エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

文字の大きさ
20 / 43

ロディくん退院

しおりを挟む
 その紫の目は潤んでいてどこか切なげで――イリスの胸の中が、にわかに騒がしくなった。

(えっ……どういうこと)

 イリスが固まっていると、サイラスはぱっとイリスの腕をはなして、カルテに向き直った。

「今日はロディさんが退院する日ですので、その準備等おねがいします」

 そう言われて、イリスは嬉しいような、ちょっと拍子抜けしたような気持ちになった。

(な、なるほど。待ってたってそういうことね)

 内心を押し隠し、イリスは明るく言った。

「ロディくん、やっと退院できるまでに回復したんですね! よかった……」

 彼が治ったと聞くと、しみじみと嬉しかった。

(先生の薬のおかげ! 私が頑張って引き止めたかいがあるってものね!)

 一組の親子を、死の別離から救うことができたのだ。イリスは間接的ながらも、自分もその助けになれたと思うとうれしかった。
 きっと彼も、彼の母も喜ぶだろう。イリスはうなずいた。

「いますぐ行って、退院準備を手伝ってきてあげますね!」

 ドアを開けて、嬉しい気持ちでロディの元に向かう。
 その背中を、サイラスはただ、じっと見つめていた。



 

「先生、それに皆さん、うちの子が大変お世話になりました」

 たくさんの荷物が入ったリュックを嬉し気に背負ったロディの横には、母が立っていた。

「悪魔の蔓に嚙まれたというのに、まさかこんなに早く、こうして健康に戻ってこれるなんて……」

 母の声に鼻声が混じる。

「思ってもいませんでした……」

 彼女の涙を見て、イリスもじーんと目頭が熱くなる。
 これからロディは、家族の元に戻って再び一緒に暮らせるのだ。
 ――こんな幸せなことって、ない。

「よかった……私たちも本当にうれしいです」

 母親の隣で嬉し気にしていたロディが、ふとサイラスに歩みよった。

「ありがとう、先生のおかげで、僕……病気が治った」

 イリスはちらりと彼を見上げた。最後くらい、笑顔で見送ってくれるだろうか――と思ったが、しかしサイラスはいつも通りの冷静な表情で言った。

「私は仕事をしただけです。病気が治ったのは、私の力というより、あなたの頑張りによるところが大きいでしょう」

(おお、そっけなく見えるけど……遠まわしにロディをほめている!)

 イリスはなんだかわがことのように嬉しくなったが、ロディは目を丸くしていた。彼には褒められているということがわかっていないのかもしれない。

「そうよ、ロディもよく頑張ったわ。苦い薬をちゃんと飲んで、ひとりの病院生活にも耐えて。病気が治ったのは、薬だけでなく、ロディ自身ががんばったから、ってスノウ先生は言っているのよ」

 イリスがそう補足すると、母親もロディもうれしそうに、もう一度皆に礼を言った。

「さようなら、元気でね……!」

 ロディのことを見ていた助手たちと、サイラス、そして院長も総出で見送るなか、ロディは母に連れられて、病室をあとにした。
 研究室に戻って、イリスは深呼吸をした。まだちょっと感極まっていたのだ。

「ロディが治って、本当によかったですねぇ……」

「そうですね」

 言葉すくなに答える彼に、イリスはにっこりした。

「優しいんですね。ロディにあんな言葉をかけるなんて」

「……本当のことを言っただけです。彼は弱音も吐いていましたが、よく耐えていたと思います」

 ――サイラスはけっこう、よく人のことを見ているんだな。

(私の好きなものとか、ロディの頑張りとか、全部、言わないけど知っていたもの)

 イリスは改めて、そう気が付いた。

「先生って、すごいですねぇ」

 するとサイラスは、ぐっと言葉に詰まったような顔をした。

「ど……こが」

 その声が否定的だったので、イリスは素直に言った。

「薬を作れるだけですごいのに、患者さんの気持ちや行動も、ちゃんと見て理解していて。えらいなぁって思います」

 魔術師としての立場をかさに着て、周りに横柄に接する誰かとは大違いだ。

(……誰とは、言わないけどっ!)

 するとサイラスは、なぜかイリスから顔をそらしてつぶやいた。

「べ、別に……当たり前の、ことです。わざわざあなたに言われる間でもなく」

 その声は、少しそっけなかったが、早口で動揺を表してもいた。
 もしかして――ほめられて照れているんだろうか。
 ふふ、とイリスは笑いたくなった。

(スノウ先生は、律儀で誠実で――本当はすごく、優しいひと)

 たった2度寝ただけだが、イリスもそのことがなんとなくわかるようになってきた。
 たとえ子供相手でも、嘘やごまかしを言わずに接している。時に不愛想に思えるかもしれないが、笑顔で嘘をつくよりも、ずっと誠実な対応ではないだろうか。

(きっとロディのような子どもでも、接してくるうちに、先生の本性がわかってくるのね)

 午後の分の薬をチェックするサイラスの横顔を見て――イリスの胸の中に、なんだか今までになかった気持ちが湧き上がってくる。

(いい人……だな)

 それは、淡い好意。そして、尊敬する気持ち。その二つが合わさって、イリスの胸の中をかきまわす。

 いけない、このままじゃ、もっと大きな、別の気持ちになってしまいそう。

(好き……なのは、先生が、魔術師として尊敬できるから。別に、恋愛的な意味じゃない)

 イリスが必死に自分に言い訳をしていると、がらりとドアがあいて、サザフィールドが入ってきた。

「やあやあ、お疲れさま、二人とも」

「わ、院長。どうしたんですか」

 イリスが駆け寄ると、サイラスはちょっと嫌そうな顔をした。
 サザフィールドは苦笑しながら、持っていたテイクアウトの紙袋をドサドサと机に置いた。

「なに、差し入れだよ。そろそろランチタイムだろう。二人で食べておくれ」

「あっ、これ、街角ドーナツだ! いいんですかぁ!」

 思わず笑顔になってしまったイリスだったが、サイラスは冷徹に言った。

「私は行きませんので」

 ン? ドーナツいらないってこと? とイリスはサイラスを見たが、サザフィールドはやれやれと頭をかいた。

「まだ何も言っていないじゃないか」

「院長の考えはわかりますが……私は辞退すべきです」

 イリスは交互に二人を見た。

(なに? なんかもめてる……?)

 キョロついているイリスを見て、サザフィールドは首を振った。

「実は、ロディ君のためにサイラスが作った薬が、学会に認められて、賞をもらえることになったんだよ」

 イリスは素直にお祝いを言った。

「えっ、そうなんですか! たしかに、すごい薬ですものね。おめでとうございます先生」

「そう。サイラスが薬のマニュアルを作って送付したおかげで、すでにロディ君以外にもこの薬は使われていて、効果が出ているんだ」

 しかしサザフィールドはおよよ、とイリスに向かって溜息をついてみせた。

「けれどサイラスは、賞を辞退するというんだ。学会にも出ない、と……イリスくん、君からも彼を説得しておくれよ」

 あらまぁ、とイリスがサイラスを見上げると、サイラスはとても嫌そうな顔でハァ、と溜息をついた。

「な、なんですか。まだ何も言ってないじゃないですか」

 サザフィールドと同じことを口走ったイリスに、サイラスは淡々と言った。

「何を言うか想像はつきます。私は賞などという光栄に浴するような者ではありません。それは院長もご存じでしょう」

 その表情は硬く、院長はあえてそれ以上何も言わなかった。

「ランチタイムにお邪魔して悪かったね、それじゃあ」

 心なしか寂しそうに彼が出て行ってしまって、研究室はちょっと気まずい沈黙に包まれた。

(あ~……スノウ先生、怒ってるかな……?)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

処理中です...