鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん

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生き餌※(百夜視点)

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 その日は、秋のある日だった。二日酔いで痛む頭を抱えながら、百夜はどの果実が良いかじっと木々を選別していた。が、その時ふいに人の気配を感じた。百夜は木立の間を振り向いた。

 すると、霧の中をよろよろと歩く人間と目が合った。疲れ果て、ボロボロのようだった。百夜は興味もなく木々へ目を戻した。どうせ人間には、自分が見えないのだから。



だが。



「よかった…!あ…なたが、この山の…鬼、ですか…?」



 その娘はなぜか百夜の姿を見つけ、必死に百夜を見上げて問うたのだ。やせこけた頬に粗末な着物。貧相なその姿に反して、目だけがギラギラ光っている。とうとう自分の頭が狂って、こんな幻を生み出したのだろうか。鈍く痛む頭で百夜はそう考えた。



「お前…どこから来たんです」



「よかった…私は、ふもとの青井神社から使いで来ました。あなたが鬼ならば、どうぞこれを」



 娘は粗末な着物のたもとから書状を差しだした。百夜はまだ半信半疑でその書状に目を通した。すると、そこには驚く事が書かれていた。水と引き換えに、神社はこの娘を差しだすのだというのだ。



(この娘を、どうぞ喰ってください…だと?)



 たしかにこの山は水が豊かだ。百夜もそれに目をつけて居を構えたのだから。人間もそれを欲しがるのはうなずける。だが一点分からない事があった。



「水が欲しいのならば、勝手にとればいいものを」



 それを聞いて、娘は申し訳なさそうに言った。



「それが…この山は、人間が入ると迷ってしまって、水源までたどり着けないのです…それはきっと、鬼様のお怒りに触れるからだと、ずっと禁忌となっていました」



 なるほど人間にとって、この山は足が踏み入れられないようになっているのか。百夜自身は鏡に閉じ込められて人とは関われないというのに、用意周到なことだ。あの巫女は、よほどまた百夜が人を殺すことを案じていたのだろう。



「お前…なぜここに入れた?巫女の血筋か?」



「は、はい。私はあの神社の、娘です」



 それを聞いて、百夜はやっと得心がいった。あの巫女の子孫だから、鏡の中に入る事ができたのだ。



 幻ではなく本物の人間だ。百夜はじっと娘を見た。きっと本人は、内容を知らされていないにちがいない。それなら百夜を見つけて「よかった」などというはずがないからだ。



 捨てられたとも知らず愚かな娘だ。自分の運命を知ったらどんな顔をするだろう?百夜はいたぶるように彼女を見下ろして嗤った。



「この書状、お前を生贄として差し出すと書いてありますが」



 慌てふためくか、絶望して固まるか。そんな表情を期待して百夜はじっと澪子を見下ろした。が、娘は深々と頭を下げた。



「はい、どうぞ鬼様のお好きな様になさってください」



「…何を言っている?」



 驚いたのは百夜の方だった。自分から食ってくださいと歩いてくる獲物なんて、この世に存在するだろうか?



「だからその、どうぞ私を、食べてください」



 そう続けた娘に、百夜は眉をひそめた。



「お前、怖くはないのですか?言わされているのですか?」



 その問いに、娘は少し面食らった顔をしたが、素直に答えた。



「それは…怖いです。でも、ここで野垂れ死んで命を無駄にするよりは、鬼様に食べていただいた方が…と必死で歩いてきました」



「ふん…そんなにあの水が欲しいのですね」



「はい…神社にもう一度、水分をさせていただきたく、て」



「ではお前は神社のために、喜んで喰われるという気でいるのですか」



 娘は百夜を見上げて、こくんとうなずいた。その従順な姿を見て、百夜の心のうちに何かが沸き上がった。昔は人間と相対してもなにも思う事はなかったが、長い間の孤独が百夜を蝕み、変えてしまった。



(生贄―…この娘は、私に捧げられた。私が何をしても、かまわない…)



 何をしよう。とっさには思い浮かばなかった。だが胸の内が久々に沸き立つような感覚がした。人間が来たのだ。一人では、なくなった。

 誰かと言葉を交わすことすら、何十年ぶりかわからない。とつぜん目の前に放り込まれた生贄に内心混乱しつつも、百夜はうなずいた。

 

「…いいでしょう。ついてきなさい」



 そういうと、娘は安心したようにうなずいて百夜の後をついてきた。



 そして百夜は屋敷に澪子を連れ帰った。所在なげにたたずむその姿は、柳のように頼りなく、あの巫女のような強靭さは感じられない。が、彼女は意を決したように百夜の前に正座し、頭を下げた。



「どうぞ…私を、食べてください」



 そういわれて、百夜は逆に戸惑った。人間を喰ったことなどない。だがどういえばいいかわからず、冷たい無機質な声が口から出た。



「勘違いしないでほしい。私は人間など食べません。お前でもお前でなくても、人間はそれほど美味くない」



「…え?で、でも鬼様は昔、人間をたくさん―…」



 澪子は面食らったように百夜を見上げた。その顔を見て、百夜は嗤った。今さら隠すこともあるまい。



「食ってはいない。だが殺しはした。お前たちはいい材料になる―…人間の生き肝は、仙薬に使える」



 その言葉に、澪子はびくっと体をすくめた。その様を見ると、百夜はなぜだか愉快な気持ちになった。昔自分を虐げた兄の気持ちが、少しわかったような気がした。



(―…この娘を生かすも殺すも、私次第…他人の命をこうして握るのは、なるほど楽しさがあるものなのだな…自分がとても強くなったような気がする)

 

 そう思った百夜は、もっとその気持ちを味わうため澪子に迫った。



「お前の肝はどうだ、立ってみなさい」



素直に立ち上がった澪子の粗末な着物を、百夜は有無を言わさずはぎ取った。



「っ…!」



 澪子は思わず両手で体を隠した。その体はやせこけていて無残な有様だった。



「ふん…これはまたずいぶんと」



 百夜が目を細めてつぶやくと、澪子はその場でうずくまり、体を隠すようにして畳に手をついて頭を下げた。



「す、すみません…こんな、体で」



 それを聞いて、百夜は冷たい声で言った。



「隠すような体でもないだろう。立ってみなさい」



 そういわれて、澪子は体を縮こまらせて、両手で体を抱きながら立ち上がった。その下腹に手を当てると、澪子はびくっと腰を震わせた。



「…大した肝でないな。精力が弱い…。だが、生き肝は生き肝だ」



 百夜は指の爪でつっとその腹をなぞった。その行為に、澪子は可哀想なほど震えた。



「き、切って…取り出すの、ですか」



 その顔は蒼白で、唇は震えていた。顕著な反応が面白くて、百夜はさらに説明を加えた。



「そう、生きたまま」



 そう聞かされて、澪子は震えを止めるようにその唇をかみしめた。決心を固めるようなその顔に、百夜は意地悪に問いかけた。



「怖くないのですか?…相当な痛みを伴いますよ」



「…覚悟していた、ことです」



 澪子はそう言って目を閉じた。自分の運命を受け入れたその顔は、先ほどの怯えた顔とは打って変わって静かな神聖さのようなものがあった。その表情は、あの巫女の顔を思い出させた。



「ふん…」



 百夜は不快な気持ちになった。自分より力の劣る存在が、このように清々とした様を見せているのは面白くない。弱者は弱者らしく怯え震えていればいいものを。そう思った百夜は、胸を隠すように抑える澪子の手を無理やりはぎ取った。



「きゃっ…!」



 とたんに澪子は慌てて目を開けた。つかまれた片手を振り切ろうとするが、娘の細腕で鬼の手が振り払えるはずもない。



「はは、死ぬことよりも、胸を見られる方が怖いのですか」



 澪子の頬が赤く染まり、百夜を咎めるように見上げた。



「どうが、お戯れはおやめください…覚悟はできています、一思いに…」



 その目つきが気に食わなかった百夜は、澪子を乱暴に離した。畳に細い体が倒れる。



「っ…!」



「私に指図する気ですか。生贄の分際で」



「ち、ちが…」



 百夜はその体を組み敷き、心臓に手を当てた。苛立ちのままに相手を追い詰める。



「覚悟ができているなどというのは嘘ですね。お前の心臓はこんなに脈打って、生きたがっている」



 早鐘のように鳴るその上に、百夜は手を置いた。



「ひっ…!」



「お前の心臓は気に食わない。弱いくせに、逆らう気だけはある」



 小鳥を握りつぶすように、その乳房をぎゅうとつかむと澪子は体を震わせた。その怯えた表情は、長い事眠っていた百夜の欲望に火をつけた。



「決めた…お前の肝が私好みになるよう、しばらく調整してやりましょう」



「そ、それは」



 澪子の肩は再び震えていた。何をされるのかわからなくて怖いのだろう。百夜はその耳元で教えてやった。



「よい餌を喰わせて、薬も試す。だがまずは、お前の体の中の具合を見ます」



「や、やめ…っ」



「何を戸惑う。とりあえずは殺さないでやると言っているのに」



 百夜の声は弾んだ。これは久々に与えらえた生餌いきえだ。殺すも太らせるも自分次第。時間だけはたっぷりあるのだ。飽きるまで楽しんでから肝を取ってやろう。どうせ人間なんてすぐ死ぬのだから…。


 彼女の腕をつかむ。その肌は、温かく脈打っていた。


(生きてる…この娘は、生きているんだ。死肉ではない)



 眠る人間から肝を切り取るのとは全くちがう生々しい反応だ。



「お、おに、さま―…」



 おびえながらそう呟いた彼女に、百夜は言った。



「私の名は百夜だ。好きに呼ぶといい。お前が覚えていられれば、だがな――」



 そして、嗤いながら彼女の身体に覆いかぶさった。



(そう、これでしばらくは、退屈しない…)

 
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