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第14話 再びバード戦車長と
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トゥルルルルル――。耳に当てた通信機が甲高い音で鼓膜を震わせる。ジョンはデレクと相談し再びバード戦車長と連絡を取ることになった。ビンセントの戦車はもともと強かったが、今ではその上にランディの戦車の残党が加わったのだ。寄せ集めの子どもたちが付け焼刃の技術で戦って敵う相手ではない。だから、バード戦車長と同盟を組んで一緒に戦おうと考えたのだ。
うるさい音がプツリと途切れ、代わって通信先の気配が音になって耳の中を漂っていく。
「ジョンか?」
バード戦車長の声が問いかけてきた。体が強張る。
「はい……」
応じる声が少し上ずった。
バード戦車長はジョンの態度から不穏なものを感じ取ったらしい。張り詰めた真剣な口調で、
「何かあったのか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
ジョンは頭の中を整理した。バード戦車長が自分の様子へ耳を傾けているのを感じる。数秒後にジョンは再び口を開いた。
「デレクたちと、ビンセントの戦車と戦おうって決めたんです。その方がやみくもに大人の戦車を相手にするよりいいだろうって。でも、あの人の戦車はすごく強いから、ぼくたちだけじゃ太刀打ちできません。それで……できるなら戦車長とぼくたちとで一緒に戦えないかなと思って」
通信機のジーという機械音の織りなす沈黙が心臓に響く。戦車長は一体何を考えているのだろう? その不安がゆっくりとジョンの心を食んでいく。
「また随分とリスクの高い申し出だな」
戦車長の言葉はジョンの胸をえぐった。そう、大変なことを言ってるんだ。断られて当然なことを。
「分かってます。でも――バード戦車長に協力してもらえなかったら、勝ち目はないんです。勝ち目がなくても戦うしかないんです。デレクはそのつもりです。そんなことになったら――」
「誰もやらないなんて言ってないだろ」
ジョンは驚いてぐっと息をのみ込んだ。続けて、心に温かいものが注がれてくる。
「協力はするさ。オレが言ってんのは、ビンセントの戦車はお前らが考えてるよりずっと強いってことだ。最近になって、あいつは二台目の戦車を手に入れた。負かした戦車の兵士をどんどん取り込んでるから兵勢もすごいもんだ。おまけにお前らが追っ払ったランディたちも加わって、二台に分かれても、一台で十分なだけの勢力がある」
喜びもつかの間、冷たい虫の群れが背筋を這い登っていくような悪寒に襲われた。彼らがやろうとしていることは、想像なんかよりもはるかに危険なことだったのだ。
「でも、ぼくたちも二台で戦えばなんとかなるよね?」
すがるような気持ちで言った。もちろん、とはっきり言葉にしてもらえたら、どれほど安心できるか。そんな答えは返ってこないと分かっていたけれど。
「難しいことは間違いない。けど、絶対に無理って訳でもないぞ。なんとか二台を分断して、ビンセントのいない方の戦車から叩けば勝てるかもしれない」
「でも、分断するって、どうやって?」
「奴らは昼間は別々に行動してる。見晴らしがいい分、不意打ちの危険が少ないからな。逆に夜は二台揃ってることが多い。だから昼間にオレらが上手いことビンセントの戦車の無線機を妨害して連絡が取れないようにしておけば、お前らがもう一台を叩ける」
「でも……妨害なんかしたら戦車長たちの居場所がばれちゃうんじゃ……」
戦車長から以前聞いたことがある。ノイズによる妨害は強力な電波を放射するため、自分の位置を知らせるに等しい。それで滅多に行わないのだと。しかし、今、戦車長の声に曇りはない。
「大丈夫だ。うまく隠れておく。そのために砂色の戦車に乗ってんだ」
でも――。再び出かかった逆接をジョンは喉の奥に引っ込める。簡単なことではない。それはお互いに分かっている。けれど「大丈夫」だと言うのは、ジョンを、ジョンたちを、後押しするためだ。「大丈夫」の本当の意味は「頑張れ」なのだ。
「本当にありがとうございます」
バード戦車長の耳当たりの良い大らかな笑い声がすとんと心に落ちてくる。
「気にするな。オレたちも料理長の敵を取りたいからな」
それから戦車長は声を低めた。
「トミーももう少し待ってりゃ、敵討ちができたかもしれないのにな」
「え⁉」
思いがけない発言に、口をついて声が出ていた。
「どういうこと? トミーはいないんですか?」
戦車長のため息が聞こえたような気がした。
「ああ。戻ってきてすぐに、いろいろ話してな。あいつも最初はこの戦車にとどまるつもりだったらしいんだが、料理長が最期に遺灰を故郷に届けてほしいって言ってたって話したら、すぐに届けるって聞かねえんだよ。料理長の故郷はかなり遠いが、戦車はスピードがないからな。一人でバイクで行っちまったんだ。」
気持ちがぐっと萎んでいくような感覚になって、ジョンは自分がトミーとの再会を楽しみにしていたことを知った。
「一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あいつは十歳の頃までずっと砂漠で一人だったんだ。サバイバル能力はオレよりずっと高い」
「はい……」
息をつくと同時に、小さな風穴が空いたみたいに、微かに心が寒くなった。
うるさい音がプツリと途切れ、代わって通信先の気配が音になって耳の中を漂っていく。
「ジョンか?」
バード戦車長の声が問いかけてきた。体が強張る。
「はい……」
応じる声が少し上ずった。
バード戦車長はジョンの態度から不穏なものを感じ取ったらしい。張り詰めた真剣な口調で、
「何かあったのか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
ジョンは頭の中を整理した。バード戦車長が自分の様子へ耳を傾けているのを感じる。数秒後にジョンは再び口を開いた。
「デレクたちと、ビンセントの戦車と戦おうって決めたんです。その方がやみくもに大人の戦車を相手にするよりいいだろうって。でも、あの人の戦車はすごく強いから、ぼくたちだけじゃ太刀打ちできません。それで……できるなら戦車長とぼくたちとで一緒に戦えないかなと思って」
通信機のジーという機械音の織りなす沈黙が心臓に響く。戦車長は一体何を考えているのだろう? その不安がゆっくりとジョンの心を食んでいく。
「また随分とリスクの高い申し出だな」
戦車長の言葉はジョンの胸をえぐった。そう、大変なことを言ってるんだ。断られて当然なことを。
「分かってます。でも――バード戦車長に協力してもらえなかったら、勝ち目はないんです。勝ち目がなくても戦うしかないんです。デレクはそのつもりです。そんなことになったら――」
「誰もやらないなんて言ってないだろ」
ジョンは驚いてぐっと息をのみ込んだ。続けて、心に温かいものが注がれてくる。
「協力はするさ。オレが言ってんのは、ビンセントの戦車はお前らが考えてるよりずっと強いってことだ。最近になって、あいつは二台目の戦車を手に入れた。負かした戦車の兵士をどんどん取り込んでるから兵勢もすごいもんだ。おまけにお前らが追っ払ったランディたちも加わって、二台に分かれても、一台で十分なだけの勢力がある」
喜びもつかの間、冷たい虫の群れが背筋を這い登っていくような悪寒に襲われた。彼らがやろうとしていることは、想像なんかよりもはるかに危険なことだったのだ。
「でも、ぼくたちも二台で戦えばなんとかなるよね?」
すがるような気持ちで言った。もちろん、とはっきり言葉にしてもらえたら、どれほど安心できるか。そんな答えは返ってこないと分かっていたけれど。
「難しいことは間違いない。けど、絶対に無理って訳でもないぞ。なんとか二台を分断して、ビンセントのいない方の戦車から叩けば勝てるかもしれない」
「でも、分断するって、どうやって?」
「奴らは昼間は別々に行動してる。見晴らしがいい分、不意打ちの危険が少ないからな。逆に夜は二台揃ってることが多い。だから昼間にオレらが上手いことビンセントの戦車の無線機を妨害して連絡が取れないようにしておけば、お前らがもう一台を叩ける」
「でも……妨害なんかしたら戦車長たちの居場所がばれちゃうんじゃ……」
戦車長から以前聞いたことがある。ノイズによる妨害は強力な電波を放射するため、自分の位置を知らせるに等しい。それで滅多に行わないのだと。しかし、今、戦車長の声に曇りはない。
「大丈夫だ。うまく隠れておく。そのために砂色の戦車に乗ってんだ」
でも――。再び出かかった逆接をジョンは喉の奥に引っ込める。簡単なことではない。それはお互いに分かっている。けれど「大丈夫」だと言うのは、ジョンを、ジョンたちを、後押しするためだ。「大丈夫」の本当の意味は「頑張れ」なのだ。
「本当にありがとうございます」
バード戦車長の耳当たりの良い大らかな笑い声がすとんと心に落ちてくる。
「気にするな。オレたちも料理長の敵を取りたいからな」
それから戦車長は声を低めた。
「トミーももう少し待ってりゃ、敵討ちができたかもしれないのにな」
「え⁉」
思いがけない発言に、口をついて声が出ていた。
「どういうこと? トミーはいないんですか?」
戦車長のため息が聞こえたような気がした。
「ああ。戻ってきてすぐに、いろいろ話してな。あいつも最初はこの戦車にとどまるつもりだったらしいんだが、料理長が最期に遺灰を故郷に届けてほしいって言ってたって話したら、すぐに届けるって聞かねえんだよ。料理長の故郷はかなり遠いが、戦車はスピードがないからな。一人でバイクで行っちまったんだ。」
気持ちがぐっと萎んでいくような感覚になって、ジョンは自分がトミーとの再会を楽しみにしていたことを知った。
「一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あいつは十歳の頃までずっと砂漠で一人だったんだ。サバイバル能力はオレよりずっと高い」
「はい……」
息をつくと同時に、小さな風穴が空いたみたいに、微かに心が寒くなった。
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