鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん

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初めての夫婦喧嘩

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その日一日、百夜はどこへ行ったのか、屋敷のどこにも見当たらなかった。しょんぼりする澪子を、ましろが慰めた。



「ダイジョーブ、ご主人サマ、戻ってクル。ソシタラ仲直り、スル」



 ましろは、澪子が手慰みに煮ている花豆を眺めながらそう言った。立ち上る匂いに、ましろは鼻をクンクンさせた。



「みおこ…コレは、一体?」



「花豆を煮ているんです。よかったら落花生の皮をむくの、手伝ってもらえますか」



「ウン!」

 

 ましろと澪子は向かい合って落花生の皮むきを始めた。しっとりした大粒の豆は、いかにも香ばしくて美味しそうだった。



「コレも、一緒に煮ル?」



「はい。花豆や落花生や小豆を一緒に煮て、最後に甘葛を加えれば、暖かい甘味になるんですよ…。そうだ、ここに先日煮た橘を加えれば、もっと美味しいかもしれません」



「ヨシ、持ってクル!」



 冬前にすべて実を取って、保存用に煮て保管してあった橘の壺を、ましろが棚から取ってきた。 



 とろとろ良い香りの鍋に、だいだい色の橘の葛煮を加えると、ふわりと爽やかな香りが立ち上った。



「いい匂イ…」



「橘を食べると寿命がのびるそうですよ。ましろさんも、どうですか」



 澪子はそうすすめたが、ましろは首を振った。



「ましろハ、匂いダケデ、満足…」

 

 目を閉じて匂いを感じる彼は、化け狐というよりは、普通の狐そのものだった。澪子はふと気になった。



「ましろさんも…妖なのですよね。きっと私よりも、長く生きるのですよね?」



 ましろは目を開けて、澪子を見上げた。



「みおこモ…長く生キタイ?」



 すばり心中を言い当てられて、澪子はふうとため息をついた。



「はい。その通りです…ねぇましろさん、人間が、妖になる方法とかって、ないのかなぁ…」



「ン…」



 ましろは困ったように黙り込んだが、ふと口を開いた。



「橋姫、清姫…みおこ、知ってイルカ?」



「え…?昔話の?」



「ソウダ。彼女らハ、ウラミやイカリで、鬼にナッタ」



「ああ…そんなお話ですよね。夫に裏切られて、怒りで鬼になったとか、蛇になったとか…どれも最後は、陰陽師やお坊様に退治されてしまうのですよね」



「恐ロシイ話」



 そこでふと、澪子の頭に疑問が浮かんだ。



「あれ?でも…それなら人間でも鬼になれる、という事ですか?」



「ソウダ。デモ…」



 ましろは一言一言語った。



「簡単ジャナイ。ウラミで鬼にナレバ、地獄デ罰を受ケル。コノ世デモ、退治サレル。」



 それを聞いて、澪子は肩を落とした。百夜は澪子が短命な事を憂いている。だからもしかして鬼になれれば、と思ったのだ。



「それだと、私が鬼になっても長生きできる可能性は…」



 ましろはぶんぶん首を振った。



「イケナイ。みおこは、橋姫、清姫ト、違ウ。ヤサシイ人間」



 強くそういうましろに、澪子はとりあえず礼を言った。



「…ありがとうございます」



「みおこハ、人間のママでイイ。人間のママ、長生きスル。健康、ダイイチ。ましろと、美味しいゴハンを作ル!」



 その発言に、澪子は驚いてから、強くうなずいた。



「はい…!ましろさんの、言う通りですね。長生きできるよう、がんばります」



 納得した澪子を見て、ましろは満足げにうなずいた。







 花豆煮を作り終えたはいいものの、百夜はどこへ行ったのか一向に帰ってこなかった。ましろと漬物など作って過ごしているうちに、すっかり夜になってしまいましろは寝所へ下がってしまった。

 自分の部屋でどうしようか考えているうちに、澪子もうつらうつらとし始め、はっと目覚めた時はすでに夜中だった。



(百夜様、帰ってきたかな…?)



 澪子はそろりと自分の部屋を出た。透廊を渡り、こっそりと川へ面した百夜様の部屋の方へと歩き出す。



(そういえば…百夜様の部屋へ入るの、初めてかも)



 屋敷で一緒に過ごす時には、いつも彼が澪子の部屋へと来るのだ。百夜の部屋の場所は知っていたが、始終彼は澪子と一緒にいるので、部屋を訪ねる必要がなかった。足を進めながら、澪子の胸に不安がよぎった。



(…帰ってきている、かな)



 もし帰って来ていても、まだ怒っていたらどうしよう。そう思いながら、澪子はそうっと部屋の障子を開け、中の様子を伺った。部屋には大きな机があり、その上には薬研やげんや乳鉢が所せましと広げてあり、いましも作業途中といった風だった。しかし中は灯り一つなく、部屋の主はまだ帰っていないのだと澪子は少しがっかりした。が、部屋を抜けた先の縁側に、静かに動く影がふと目に入った。



(あっ…百夜様)



 水面の上へ張り出したその縁側で、百夜は柱にもたれてひとり杯を傾けていた。大きなその器を干すたびに、彼の白い喉が上下する。そんなに飲んで大丈夫なのかと澪子は心配になった。が、彼は凍てつく冷たい風を気にする事もなく、杯を置いてふっと頭を上げ、空を眺めた。天に上った月の光が、彼の白肌を冴え冴えと照らし出している。

 まるでこの世の生き物とは思えぬその姿に、澪子しばし寒さも忘れて見入った。



「こんな夜は、月も凍るようだ…澪、あなたには寒いでしょう」



 とつぜん彼が振り向いたので、澪子はぎょっとした。



「百夜様…気づいてらしたのですか」



「ええ。あなたがとことこやってきて、そこを開けた時からね」



 百夜は立ち上がり、縁側へ続く障子を閉めて部屋へと入った。



「こちらへおいでなさい。今火を起こしますから」



 澪子は気まずさにうつむいたが、意を決して部屋へ入り、彼の前へ正座した。



「百夜様、今朝は申し訳ありませんでした」



「なぜ?謝らなければいけないのは私の方なのに」



「…私の無神経な物言いで、百夜様を…その、不快にさせてしまいました」



 澪子の言葉に、百夜はふうと気だるげに吐息をはいた。



「私は不快になったのではありませんよ…澪」



「そ、そうなのですか?」



「勝手に一人で悲しくなっただけです。」



 百夜は少し首を傾けて澪子から目をそらした。細い銀髪が肩へはらりと揺れ落ちた。



「私があなたを好きであるほどには、澪…あなはた私を好きではないのだ、改めて思って」



「そ、そんなことはありませんよ…!」

 

「否定することはありませんよ。だって、それが当然です。あなたはそもそも、望んでここに来たわけではないのですから。今あなたが隣にいてくれるだけでも、私には過ぎた幸福なのに…強欲な事です」



「でも…でも今は、私たちは夫婦ではありませんか」



 澪子が必死で口にしたその言葉に、百夜は諦めたように微笑んだ。



「ありがとうございます、澪…あなたは優しい人です。私がひとりぼっちで哀れだから、こうして一緒にいてくれる…いつも」



 何を言っても彼が聞く耳を持たないので、澪子は口をとがらせしゅんとした。



「私…私だって、百夜様の事が…す、すきです」



 意を決してそういった澪子に、百夜は肩眉を上げた。



「初めて好きだと言ってくれましたね」



 そういわれて、澪子ははっとした。



「あっ…わ、私、言っていませんでした?あのえっと、紅葉を見に行った時に…!」



「あの時は、ましろと同じで感謝しています、と言っていましたね。私を男として好きとは言っていません」



 澪子は慌て、思わず両手を頬に手をあてた。



「やだ…すみません、そういうつもりじゃなかったんですけれど…夫婦になったからと、すっかり言った気でいました…」



 そして百夜の手に、澪子は自分の手を重ねてもう一度ちゃんと言った。



「わ、私…百夜様のことが、好きです」



「へぇ…なぜです?」



 少し意地悪な声音で聞き返した百夜に、澪子はつっかえつっかえ答えた。



「ええと、私にご飯を作ってくれました…あの雑炊は、とても美味しかったです。こんな私に親切にしてくれました…それに」



「それに?」



「百夜様は、以前は自分は悪い鬼だったとおっしゃっていましたよね。でも…そんな事はなくて、きっともともと、百夜様は優しい鬼なのだと思います」



「それは違いますよ。澪。以前の私は本当の悪者でした」



「でも…後悔している、って百夜様は言っていましたよね。本当の悪者は、きっと自分のした事を悔いることなんて、ないと思います。百夜様はもともと、お優しい心を持つ方だったのですよ。」



 きっと澪子が食われて死んだとしても、叔父夫婦たちは後悔などする事はないだろう。だからこんなに深く後悔をしている彼が、澪子には痛々しく思えた。こんな彼が、しんから悪人であるはずがない。澪子は百夜を正面からまっすぐ見た。



「たしかにその時悪い事をしてしまったにしても、本来の百夜様は…絶対に、悪い鬼ではありません」



 言い切った澪子を見て、百夜は顔を歪ませて笑った。まるで泣き笑いのような表情だった。



「澪…ごめんなさい」



 百夜はすがるように澪の手をつかみ、そのまま澪の身体を抱きしめた。



「…つまらない意地を張りました。あなたに、私を好きだと言ってほしくて。本当に私は仕様もない男です。今日一日あなたを一人にした事を、許して下さいますか」



 澪子は困ったように微笑んだ。



「そんな…私は怒ってなんていませんよ。私の方こそ、ごめんなさい」



 百夜は、澪子の体を一層強く抱きしめた。



「あなたは…本当にすごい人だ。私は何度、あなたに救われた事でしょう…あなたに出会えて幸せでした。」



「そ、そんな…大げさですよ」



「いいえ。以前の私は、神も仏も信じていませんでしたが…今はすべて信じられます。だって私の前に、こうしてあなたが現われたのですから」



 その言いっぷりに、さすがの澪子も頭をひねった。彼がここまで感謝するような事を、自分がしたとは思えない。なぜ彼は、こんな事を澪子に言うのだろう?



(なんで…なんで百夜様は、私の事が好きなのですか?)



 最初と同じ疑問が、澪子の中に沸き起こる。けれど澪子は聞けなかった。彼がいつも漂わせているそこはかとない悲しみは、夫婦になって増したような気がするからだった。



 お互いの体を分け合ってもなお、彼の周りには細かい霧のように孤独な空気が漂っていた。澪子がいくら頑張っても、その霧を晴らすことはできない。常にその靄もや越しに彼を見ているという気がした。



なぜそんな悲し気なのか?夜中にひとりで何をしているのか?百夜は、何かを澪子に隠している。本心をすべて、澪子には言ってくれない。

 澪子を見るまなざしにはいまだに寂しい何かが含まれているのだ。たとえば楽しく遊んだ後の帰り道で、深く抱き合った後の褥で、百夜はひりつくような虚ろな悲しい目で澪子を見ている時がある。

澪子が気が付くと、彼は微笑みでそれを隠そうとする。が、四六始終一緒に居て隠しきれるはずがないのだ。



 彼の心の巣食う悲しみの正体は、いったい何なのだろう。相変わらず、澪子はそれをもどかしく思っていた。だが、それを無理やり暴くこともできなかった。



(きっと、私には言えないような事なんだ…優しい百夜様が、あえて言わないという事は)



 彼が言う気がないのならば、無理やりに聞き出すことなどできない。いつか、彼が自然と話してくれる時まで待とう。彼が、澪子を待ってくれているように。

 何度もしているように、澪子はそう自分に言い聞かせた。だけど一つだけ、彼に伝えておきたいことがある。



「百夜様、私は普通の人間です。でも、百夜様を助けたいと思っています。ただの人間だから、頼りにならないのはわかっていますが…。できることなら百夜様を、辛い事から守ってさしあげたい…」



 真面目にそう言う澪子の顔を、百夜は腕をゆるめて見下ろした。



「そういえば、あなたは巫女でしたね。ですが…私にとってあなたは女神です。唯一無二の」



 百夜は愛おし気に澪子の髪を撫でた。その声は少し震えていた。見上げると、その目は涙にぬれていた。



「百夜様…すみません、また悲しくさせてしまって」



「はは、すみません…今日はあなたを心配させどおしで」



 百夜は少し恥じるようにうつむいて、乱暴に目をぬぐおうとした。



「あ…だめですよ」



 彼の綺麗な顔を、そんな風に扱わないでほしかった。澪子は考える前に伸びあがって、彼の涙を自らの唇で拭った。



「澪…」



 澪子はそのまま、彼の唇に口づけをした。

いつも彼がするのをまねて、彼の内側へと舌を差しはさむ。



「んっ…ふ」



 彼は少し驚いたようだったが、澪子のされるがままに舌を受け入れた。外にいたからか、彼の中はすこしひやりとしている。彼から漂う沙羅の良い香りが澪子の鼻をくすぐった。ひとしきり口を合わせたあと、澪子は彼から顔を離して、そっと告げた。



「す、すみません…はしたない事を、してしまいました…」



 百夜は眉を下げて笑い、首を振った。



「いいえ…澪、あなたは本当に、良い子です…」



 彼は澪子の頬をなでながら言った。澪子はそこではっと花豆煮の事を思い出した。



「ましろさんと…花豆煮を、作ったんです。百夜様が返ってきたらお出ししようと思っていたのに…」




「それは嬉しいですね。今日はもう遅いから、明日一緒に上がりましょう」



「はい、百夜様…今日も一緒に、寝てくださりますか」

「ええ、もちろん」



 閨にて、澪子のすべらかな頬を寝かしつけるように撫でながら、百夜はつぶやいた。


「澪、あなたとこうして明日の話ができるのが嬉しい…それがどれだけ、尊いことか」



 その睦言は甘く低く、澪子を眠りへといざなう。澪子はいつしか目を閉じ、うつらうつらとしていた。



「ああ、私の命を、あなたにわける事ができればいいのに…」



 切なく絞り出されるように呟かれた最後の言葉を夢うつつに聞きながら、澪子は眠りについた。

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