不滅の誓い

小達出みかん

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エピローグ

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 それからは、忙しかった。まずセレンはミリアネスとアジサイを連れて辺境伯のもとへ出向き、その後駆けつけた大公にすべての事情を話し、今後の取り決めを行った。ウツギの長と直々に商取引が成立し、ミリアネスの無事も確認できたので、大公は兵達を引き上げ、ミリアネスがイベリスに戻ることを許した。


「まったく、予想外の事の運びだが…おぬしらは上手くやったな。何も損害を出さずに、解決したではないか」


 最後にミリアネスの体を気遣い、大公は兵とトリトニアへ戻った。シリル王子亡き後、新たな後継者候補を他の領地の王子たちから選出しなければならず、大公も忙しいようだった。


 一方、トラディスも大変であった。ウツギの富を戦いもせずむざむざと取られてしまうのか。そう反抗する者も多かった。だがトラディスとレオンハルト王子はアサギリと共に今後のイベリスの展望を説いた。戦を回避し、これからは兵を育てるだけでなく、産業も育てていき、ジュエルに頼らぬ国を作っていこうと言う王子に、最後には誰もが異を唱えなくなった。


 セレンたちは新しい技術をウツギとイベリスに伝えるために、ベテランの銀細工の職人と、老舗のワイン農家の小作人を連れて帰った。それぞれ大公の紹介だ。帰ってすぐミリアネスはトルドハル王の看病に精を出し、王は容態を回復することができた。涙を流しながら謝るミリアネスに、王はこれでよかったと寛大に笑った。城に漂っていた暗いムードも一掃された。


 ウツギの村の柵は取り払われた。とはいっても、これまで支配するものと、されるものだった関係だ。大人たちは、そう簡単に打ち解けることはできない。だがハエ、改めカエデを初めとして、柵を取り払われた子ども達は自由に山と城壁を行き来するようになった。2つの民族の本当の交流が始まる日も近い。


 イベリスも新しい事業に着手し、ウツギも変わっていく必要がある。セレンとトラディスは帰ってからこっち、まともに顔を合わせる時間もないほど働きづめだった。そんなある日の夜、セレンは城の廊下でトラディスとすれ違った。セレンは彼に駆け寄った。


「どうですか?畑の開墾は」


 トラディスは立ち止まって、セレンを見た。


「ああ、皆張り切っている。だが、白霧山脈の土は、他の地とはだいぶ違っていてな…難航している。少なくとも夏までには、種を植えられればいいんだが」


「うーん、現場作業には、経験豊富な小作人に教わるのが一番と思ったのですが…農学博士のような人も必要かもしれませんね。私がスカウトしてきましょうか?」


 あれ以来、2人きりでこうして話すのは初めてだというのに、セレンは晴れ晴れとした顔で仕事の話をする。トラディスは肩透かしを食らったような気分になった。


「お前、帰ってきてすぐまた出かける気か。張り切るのはわかるが…俺との約束は」


 セレンはとたんに俯いた。


「誓っただろう。俺達は一つになるのだと」


 実は、このことはまだアジサイしか知らない。


「まさか、反故にする気ではないな?」


 トラディスが怖い顔になった。セレンはあわてて手を振った。


「そ、そんなわけないじゃないですか!」


 実を言うと、そのことばかり考えていたのだ。彼と今後、どうしていこう。セレンはあの家に引っ越そうか。いつにしよう。ミリア様にはどう言おう。シザリアには。婚姻の儀は、どうすればいいだろう…


 そんな事を考えているとまるで体が宙に浮いたような、軽い蒸気になってしまいそうな浮ついた気持ちになってしまい、その慣れない感覚にセレンは戸惑った。自分がちょっとどうにかしてしまったのではないかと思ったセレンは、その明るい気持ちをエネルギーに変換して仕事に精を出していた。実にはかどった。


「あの…団長」


「トラディスで良い」


「では、トラディス、その…実はまだ、ミリア様に言っていないのです」


「……やはり、お前、その気がないのか」


「ち、ちがいます!なんでそんな事言うんですか。私の気持ちは、あなたも…知ってるでしょうっ」


 慌てて弁解するセレンの顔は、赤い。


「ただ…あまりに思いがけなくて。私に…そんな人が現れるなんて。考えたこともなかったから。嬉しいのに、なんだか誰にも言い出せなくて。なんて言ったらいいか、わからなくて…」


 ずっと主に仕えて、人生をまっとうすると思っていた。死ぬときは、一人だと。それはトラディスも同じだった。実はトラディスもまだ、王に報告してはいなかった。…セレンと似たような理由だ。

 手を捻り合わせながらそれを言うセレンは、普段の彼女とちがって愛らしいとトラディスは思った。颯爽とした彼女も、自分だけに見せるであろうこういった顔も、どちらも同じに、好きだ。


(いや、後者に少しは軍配が上がるな…)


 トラディスは決心した。


「よし、今から言いに行こう。陛下と、后様に」


「ええっ!!」


 セレンは驚いた。


「善は急げだ。まず、陛下の部屋へ向かうぞ。后もそこか?」


「は、はい。ミリア様はこの先の陛下のお部屋に一緒におられますが…」


「では都合がいい、行こう」


 その強い意思に、セレンも覚悟を決めた。


「わかりました、行きましょう」






 一方、壁を隔てた部屋の向こうでは、シザリアが手を震わせてドアの隙間を閉じて振り返った。


「陛下、ミリア様!今から2人が来ましてよ…!」


「あら、やっとなの」


 ミリアネスはイスに腰掛けたまま、居住まいを正した。そのすぐそばのベッドに横たわる王は、微笑みを浮かべた。


「そうか、トラディスが、そなたの侍女と…。喜ばしいことじゃ」


「ええ。いつになるかとやきもきしていたのですが」


 シザリアが2人をたしなめた。


「ちょっと、お2人とも!ちゃんと驚かなくてはいけませんよ。あの二人は、ずっと隠していたつもりだったのですから」


 実の所、洞窟でトラディスと何があったのか、セレンが自分の口で言わないので、ミリアネスはアジサイから聞いて知っていた。セレンが生まれて初めて浮ついているのだが自分から言い出せずにいるのを、少し歯がゆく思っていたのだ。帰ってきてからのそわそわっぷりときたらもう、見ていられなかった。だがセレンが自分から言い出すのを、待っていたのだ。


「ええ、もちろん。盛大にお祝いをするわ。セレンが初めて、手に入れた幸せですもの」


 その時、コンコンとノックの音がした。嬉しさを含んだ緊張に、部屋は張り詰めた。




 ドアの向こうのセレンは、今までにないくらい緊張していた。


(ど、どうしよう…こんなことは、初めてだ。いや、もっとひどい緊張をしたときも、いくらでもあるのに…)


 セレンの震える肩に、トラディスが手を置いた。


「大丈夫か」


 二人はお互いの顔を見た。セレンはとたんにふっと力が抜けた。


「おかしいですね、私…あの洞窟で死ぬような目にあったというのに。こんな事で震えているなんて」


 少し照れたようにそう笑うセレンを見て、トラディスの胸の内は騒いだ。


(大それた誓いを立てておきながら…俺達はまだ、くちづけすらしていない)


 一瞬体がセレンのほうへ動きそうになったが、トラディスはぐっとおしとどめた。


(いいさ。これからいくらでも、時間はあるんだ…)


 幸せに慣れていないセレンと、孤独だったトラディス。だが彼の言うとおり、これからの時間はたくさんある。ドアのあくその一瞬、セレンとトラディスは未来に思いをはせた。


 発展していくイベリスとウツギ。玉座につく若々しいレオンハルト。日の光のしたで村人と話をするアジサイ。可愛らしい赤子を抱いたミリアネス。山を駆け巡るカエデと、2つの国の子ども達。そして…いつか、いつかセレンも自分の手に小さい誰かを抱くのかもしれない。


 セレンはトラディスを見上げて、微笑んだ。彼となら、かなえられる気がした。


 夢ではなく、現実に。 







  END

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