ」


「いい加減な野郎だよ、まったく」


「だってみんな泣くだろー。そんなの・・・」


 小声で言いかけた梓はピタリと口を閉じた。菊染も足を止めた。


 裏口の玄関に、誰かが立っている。


(やっぱりな)


 誰かなんて顔が見えなくてもわかる。梓は腹に力を入れた。


「おい、どうすんだよ、みつかっちまったぞ」


 菊染が小声で言った。


「・・・正直、予測はしてた。ビクビクすんな。俺たちは何の悪いこともしてねえんだから」


 梓は忍び足をやめて、堂々と彼に近寄った。こうやって彼と対決することを、梓は心のどこかでは望んでいたのかもしれない。


「よお。早いな。夜明け前からごくろーさん」


 梓は軽い調子で声をかけて彼の脇を通り過ぎた。が、心の内ではめらめらと闘争心が湧き上がっていた。


 何と文句をつけられようが、俺は出て行く。それをしっかりこいつにわからせてやる。


 そんな梓を見て取ったのか、松風はフ、と笑って余裕のていで声をかけた。


「ごあいさつですね、梓。どこへいくつもりです?」


「はっ。わかってるくせに。外だよ」


 梓と松風は完全に向き合った。


「あなたこそわかっていると思いますが、梓。外へはいけませんよ」


「は!誰が決めたよ。灯紫サンは俺にも許可を出したぜ。出てっていいってな」


「彼女のいう事など関係ありません。あなたは残るのです、梓」


「・・・俺はこの6年の稼ぎをぜんぶお前にやった。その額は、俺を育てた分、おふくろの借金の分をきっちり上回ったぜ。それでも言うか?」


「なぜ、母親が借金をしたと・・・?」


 松風がいぶかしげにつぶやいた。梓はここぞとばかりに畳み掛けた。


「おふくろが俺を産むために借金したことも、その額も全部大見世の奴からききだしたよ。俺はその分、いやなんならそれ以上お前にやったんだ。だから出て行くぜ。今後二度と会うこともねえよ、あばよ」


 梓は菊染に目くばせした。2人は松風を無視して通りすぎようとした。


「待ちなさい、2人とも」


 松風は梓の腕をがっしりつかんだ。


「さわんなよ!」


 梓はそれを無理やり振り払った。


「わかんねえやつだな。俺はもうお前に借りを返した。これ以上、従う義理はねえ」


 菊染も加勢した。


「もう俺たち行くんで。通らせてくれませんか」


 松風は梓は無視し、菊染に言った。


「菊染、あなたは出ていいってかまいません。今黙っていけば、千寿を逃がした罪も目をつぶってあげましょう」


 2人は思わず動きを止めた。


「・・・・は?」


「千寿は関係ねえだろ!」


 内心ギクリとした2人を、松風はネズミをいたぶる前の猫のような目でながめた。


「3人で計画していたことなど、とっくにバレていますよ。私があなたがたの下手な嘘に本当にだまされるとでも?」


「くっ・・・何を根拠に・・・・!」


 だまされたフリをして、俺たちを泳がせていたのか。菊染は悔しさに手がふるえた。


「でもまあ菊染、あなたは良いでしょう」


 そんな菊染を見て、松風は唇の端だけ吊り上げて笑顔をつくった。


「もう一度いいます。今出て行けば、咎めはしません」


 ここでうかうかと乗る気など毛頭ない。しかし千寿に害が及ぶのも避けたい。だが・・・。結局菊染は思ったとおりのことを言い放った。


「俺は一人じゃ出ていかねえ。千寿と、梓と堂々と出て行く!あんたなんかに邪魔はさせねえ!」


 松風は腕組みした。


「あくまでシラを切るつもりですか・・・しょうがないですねえ、では」


 言いかけた言葉を、ふと松風はとめた。うしろから、なにやらドタドタ走ってくる音がする。


「ほら、あなた方が大声を出すから・・・」


 松風はふり返ってその人物を確かめた。そして酷薄な笑みを浮かべた。


「ちょうど良かった、主役の登場ですね」


 松風を無視して、梓は叫んだ。


「千寿、くるな!戻れ!」


 しかし千寿はそのままこちらへ来た。


「何を・・・もめているんですか。私のことですか、松風」


「千寿・・・誰の差し金か知りませんが、のこのこ来るとはいい度胸ですね。あなたのしでかした事はきっちり償ってもらいますよ」


 千寿ももちろんこの時間は寝ていた。だが梓をひそかに見送っていたさよが、この修羅場に気がついて千寿のもとへ走ったのだった。


 千寿は冷たい怒りを向けてくる松風を冷静に眺めた。

 実のところ千寿には勝算があった。筝琴はずっと千寿を探していたと言っていた。ならば梓が行動しなくとも、遅かれ早かれ夕那から話しがいき親元身請けされる可能性はあったのだ。ならば今回の身請け、なんの咎があるだろう。


 むしろ露見したらまずいのは、その費用を3人で捻出したこと・・・・そこだけなんとしてもいい逃れればこちらの勝ちだ。


 まずはどのくらい松風が知っているのか、知りたい。千寿はカマをかけた。


「・・・私が、何をしたと?何の証拠があるのですか」


「証拠・・・?ふん、あなたも世間知らずのただの小娘ですね。千寿・・・・いいことを教えてあげましょう」


 松風の口の端が上がり、目の端が下がった。千寿はその表情に思わず後ずさりした。笑んでいるはずなのに、その顔は不気味なお面のようだ。


 その表情で松風は言った。


「証拠など、どのようにでも作れるのですよ」


「・・・どういう・・・?」


 千寿はその言葉に首をひねったが、梓と菊染はさっと青ざめた。


「アンタ、何をした」


 菊染が聞いた。


「まあ、今にわかりますよ。千寿、あなたはここにとどまるのです。それ以外の方法はもうありませんよ」


 その余裕たっぷりの回りくどい言い草に、梓は悟った。


 松風は、千寿の罪を暴くためにどんな汚い手でも使うだろう。だとしたら真っ先に危ないのは――!


「てめえ、千寿の師匠に手ぇ出したな」


 その目は殺気立っている。しかし、松風はまた口の端だけ吊り上げた。


「そんな、ぶっそうな・・・」


 今まで冷静だった千寿が、うろたえて松風に問いただした。


「まさか、師匠に、何を・・・?!」


「今、あなたがじたばたした所でどうにもなりませんよ。返り討ちにあうだけです。ま、私はそれでも一向にかまいませんがね」


 それを聞いた千寿は盾も矢もとまらずその場からかけだした。


「お、おいまてよ、千寿!」


 飛び出した千寿を、菊染はあわてて追いかけた。薄暗い裏口に、梓と松風の2人きりになった。


「やれやれ・・・いったところで蜂の巣になるだけなのに。まったく浅はかな」


 首をふる松風に、梓は低い声で言った。


「・・・そうまでして、一体何が目的なんだよ。金なら十分、儲けただろ・・・なんで、」


 形勢が変わってしまった。最初は松風を出し抜く算段だったのに、こちらがつぶされかけている。なんで、いつも。こらえきれない怒りが、松風に対して噴出した。


「何でそこまで俺を放さないんだ?金以外の何を求めているんだよ!?」


 松風はだまっている。


「答えろよ!理由を教えろ。お前と母さんは兄妹だったんだろ?なのになんでこんな事するんだよ!何があったんだよ!?」


 梓は松風につめよった。


「・・・・そうですね、そろそろ、話しても良いでしょう」


 松風はちらと廊下に目を走らせた。


「誰が聞いていないとも限りません。部屋で話しましょう」

「じゃあ俺の部屋でな」


「いいでしょう」


 梓は松風をつれて、部屋まで引き返した。
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