エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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逃した魚

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 するとお客は言葉少なに、うつむいて答えた。

「……ドライブに出たかったのですが、越してきてから車をもっていなかったので」

 ドライブ? 運転をして出かけたいということだろうか。フィズは適当なあいづちを打った。

「なるほど、こちらに来られて間もないんですね。それなら、ここから街道を抜けて西側にドライブするのがおすすめですよ。少し走ると、海がきれいに見えますから」

 すると彼は、顔を上げてふたたびフィズをじっとみた。痛いほどに、その視線は切実だった。なんだか顔色も良くない。

「あ……ど、どうしました? お客様……」 

 若干動揺しながら聞き返すと、ちょうど女の子が釣銭と勘定書きをもって現れた。

「お待たせしました!」」

 フィズに受付の女の子、総出で見送られ、リッチなお客は帰っていった。

(徒歩か……こっちにきたばかりで車をもっていない、と)

 それでよく見もせず高級車をポンと買ってしまうのだから、大したものである。

(治療院の魔術師さま、かぁ……)

 そう思ったとき、フィズの中でふと、イリスのことが浮かんだ。

(あのイケメン魔術師、まさか……)

 ――金曜の夜、フィズは意を決して、イリスに言ったのだ。

「イリス、一緒に来てくれないか。また俺と……やり直してくれないか」

 イリスは驚いた顔をしたので、その時フィズは手ごたえを感じた。

「それにイリス、海にドライブに行くの、好きだったろう? また俺の車で一緒に、海辺の道を走ろうよ。毎週末……どこにでもイリスを、好きなところへ連れていくよ」

 フィズはさらにもう一歩、踏み込んだ。

「仕事は辞めたっていい! 続けたければ、治療院はどこでもあるし……」

 するとイリスは、すっと顔を上げて、穏やかに微笑み、しかしきっぱり言った。

「話してくれてありがとう。でも、行けない」

「どうして……」

「私はここでの仕事や、やるべきことがあるし、それにもう、フィズは私と一緒にいないほうがいいんだよ」 

「なんで。イリスだって、俺のこと好きだったろう? もしかして……もう付き合ってる奴がいるのか?」

 イリスは首を振った。

「いないよ。でもフィズ、異動はきっといい機会だよ」

 イリスはフィズに諭すように言い聞かせた。

「新しい環境、新しいチャンス……きっとフィズをもっと良い方向に変えてくれるような、新しい出会いがあるはず」

 ちっとも迷うそぶりなどなく、彼女の目は、どこまでも冷静で、そして優しかった。
 それを見て、フィズは悟った。

(ああ、イリスはもう……俺に未練みたいなもの、これっぽっちもないんだ)

 未練があれば、きっとこんな目はできない。

(ここで俺が粘っても……みっともないだけだ)

 フィズは数拍おいて――やっとふううと溜息をついて、うなずいた。

「わかったよ。そんなまっすぐ、言い切られちゃあな……」

 フィズは奢るといったが、イリスは割り勘を主張し、二人は一緒にお店を出た。

「自分を変える、新しい出会い、かぁ……」

 ぽつんとつぶやいたフィズに、イリスはうなずいた。

「そう。きっと新しい自分に成長できるような、いい出会いがあるよ。それにはたぶん、私みたいに、同い年で同じ立場の人間じゃなくて、うん、たとえば……」

 イリスは目を輝かせて言った。

「年上の人とかどう⁉ 尊敬できる女性の上司とか!」

 フィズはぶうたれた顔をした。

「あのなぁ、営業所に女の上司なんていないわ! おっさんだらけだよっ」

 治療院とは違うんじゃい、とフィズはまぜっかえした。

「あはは、そうかぁ……」

 笑うイリスを見て、ふとフィズは思った。

「……もしかして、年上の好きな人とかできた?」

 イリスはぎょっとしたような顔をしたあと――頬を染めて、全力で否定しはじめた。

「ないない! ちっ、違うから!」

 なるほどね――。一瞬すねたい気持ちになってしまったが、フィズはイリスの必死さに免じて、その感情を出すのはやめたのだった。

(でも、今にして思えば……!)

 営業所の事務所に引っ込み、フィズはひとつひとつ頭の中で確認をした。
 魔術師、今年きた優秀な人、そして年上の好きな人……イリスの言っていた言葉だ。
 さきほどはふわっとしていた符牒が、見事に線でつながった。
 ただの勘違いの可能性もおおいにあるが、彼女と一緒に過ごした数年の記憶と、営業のカンが告げていた。

 イリスには新しく、好きな人ができた。そしてその相手は――。

(あー、あーあ、なるほどね、そういうことかよー……)

 フィズはくっ、と唇をかんだあと、いっそ笑った。
 フォルティエチュードにイリスを乗せられる男に……

(勝てるわけ、ねえだろっ!)

 はぁ~、と深い深いためいきをついて、事務所の苦いコーヒーを飲み干し、フィズはメンタルリセットしようとした。

「くぅ……」

 ――逃した魚は大きかったが、せめて綺麗に終わらせることはできたのだ。そう思うことにしよう。

(立つ鳥、後を濁さず……イリス! イケメン魔術師とお幸せにな!!)




 セミも鳴かないほど暑い、8月がやってきた。
 イリスは家のカレンダーを見て、うぅ、と声にならない声を出した。

(……明日から、また東棟……スノウ先生の配属だ)

 そして、それと同時に、前回の行為から一か月たつ。つまり――

(……3回目、だ)

 イリスは無駄にドキドキしていた。

(い、一か月前のあの時から……直接には、あまり会ってもないから)

 配属される棟がちがうと、あまりお互い会うこともない。秘密の関係なのに、イリスから親しく声をかけるのははばかられるし、サイラスのほうも、普段イリスに用などないだろうから、1回メモをやりとりした他は、ほぼ没交渉であった。
 だから、今日からまた仕事で顔を合わせるのが、ちょっと緊張してしまう。

 ――どんな顔をして、朝行けばいいだろう。
 イリスはやきもき悩みながら、職場へと向かった。

(でも、先生のことだから、ぜんっぜんいつも通りなんだろうな)

 だからイリスひとりで、ドキドキじたばたしているのはなんだか滑稽だ。

(うん、よし、平常心、平常心……)

 そう思いながら、東棟のサイラスの研究室に足を踏み入れる。

「おはようございます、スノウせんせ……ッ⁉」

 ドアをあけると、いきなり目の前にサイラスが立っていたので、イリスはつんのめって尻もちをつきそうになった。が――

「っ、大丈夫ですか」

 その腕を、サイラスが支えてくれた。

「あ、ありがとうございます……すみません」

 イリスがどぎまぎしながら見上げると、彼はじっ、とイリスを見下ろした。

「……待っていました」
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