不滅の誓い

小達出みかん

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地上の星

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美しい母と可愛い娘達が笑いあっていたその時、男達は険しい顔を突き合わせて話し合っていた。


「毒が城内から見つかったと申したか」


 城内のシャルリュスの執務室。トラディスの報告を聞き終えた彼の目は、いつもより鋭い。


「城内ではありませぬ。ウツギの村と、外の山の中に自生しているのを見つけました」


「つまり、その毒の花はウツギのものなのだな?」


「はい。ウツギたちはシラを切っていたそうですが」


 シャルリュスはしばし考え込んだ。


「お前の兵士を数名借りるが、いいな?」




 知りたいが、知りたくない。そう思いながらトラディスは聞いた。


「どうぞ。ですが、何をなさるので?」


 シャルリュスの目が残酷に細められたのお見て、団長は思わず顔をしかめた。


(また…汚い方法を、思いつかれたのか)


 こういう時の彼は、王や自分が到底考え付かぬような策を立て、自分の思うとおりに事を進める。その手腕は鮮やかなほどだ。


 だがそれが実行されるたびに、トラディスは自らに問うことになる。「これで本当にいいのか?」「王に恥じることなく、この仕事をできるか?」と。

 そんなトラディスの内心には気が付いたのか気がつかぬのか、シャルリュスはにやりと笑った。


「なに、少し心当たりがあってな。大丈夫、悪いようにはせんよ。もしかしたら、一気にカタがつくかもしれん。協力者がいるので…な」


 それ以上、宰相シャルリュスは何も語らなかった。




 その日の昼。いつものようにセレンとシザリアは洗濯をしに城の裏庭へ向かった。ここには厨房の勝手口もあり、この時間は下働きの者や交代前の兵士などがたむろしている。いつもは誰がいようが黙々と手を動かすが、その時セレンの耳は兵士たちが何気なく話している内容にすいよせられた。  


「お前、大丈夫か。新兵にはきつい仕事だったな」


「…あの女は、一体なんなんですか」


「大きな声じゃあ言えないが…宰相様の、愛人の一人だよ」


 それを聞いて、セレンは血の気が引いた。彼女の面影が頭に浮かんだ。


「本当に、彼女は犯人ではないって…なのに牢に入れて拷問なんて」


 先輩らしき兵士は肩をすくめた。


「あの女が偽証する理由を、宰相様は知りたがっている。お前も聞いてただろ」


 若い兵はなにも言わず眉根を寄せていた。セレンは思わず2人のほうへ行こうとしたが、シザリアがとめた。


「まって、私達が聞いても、きっと彼らは話さないわ」


「でも、リンドウが拷問を…どうすれば」


 セレンは考えた。すると、シザリアが言った。


「大丈夫、いい方法があるわ」




 后様からの慰問品を渡すという名目で、セレンとシザリアは兵舎内にある牢へと足を踏み入れた。シザリアが巧みな話術で見張りの兵たちをひきつけている間、セレンは誰にも見咎められずらずリンドウの牢の前までいくことができた。リンドウは、セレンが閉じ込められていた場所よりずっと奥の地下牢に入れられていた。


「リンドウ、あなたですか…?」


 鉄格子の中にセレンは呼びかけた。

 だが、なんの反応もない。中にはベッドも何もなく、汚れた布にくるまった人の体がもののように投げ出されていた。もつれた髪でかくれ、彼女の顔はよく見えない。

 セレンは鉄格子の間に手を差し込み、必死でよびかけた。


「私です…!」


 すると、布の先からわずかに出た彼女の指が動いた。


「せ…れん?」


 その小さな声は、ひびわれていた。


「リンドウ…!やっぱりリンドウだ。大丈夫ですか、身体、うごきますか…?」


 リンドウはゆっくりと身体を起こした。


「ええ…なんとか…ね」


 彼女の顔は赤くはれ上がり、目元にも手足にも青黒い痣が見えた。ひどい暴行を受けたことは明らかだ。


「これ、もってきました、水と、包帯、あと食べ物…」


 彼女は震える手で水を受け取り飲んだ。それだけの動作でも、痛そうだった。


「…ありがとう…少し、落ち着いたわ…さあ、もう行って。見つかったら、大変…」


 過酷な目にあったにもかかわらず、セレンを見るリンドウの目は穏かだった。


「リンドウ…自分が犯人だとうそをついたのですか?ウツギの民を、救うためですか?」


 リンドウは小さくため息をついた。


「そう…よ。とっさに問い詰められて…ばかな事を言ってしまったわ。今回はあの方もだまされてくれなかった。今まで私、だましすぎちゃったのね」


 そういって淋しく笑った。たしかに、あの宰相の愛人をしながらアサギリの手先として働くのはかなり危険な綱渡りだったろう。その結果が、これか。

 セレンは奥歯をかみ締めた。なんとか、彼女を助けられないものか。


「多分、彼は私から真犯人の名を引き出したいのね…そのためなら、なんでもするでしょう…彼はウツギの人間を疑っているわ。アサギリのことも感づいているかもしれない…。この上もし、アジサイの存在も嗅ぎつかれたら…」


 その言葉にセレンはぞっとした。あの男は、まだこれ以上リンドウを苦しめるつもりなのだ。そしてその汚い手はアジサイにも迫っている。

 セレンの内に、今までイベリスに対して感じたものよりずっと強い怒りがわきあがった。


 リンドウがこんな目にあっていいわけがない。

 彼女はこれまで十分にひどい目にあってきた。その報いがこれであっていいものか。


 愛する夫と子どもと無理やり別れさせられたリンドウは、それでもウツギのためにと自分を犠牲にしていた。


 アジサイは常に民の事を思い、体も心もすべて捧げている。


 そんな、他人のために身を裂いて生きている二人は、突然目の前に現れたよそ者のセレンにも、優しい眼差しを向けてくれた。その優しさは、セレンの知っている優しさだった。


(そうだ…2人とも、同じだ…ミリア様と)


 かつて孤独の暗闇をさまよっていたセレンがミリア姫という光を見つけたように、彼女たちも常に誰かの「光」だった。


 その光は平等に、セレンのような者たちの上に星のごとく降り注ぐ。

 彼女たちは、荒れ果てた焦土を照らす地上の星だった。どんなに世界がひどくても、それを見上げるだけで、セレンは生きようと思えたのだ。


 その美しい光を隠すことはできない。独占することも、壊すこともできない。

 だが、消すことはできる…。命を奪うことによって。

 なす術もなく、邪悪な男の手で握りつぶされる彼女らを想像すると、セレンは腹の底が押しつぶされたように焦燥感にかられ、苦しくなった。


(だめだ、そんなこと…ぜったいに)


 セレンは鉄格子をぎゅっとつかんで言った。


「そんな事、させません!リンドウ、諦めないでください」


 そこではたと気が付いた。


「リンドウは…真犯人に心当たりは、ありますか?」


 彼女はうつむいて首をふった。


「わからないわ…とにかくアジサイやアサギリではないことは、確かよ」


「そうですよね」


 となると、犯人さがしに躍起になっているシャルリュスは、リンドウやウツギの民を傷つけるだろう。


(そうなっては、困る…)


「ミリア様も、あなたを心配しておられます。彼女から王に進言するよう、頼んでみます。犯人がウツギと決まったわけではないのだから、大事なこの時にむやみに人を苦しめることは控えるようにと」


 しかし、リンドウはうつむいて言った。


「いいえ、それより…セレン、私が犯人だと后様にいってちょうだい。噂が流れて私が処刑にされれば、ウツギの皆が無駄に苦しまずにずむわ」


 セレンは激しく首を振った。


「だめです、そんな事!リンドウはやっていないじゃないですか。諦めないでください!きっと、きっと助けますから…!」


リンドウは、セレンの必死の表情をみて、ふっと小さく息をもらした。それは疲れたようにも、笑ったようにも見えた。


「…わかったわ。でも、無理はしないで、セレン。あなたまで疑われては大変よ」


 そういってリンドウは傷ついた手をセレンの方へのばした。セレンはその冷たい手を取った。


「ああ、あたたかいわ…セレン。あなたの持つ力が、わかる」

 しみいるような口調でリンドウがつぶやいた。


「…アジサイにも言われました。私の力はこれだと」


 だがそれが具体的にどういう力なのかはいまだにセレンにはわからなかった。あるいは彼女たちだけに感じられるようなものなのかもしれない。


「ありがとう、セレン…あなたのおかげで少し、楽になったわ」


 リンドウはそっとセレンの手をはなした。


「リンドウは、どんな力を持っているんですか」


 セレンはふと気になって聞いた。


「私の力はね、あなたやアジサイのように、人の役に立つようなものではないのよ」


「そうなのですか」


「寝ているときにしか使えないの。夢を見るようなものね…さ、あなたはもう帰りなさい。あまりずっといては怪しまれるわ」


「リンドウ…必ず助けます。どうか強く気を持って」


 リンドウは胸にてを当ててセレンを見た。


「ええ、セレン。あなたに女神様の加護がありますように」




 セレンが行ってしばらくして、リンドウは石の床に横たわり、目を閉じた。


(あなたまでだましてごめんなさい、セレン…)


 だが、そうするより他ないのだ。


(私には、しがらみがありすぎるの…様々なところから伸びた手が、私をおさえて自由に身動きができない。だからセレン、若く自由で、力あふれるあなたに、このあとを・・・託すわ。あなたらなきっと、すべてを勝ち取れる。私ができなかったことを。私が自由になれるのは、夢の中でだけだから…)


 眠りに落ちる直前に、リンドウは身体を起こした。それは慣れ親しんだ感覚で、リンドウは肉の身体を床に横たえたまま、意識だけ宙へと解き放った。


(…ひどい姿ね)


 リンドウは上から自分の身体を見下ろした。身体中みにくい痣がうかび、美しかった顔は赤くはれ上がっている。


 が、どこか吹っ切れたような爽快な気持ちだった。そのまま牢をすり抜け、エリックのわきを通りすぎ、真冬の空へと飛んだ。


 冬の昼下がりは短い。もう空が暮れかけていた。美しい夕日の中、ウツギの村の方向を向いた。


(さあ帰ろう…あ、あれは)


 リンドウは兵舎の裏手から牢に入り込もうとしている人物に気がついた。


(やっぱり…きてしまったのね)


 会ってしまったからには、見過ごすことはできない。リンドウは空からふわりとその人物に急降下した。


(だめよ…入っては。あなたが傷つくだけ)


 リンドウは愛情をこめてそっと相手の頬を撫でた。常人であればそれを感じることはありえないが、相手は何か勘づいたらしい。はっとしてあたりを見回した。


(もう、無茶はやめて。お願い)


 相手は見えぬはずのリンドウをじっと見つめていた。その表情は悲しみととまどいがないまぜとなっていた。


(どうか…逃げるのよ。もっと広い場所へ。あなたは未来がある。達者で生きていてちょうだい。それだけが私の望みよ…)


 リンドウはそう告げて再びふわりと空中へ舞い上がった。この姿になれば、一瞬で行きたい場所へいける。


 次の瞬間、リンドウはウツギの村のなつかしい自分の家へと戻っていた。部屋の中で、労働から帰ってきた夫と娘が質素な夕餉の準備をしていた。


(私の…大事な、宝物)


 リンドウは微笑みながら子どもの顔をそっとのぞいた。

 別れたときは幼かった娘は、もうすっかり成長して年頃の娘になっていた。小さな手で料理をする娘と、娘のために炉に火を入れる夫の姿を見ていると、いとおしい気持ちがあふれ出した。


(ありがとう、あなた…苦しい生活の中、この子をここまで育ててくれて)


 愛するあなた。こんな事になっても、ずっと私のことを案じつづけてくれた。優しい人…。

 そして愛おしい宝、私の娘。この子の歩む人生はどうか、幸せなものであってほしい…。

 今まではずっと、こうして2人の姿を見ることを禁じていた。見れば、心がくじけて、生きることがいやになってしまいそうだったからだ。


(でも…今日はいいの。もう、さいごだから)


 しばらく2人を眺めたあと、リンドウは家をあとにした。

 アサギリやセレン、ウツギの民のためにもう一つ、大事な仕事が残っている。


(思えば、愛を2つ持ってしまった。それがこの身の不幸だったわ…)


 洞窟の奥に向かいながら、リンドウは思った。


(でも、それは本当に不幸だったのかしら?確かに辛い目にはあったけど、私には、命より大事なものを2つ得た。これに出会えて、愛することができて…よかった)


 そうだ。ずっと奪うことにばかり明け暮れて、大事なものにきがつかず、得られもしない人生よりは、ずっといい。そんな生き方は、淋しい。リンドウの脳裏にシャルリュスの姿がよぎった。今となっては彼に対しては恨みも憎しみも、ない。ただ可哀想だと思うだけだ。

 一の祠を通り過ぎたリンドウは、そこにアジサイがいるのを認めた。彼女は今夜も青く光る池のふちで全身全霊をささげ、祈りに徹しているようだった。


 ひざまずく彼女の白い横顔は薄く青い光で照らされていて、そのひたむきな表情には女神の息吹が感じられた。


 その姿は厳かであり、リンドウはしばし彼女に見いった。


「…?誰かしら」


 アジサイは何かの気配に気が付いたらしく、顔を上げた。


 今、彼女を煩わせたくない。そう思ったリンドウはさっとその場を離れ、より奥へ向かった。

 洞窟の最深部は、人の足では一日以上はかかるほどの距離がある。だが今の彼女にはすぐであった。


(ああ、ここだわ…)


 そこは、この地の深くに存在するウツギの「聖域」だ。

 巫女いがい、生きているときは、これない場所。ウツギの民の魂が帰る場所。リンドウは、その広大な空間を見上げた。


 まったく不思議で美しく、そして異様な場所であった。地下であるというのに、その空間は星の輝く夜の海のようであった。天上を見上げると、はるか頭上の岩盤で無数の翠玉が輝いている。地に広がる水面は、その輝きを映し、また溶け込んだ翠玉の成分により淡い水色に輝いていた。


 ただ海とちがうのは、中央に小島があるところだ。その島こそ、ウツギの民が真に祀っているものがある場所だった。

 その場に身体を浮かせた瞬間、リンドウは深い安らぎを感じた。


(ああ、よかった。ここに戻れて)


 安らかな気持ちで、リンドウは中央の小島へ降り立った。


(最初の、木…)


 そこには、石化した一本の木が祀られていた。

 はるか昔、故郷を追われてこの洞窟に逃げ込んだ人々がいた。傷つき生きつかれた人々は、その洞窟の中で青い光と出合った。

 その光に、生きる希望を見出した一族の巫女「スイレン」が、この湖に飛び込み命をささげた。

 すると、湖の中から小島が現れ、光り輝くこの木を人々に与えた。木にはまぶしく光る緑色の丸々とした果実がなっていた。

 その果実を口にした人々がウツギの始祖となった。彼らは女神となったスイレンと、彼女が与えてくれた果実である翠玉をまつり、生き延びて子孫をつなぐことができた。


 リンドウはその木のもとへそっと座った。


(どうか、ウツギの民を、今一度お守り下さい。もう身体を捨ててしまったから、何もささげられないけど――…)


 最後にそう祈り、リンドウは木を見上げた。


(これで、もういい、やっと楽になる―)


 リンドウみずから立ち上がり、輝く湖へふわりと吸い込まれるように、消えた。

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