不滅の誓い

小達出みかん

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トラディスとの対決

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トラディスの人生で、まちがいなく今日が最大の厄日だった。帰ってきたら国は傾き、陛下は倒れ、宰相は殺され、ミリアネスの2人の手下も取り逃がしてしまった。その上、予想通り夕刻になってトリトニアからの使者がやってきた。戦の交渉である。


 トラディスは、城壁の前に設けられた天幕で若い王子と共にトリトニアが遣わした使者を向き合っていた。使いは、軍人らしい壮年の男だ。


「会って頂き、感謝する。私はトリトニア大公、ガウラス様の使いとして参った、辺境部隊の副将、エメラウドと申す。さっそく訪ねるが、ミリア様はどうしておられる」


 男の眼光は鋭い。その隙のないふるまいから、踏んでいる場数の差をトラディスは感じた。だが、交渉の段階で負けるわけにはいかない。


「身柄を拘束している。が。むろん無傷だ。腹の子ともども」


「貴殿も知ってのとおり、姫はイベリスによる命の危険を感じ、祖国の父上に助けを求められた。来た当初も暗殺されかけ、常にイベリスで命の危険にさらされていたと聞いた。ガウラス大公としては、新しく興ったイベリス国と友好を結ぶために姫を嫁したのだが、イベリスはこれをどう釈明する?」


 トラディスは負けじと言い返した。


「暗殺の件は、陛下も同じ手口で毒を盛られた。捜査中ではあるが、このことはわびたい。しかし、もとはといえばそちらが仕組んだことではないか。そなたらは后を使ってひそかにウツギに軍事援助をちらつかせて手を組み、ジュエルを我が物にしようとした。それで友好とは、片腹いたい」


 が、エメラウドは動じた風もなく応じた。


「そうだ。だとすれば我々はすでにミリア姫を通じてジュエルを受け取っているはずだが、そんなことは一切ない。むしろ姫は、奴隷であるウツギの人々の惨状に心を痛めていたようだ。軍事援助を申し出たのが事実かわからぬが、彼らを助けようと思った姫の心に、罪はない」


 たしかに、ジュエルが横流しされた事実はない。姫とウツギの長の密会も、シャルリュスも死に、長も行方がわからない状態では証明しようもない。こちらが不利だ。エメラウドは続けた。


「このことについて、大公は遺憾に思っておられる。だが寛大なお方でもある。即刻姫を帰し、ウツギの奴隷を解放すれば、不問に処すと仰せだ」


 その言葉に、トラディスも王子も色めきたった。


「ウツギをよこせと、そなたは言うのか」


「いいえ、レオンハルト殿。よこせとは一言もいっておらぬ。開放すべきだといっている。ここトリトニアでは、奴隷制度は禁止されている。今まで目こぼししてきたが、イベリスも山を越えて西に来たのなら、こちらのルールに従っていただきたい」


「そして開放されたウツギを、まんまとそなたらは手にする、ということか!」


 怒るレオンハルトに、エメラウドはどこまでも冷静に答えた。


「自由になったウツギに対して、誰でも貿易の交渉をする権利がある。イベリスもそうすればいいだけのこと」


――詭弁だ。ウツギはすでに、ミリアネスによって懐柔されているとみていい。真っ先にトリトニアの庇護の下に入るだろう。そうすればイベリスの入る込む余地はない。なんと、巧妙で卑劣な手段だろうか。自分は手を汚さず、無傷で欲しいものを手に入れる…。まるで、シャルリュスの立てる策のようだ。トラディスは相手をまっすぐ見て聞き返した。


「もし、我々がその申し出を断れば?」


 エメラウドはトラディスの視線をまっすぐ受け止めた。火花が散るような瞬間だった。


「兵を挙げる。すでに駐在させているが」


 拳を握り締めるレオンハルトのかわりに、トラディスがこたえた。


「そちらの条件はわかった。王にお伝えし、判断を仰ぎ、会議にかけねばならん。時間がかかる。しばし待ってもらいたい」


「あいわかった。では、3日後に答えを聞きに来る」


 そういって、エメラウドは去った。


「トラディス、王は判断できる状態ではない。どうして…」


「その通りです。時間を稼ぐためにああ言った。戦も準備がいる。それにウツギの女長だ。彼女を捕らえることができれば、こちらの有利になるかもしれない」


「だがその女は、どこぞに消えうせたのかわからんのだろう?」


「おそらく、ウツギとの交渉に直接あたっていたのは、叔父上を刺した侍女だ。彼女を他捕らえて、吐かせなければ」


「しかし、どうやって捕らえる?」


「俺に、策があります」


 トラディスは立ち上がった。


「牢へ向かいます。王子は、陛下のそばについていてください」




 セレンは真夜中になるまで待って、兵舎の裏手へ向かった。表はぎっしり兵がつめているが、裏からなら可能性があるかもしれない。


(ミリア様を助け出した後は、すぐにイベリスを出て味方と接触しよう。そして大公さまを説得しなくては。兵を出すのをとめてほしいと…)


どう考えてもそれをセレン一人でやりおおせるのは難しい。だが、やらねばならない。


(兵士達は屈強だ。力では勝てない。いや、勝つ必要はない。ただ彼らの横をすり抜けて、逃げおおせることができればそれで)


 ミリア様がいるのは、おそらく一番奥の、リンドウが入っていた牢だろう。セレンはそう見当をつけていた。


(兵士達はおそらくカギはもっていない…カギやぶりの時間を稼がなくては)


 セレンは腰に下げた剣と、以前スグリにもらった細い針金、ハエの唐辛子袋を確認した。


(イチかバチかだ。ここで失敗すれば、私は殺され、ミリア様も…。だけどそうはさせない。バチにしてみせる、私の力で)


 探し回ってようやく見つけた開いている窓から、セレンは兵舎に忍び込んだ。

 建物の南翼から北へ移動し、セレンは地下牢の入り口の階段の前までたどり着いた。下りきった場所に、兵が一人つめている。セレンは足音を忍ばせて階段をおり、その背を狙って音も立てずに剣を振り下ろした。


「っ…」


 兵士は驚いた表情のままどさりと倒れた。セレンは振り返りもせずさっと石の廊下を抜け、牢の前を走り抜けた。速さが命だ。自分の攻撃に時間を割きたくはない。帰り道のために、剣が刃こぼれしないよう温存したい。セレンが妨害してこようとする兵たちの横をすり抜け、飛び越え、斬りつけてくる刃を交わし、風のように走り抜けていけば、誰もがおくれをとりセレンを逃がした。


(よし、あと少しでリンドウの牢だ…)


 ひときわ奥まったそこへようやくたどり着いたセレンは、目をむいて後さずった。


「お前が后を助けに来ることは、わかっていた」


 低いトラディスの声が、セレンの耳を打った。


「セレン、なぜ戻ってきたの!逃げて!」


 絹を裂くような声で、牢の中のミリアネスが叫んだ。その前に立ちはだかるトラディスが、剣を抜いた。


「お前は、宰相を殺した嫌疑がかかっている。大人しく捕らえられろ」


 セレンは剣を構えた。


「そこをどいて下さい、団長と戦いたくない」


 こんな風に再会するとは予想外だった。彼は怒りをこめた目でセレンをじっと見つめていた。そのまなざしを受けると、セレンの胸はなぜかぎゅっとしめつけられたかのように苦しくなった。


「…ならば、力づくで捕らえるまでだ」


 そう聞こえた瞬間、トラディスの白刃が矢のような速さでセレンに迫った。


「ッ――!」


 セレンはとっさに正面から刃を受けた。キンッと鋭い音がして、団長の刃はいとも簡単にセレンの刃を払った。セレンは大きく後ろへ跳んで避けた。


(正面から行くな…!力で勝てるわけがない!)


 力も剣の技量も、圧倒的に相手が上だ。セレンが勝つのはスピードと…策のみ。

 壁際に追い込まれぬよう、セレンは逆方向へ走りぬけた。ミリア様の姿が、鉄格子越しに視界の端をよぎった――そこへトラディスが刃を振り下ろした。トラディスのほうが、剣の到達する範囲が広いが、逆にゼロ距離ではセレンのほうが有利だ。遠くから近距離に目線を移すのに、一瞬の隙ができる。セレンは刃を間一髪ですり抜け、トラディスの懐に飛び込んだ。


 セレンが粉の袋をぶちまけたのと、彼の刃がセレンのわき腹に触れたのは同時だった。トラディスは粉を浴びながらも、セレンを捕まえようとその腕をふりかぶった


「っ…!」



 つかまれたセレンは、わき腹から血が出るのを無視し、剣を投げるように突き刺した。刃は団長の肩に刺さった。が、団長は体に力を入れてその刃を跳ね返した


(うそ…化け物…?!)

 セレンはそのまま、石の床に組み伏せられた。トラディスは詰め掛けた兵に向かって怒鳴った。



「おおい!こいつを、縛れっ」


 耳元の怒鳴り声と、わき腹の痛みでセレンは目がくらんだ。


(ダメ…小細工なんかで、勝てる相手じゃなかった…)


 体が燃えるように熱い。セレンは冷たい石の床と、団長の熱い体にはさまれたまま気を失った。


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