ひどい目

小達出みかん

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大空を求めて(11)

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松風は、梓に語りながら水芽の面影を思い出していた。


「男の私は母の遊女が死んですぐ、下級の見世へ奉公へ出されました。奉公というと聞こえがいいですが、実質投げ売りされたのと同じでした。・・・あの時は、水芽を恨みましたよ。彼女が生まれたせいで、私はワリを食った、とね」


 そう、私は彼女を一生許さないだろう。その息子も逃がすものか。・・・・だが、そんな表情は露ほども出さず、涼しい顔で松風目の前の梓に話しを続けた。


「そのまま時がたち、彼女は見世の思惑どおりに人気の遊女になりました。ところがそんな人気絶頂のとき、彼女が私を訪ねてきたのです・・・。不審に思って話をきくと、子どもがおなかにいる、誰の子かわからない。こんな生き方はもういやだ・・・というのです」


 梓はすっかり松風の話しに夢中になっていた。松風は語りながら内心でほくそ笑んだ。松風の話をやすやすと信じ込むバカさ加減は、まったく母親ゆずりだ。


「そしてこの町で頼れるのは、唯一の肉親である私だけだと泣きつかれました。そこで私は・・・今では考えられないほどおろかでしたからね・・・彼女を連れて逃げようとしました。あとは、わかるでしょう?」


「・・・・お前も、足抜け経験者だったのかよ・・・」


 梓は信じられない思いでつぶやいた。


「私はつかまり、罰を受けました。私が仕置きで半死半生なのをいいことに、水芽は、すべて罪をかぶせました。彼が私を無理やりさらって逃げた、とね」


「そんな・・・うそだろ・・・」


「そして彼女はあなたを産んでのうのうと金持ちに身請けされることになりました。なので私は最後に、彼女に要求したのです。唯一に肉親に対する仕打ちがこれか、と。せめて誠意を見せろとね」


 そして松風は衝撃を受けている梓にとどめをさした。


「すると、彼女は、あなたを差し出して好きにしていいといったのです。育てればきっと稼ぐ子になるだろうと。うそでない証拠に、こうして証文もあります」


 松風はふところから古びた紙を取り出し、それを広げた。




「 この子どもを、松風のものとします

  私、水芽は今後一切この子に関わらないことを約束します 」

 

 急いで書いたものなのか、字は乱れて墨がところどころ跳ねている。梓は食い入るようにその書面を見つめた。


「これでわかりましたか?あなたは一生、私のものだという事が」


 勝ち誇って宣言する松風に、梓は何も言い返せなかった。


「さあ、そこで盗み聞きしている2人も!おとなしく出てきなさい」


 外で固唾をんでいた千寿たちはギクっとした。


「ど、どうしましょう、ししょ・・・・って・・・・・・!」


 千寿は隣をふり見て絶句した。


「いない・・・・!」


 師匠はいつのまにかいなくなっていた。


(自由すぎる・・・・!)


 頭を抱える千寿に、菊染が耳打ちした。


「きっと先生は何か腹があるんだ。だからここは時間稼ぎしよう。」







「ふん、そこにいるのはわかっていましたよ」


 座敷へ入ってきた2人に松風は冷たく言い捨てた。


「菊染、あなたもバカですね。とっとと逃げればよかったものを。もう目こぼししませんからね」


「ああ。おとといきやがれだ」


「松風、そんなひどい取引、今でも有効なんですか」


 千寿はできるだけ冷静に切り出した。今の松風の身の上話に、多少動揺していた。


「あなたに関係ありません・・・ま、いいでしょう」


 松風は小バカにして言った。


「世間知らずのあなたにも教えてあげましょう。この文書は、梓の母が、私に梓をくれたという証明なのです。2人の間の合意があるかぎり、この文書を破ろうが梓が抵抗しようがその取り決めは続くのです。それが証文というものなのですよ」


 千寿は反論した。


「でも・・・でも梓はものじゃない!人です!」


「だまらっしゃい。千寿、あなた自分の立場がわかっているのですか?いますぐ木に縛り付けてもいいのですよ、この間みたいにね」


 菊染は目で彼女を制した。そうだ、彼を逆上させてはいけない。あくまで時間稼ぎをしなくては・・・。千寿は神妙な面持ちを作った。このまま松風がしゃべり続けるよう仕向けなければ。


「それは承知しています・・・ですが、梓は借金はすべて返したと。それは事実なのでしょう?」


「困ったものですね、梓。あなたそんな話を吹聴してまわっていたのですか」


 松風は梓に矛先を向けた。その言葉が耳に入っているのかいないのか、梓は唇をかんでうつむしている。先ほどの話にかなりの衝撃を受けているようだった。


「誤解があるようですが、水芽は私に金など借りていません。あれは売れっ子でしたからね。出産費用は客に借りていたようですよ。どうせ話は聞いていたんでしょう?ならわかりますよね。彼の借金は、金ではないのです。」


 あんまりな言葉に、千寿はがまんできず再びくってかかった。


「そんな・・・そんなの理不尽です!それでは梓は一生、あなたの奴隷と変わらないじゃないですか!」


「何をおろかな事を。借りたものを返すまでは、自由がないのは当たり前のこと。遊女とて同じではありませんか。金に縛られた奴隷ですよ」


「では梓はいつそれを返すことができるのですか?どこまで稼いだら、あなたは彼を自由にしてやるのですか!」

 松風は黙った。それは不気味な沈黙だった。あせった菊染は再び千寿を止めようとしたが、間に合わなかった。



「それは本来なら、彼の母に返してもらうべきものではないのですか!?行って、その女性と交渉すべきです!梓にすべてを負わせるのは、どう考えてもおかしいです!」


 やばい、と菊染が思った瞬間、すばやい平手が千寿の頬に飛んだ。あまりの力に、千寿は畳の上に勢いよくたおれた。


「千寿!」


 菊染めが千寿を助け起こした。


「てめぇ!」


 それと同時に梓が松風につかみかかった。


 しかし松風はそれをあっさりかわし、逆に梓の足を払った。


「っ・・・」


 梓は体勢をくずし、手をついた。


「・・・・けんかの下手さは相変わらずですね」

 梓に馬乗りになった松風の横顔はぞっとするほど歪んでいた。千寿はその顔の上に口の裂け上がった般若を見た気がした。あまりの迫力に、千寿も菊染も動けない。



「なぜそう逃げようとするのです・・・?あなたを育てたのはこの私。もっと感謝すべきではないですか?」


「はっ!お前が親だなんて思ったこと、一度もねえよ。早く逃げたいって、そればっか思ってたぜ。お前が渚を殺した時からな」


 言い返す梓の言葉には、ありありと憎しみがこめられていた。


「渚・・・千寿・・・・なぜ・・・・」


 そう言い。松風は梓の首に手のばした。


「っ・・・殺すつもりかよ。ああ、やれよ。渚にやったようにな!」


 梓はなおも憎まれ口を叩いた。


「やめろっ・・・・!」


「梓!!」


 2人が止めようと走りよった瞬間、パン!と威勢よく襖があいた。


「そこまでだよ!」


 明らかに寝起きの灯紫と、その後ろには師匠が立っていた。


「まったく、朝からさわいでくれて。松風」


 灯紫は松風へ視線を向けた。


「とりあえず、梓から下りたらどうだい」


 並んでいる2人を見てすべて察したのか、松風は千寿を見て憎憎しくつぶやいた。


「私をハメましたね、千寿」


「おや、先に私をハメようとしたのはそちらでしょう。しかし・・・・あんな男一人でどうにかできると思われたとは。私も舐められたものです」


 千寿がこたえる前に、筝琴がそう言い返した。


「・・・結局こんなことになっちまって、すまなかったね。」


 灯紫はそう言いながら梓を助けおこした。


「たしかに早朝からお騒がせしましたが、足抜けしようとした彼を止めたまでです。灯紫様はどうぞ、部屋にお戻り下さい」


 松風は先ほどの事などなかったかのように落ち着き払って灯紫をけん制した。

 灯紫はそれを聞いてハアとため息をついた。


「梓に出て行ってもいいって言ったのは私だよ。だから、良いんだよ」


「なぜ、そのような事を?勝手をされてはこまります」


 松風は眉を寄せ、灯紫を問いただした。


「はぁ~~・・・・」


 灯紫は先ほどより盛大にため息をついた。だがこれも、自分の読みが甘かったせい。そう思った灯紫は意を決した。


「あんたの言い分は、今先生から聞いたよ。水芽との間で交わした証文があるんだろ」


「ええ。これは私と彼女の間の契約です。なので手出しは無用です」


 松風ははっきりと言った。


「あんたには、梓が出て行ってから穏便に話しを切り出そうと思ってたんだけどね・・・こうなっちゃ仕方ない」


 灯紫は懐から紙束を取り出した。


「これ、彼女からの手紙。私がごちゃごちゃ説明するより手っ取り早いから、読み上げるよ」


 一同がぽかんとする中、灯紫は読み出した。


「拝啓、灯紫さま。春もふかまってきましたこのごろ、いかがお過ごしでしょうか。

突然このように手紙を出す無礼をおゆるしくださいね。・・・最近、よくあなたと過ごした時間を思い出すのです。思えばあなたは、唯一の友でした。

私は今、死の床についています」


 そこで松風が身じろいだ。どんな手紙か悟ったらしい。


「男たち。ぼさっとしてないで松風をおさえていておくれ。逃げ出すかもしれないからね」


 筝琴が一番に動き、続いて梓、菊染ががっちり松風を包囲した。


「っ・・・うっとうしいですよ、お放しなさい」


 3人に抑えられては、さすがの松風も身動きできない。


「ダメだよ。こうなったからには、あんたにもしっかり聞いてもらうからね」


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