ザ・マジック・クラ―ウィス~魔法の鍵で異世界へ~ アルファポリス版

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一章 少年は英雄の夢を見る

少年は迷宮に挑む

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 迷宮門ダンジョンゲートを潜り抜けた先はどこかの通路だった。床や壁は凹凸の無い石材でできており、年季は感じるが想像していたよりも小綺麗な印象を受ける。また、通路には等間隔に松明が設置され、視界も確保されている。

「ここが迷宮ダンジョン……」
「はい、ここからはいつ魔物が襲い掛かってくるか分かりません。常に警戒を怠らないようにしましょう」

 エミリーの言葉に僕とグレイは頷いた。
 グレイを先頭に、僕、エミリーと続く。歩くこと数分、前方からこちらへ向かってくる気配を、【気配探知】によって感じ取った。僕は即座に武器を抜き、二人に声を掛ける。

「敵が前から来るよ! 数は四匹!」
「っ了解!」
「了解しました!」

 声を掛けてから五秒程で魔物たちが姿を露わにした。松明の光に照らされた姿は小さな鬼、【鑑定】を使い、魔物の情報を見る。
 魔物の名は“ゴブリン”、LVは2と僕よりも大分低い。下腹がぽっこりと浮き出た緑色の小鬼ゴブリンは涎を撒き散らしながら突進してきた。

「ははっ! かかってこいよクソ小鬼ゴブリン共がっ!」

 拳を構えたグレイが小鬼ゴブリンの群れの中に突貫する。エミリーは即座に後方から補助魔法をグレイに掛けた。

「【ウインドブースト】」

 グレイの身体に緑色の光が宿り、グレイの動きが目に見えて速くなる。
 小鬼ゴブリンがその手に持った粗悪な短剣をグレイ目掛けて振り下ろした。グレイはそれをステップで躱すと、斬りかかってきた小鬼ゴブリンの脳天を砕いた。続けざまに隣にいた小鬼ゴブリンの腹を蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばされた小鬼ゴブリンは壁に打ち付けられ、血反吐を吐いてその場で絶命した。

 すごい……。僕よりも動きが素早いし、ただ突っ込んでいるように見えてしっかりと状況を把握している。今も……。

 背後から斬りかかってきた小鬼ゴブリンの攻撃を振り返らずにひょいと避けると、裏拳を小鬼ゴブリンの顔面に叩きつける。一瞬で三匹の小鬼ゴブリンを倒し、その光景を目の当たりにした最後の一匹が背を向けて走り出したかと思うと、グレイはいつの間にかゴブリンの退路を塞いでいた。

「おいおい、どこにいくつもりだ、よっ!」
「GUGYAAAAAAAAッ!?」

 あっという間に四匹の小鬼ゴブリンを片付けると、グレイはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべてこちらに戻ってきた。

「いやあ、やっぱり上層の魔物だと弱すぎるよな~。もう少し下の魔物なら、上層でもそこそこ骨があるんだろうけどさ」
「凄いねグレイ。あっという間に小鬼ゴブリン達を片付けちゃったよ」
「これくらいジンにも出来るんだろ? 悪いな、なんか俺だけで戦っちまって」

 頭を掻きながらグレイが苦笑を浮かべた。別に気にすることはないと伝えると、グレイは「次はジンにやらせてやるからな」と笑顔で答えた。

 僕達はそのまま歩き去ろうとしたが、ふと倒したはずの小鬼ゴブリン達の死体が消えていることに気が付いた。辺りを見まわしたがその姿は見えない。

「ねえ、小鬼ゴブリンの死体が見当たらないんだけど……」
「ああ、そうですよね、ジン君はこれが初めての迷宮ダンジョンなんでしたね。小鬼ゴブリンの死体が見当たらないのは迷宮ダンジョンに吸収されたからなんです」
迷宮ダンジョンに吸収される……?」

 初めて聞いたことだ。
 エミリーは続けて説明してくれた。
 どうやら迷宮ダンジョンに出現する魔物は外にいる魔物と違って核となる魔石を持っていないために死んだらその場で消えてしまうらしい。消えた魔物は迷宮核ダンジョンコアに還元されるとのことだ。
 迷宮ダンジョンの魔物というのはその全てが例外なく迷宮核ダンジョンコアから生成される。だから迷宮ダンジョンに吸収されると言われているらしい。

「へえ……」
迷宮核ダンジョンコアがあるのは迷宮ダンジョンの最深部ですから、迷宮核ダンジョンコアに近づけば近づくほど、深い階層になるほどに出現する魔物も迷宮核ダンジョンコア
 の影響をより濃く受けた、強力な魔物になっていくんですよ」

 なるほど……。エミリーの話はためになるなぁ……。
 僕がエミリーから説明を受けていると再び【気配探知】に反応があった。さっきよりも数は多く五匹。

「また来るよ!」

 それだけ言うと僕は前に出る。さっきグレイは次の魔物は僕に任せると言っていたので存分にやらせてもらおう。
 僕は“マギア・インディクム”を抜き放つと、片手で構えた。武器を構えてから数秒後、魔物が姿を現した。相手は先程と同じ小鬼ゴブリン。僕は視界に小鬼ゴブリンが映った瞬間に駆け出した。

「っふ!」
「GUGYAAA!?」

 剣の間合いに入った瞬間に小鬼ゴブリンを斬る。小鬼ゴブリンの身体が斜めに両断され、その場に崩れ落ちる。僕はそのまま歩みを止めず、駆けながら二匹のゴブリンを連続で両断した。
 すると背後から小鬼ゴブリンが斬りかかってきた。同時に、前方にはこちらに弓を構えた小鬼ゴブリンの姿が見える。
 背後から振り下ろされた短剣を回避しながら僕は魔法を唱えた。

「【ファイアーアロー】」

 炎の矢は弓をつがえた小鬼ゴブリンの頭を貫き、一撃で絶命させた。それと並行して、僕は“マギア・インディクム”を背後から斬りかかってきた小鬼ゴブリンの心臓に突き刺した。

「ふぅ……。これで五匹か、確かにあんまり歯ごたえ無い相手だね」

 僕は刀身に付着した血を払うと剣を鞘に納めた。

「いやあ、やっぱりジンの動きは凄かったな!」
「はい、とてもかっこよかったです!」
「そ、そうかな?」

 手放しに誉められ、思わず顔を赤らめてしまう。再び隊列を組みなおした僕達は、通路を歩きだした。

 ♢♢♢

 何事も無く、順調に魔物を倒し続けて進んでいくと道が三つに分かれる分帰路が現れた。それを見つけると、グレイとエミリーは怪訝な顔を覗かせる。

「……なあ、エミリー、この分帰路って確か道が二つだったよな?」
「はい……。この分帰路があるということは上層の丁度真ん中辺りでしょうけど、私もこの分帰路は二つだったと思います」

 それまでにも分帰路は何度かあったが、経験者のエミリーとグレイの案内でスムーズに進むことが出来ていた。別に道を間違えたとしても行き止まりになっているだけなので、さしてそこまでの問題はないらしいけど、やっぱりスムーズに進めた方がモチベーションが上がると思う。
 グレイとエミリーは何やら話し合うと、頷き合った。

「ジン君、この先はこれまでとは違って用心した方がいいかもしれません。本来この分帰路は二手にしか分かれていないはずなのですが、三つ目の道が現れています。恐らく迷宮変異ダンジョングローリアだと思われます」

 迷宮変異ダンジョングローリア、アレクから聞いたことがある。迷宮ダンジョンは生きている。そのために極稀に構造が変化することがあるという。それが迷宮変異ダンジョングローリアだ。

 ただ内部構造が少し変化するというだけであればそこまで問題は無い。だが、迷宮変異ダンジョングローリアによって新たに生成された空間には強力な魔物や悪辣なトラップが仕掛けられている。代わりに希少な物品アイテムが必ず手に入るという魅力はあるが。

 僕達はここまで何の障害も無く簡単に辿り着いてしまった。そして現れた迷宮変異ダンジョングローリア。僕達は少し浮かれていたのだ。
 本来であれば迷宮変異ダンジョングローリアを発見した場合、一度戻り準備を整えてから挑むのが定石だ。でも、僕達は疲弊していなかったことも相まってそのまま進むという選択をしてしまった。
 この時の僕達の中に、その判断を止める者はいなかった。

 新しく生成された通路もこれまでのものと何ら変わりはない。強いていうならばこれまでとは異なり、等間隔に設置されていた松明が消えたことだろうか。
 代わりに僕の火属性下級魔法【エンバース】を使って明かりを確保した。

「まだ変わった様子はありませんね」
「いや、そうでもないみたいだぞ」

 グレイはそう言うと拳を構える。一体何を……? そう思っていると、突如【気配探知】に反応が現れた。反応が現れたのは僕達の目の前。
 突如迷宮ダンジョンの地面を破って現れたのは僕達とさほど大きさの変わらない、巨大な蟻の魔物だった。名は“アキドゥスアント”、LVは14と僕とさほど大差ない。真っ赤な瞳と黒光りした甲殻が特徴的な巨大な蟻の魔物だ。

「KISYAAAAAAAAA!」

 耳をつんざくような甲高い絶叫。それに呼応するように地面が膨れ上がり、さらに六匹の酸蟻アキドゥスアントが姿を現した。
 ダラダラと垂れる涎が地面に零れ落ちると、涎が垂れた迷宮ダンジョンの地面がドロドロに溶けだした。

「アキドゥスアントか!? こいつ等は確か、中層に現れる魔物のはず……っ!」
「【ウインドブースト】、属性付与エンチャント【ウインド】!」

 身体に緑の光が迸り、僕とグレイの武器に風が纏わりつく。背後からエミリーの声が飛んだ。

「二人共っ、来ますよっ!!」

 三匹の酸蟻アキドゥスアントをグレイが、残りの四匹を僕が引き付ける。酸蟻アキドゥスアントは酸を撒き散らしながらこちらへ突進してくる。突進を回避し、反撃しようと剣を構えるが、別の酸蟻アキドゥスアントの酸が行動を阻害して思うように動けない。

「っ! それならっ!」

 四方から飛散する酸を避けながら、僕は一匹の酸蟻アキドゥスアントに狙いを定める。

「【ファイアーボール】っ!」

 火球が飛び出し、酸蟻アキドゥスアントを炎で包み込んだ。

「KISYAAAAAAAAA……」

 轟々と炎の音を散らしながら酸蟻アキドゥスアントがその場に崩れ落ちた。これで残りは三匹、さっきよりは飛び散る酸も避けやすくなった。
 これなら……!

「はぁっ!」

 酸蟻アキドゥスアントの首を目掛けて剣を振り下ろす。断末魔を上げることもままならずに酸蟻アキドゥスアントが倒れた。これで残りは二匹。
 心なしか、先程よりも撒き散らす酸の量が増え、またしても僕は酸蟻アキドゥスアントへの接近を躊躇せざるを得なくなってしまった。
 その時――。

「ジン君避けてっ!」
「っ! っあああぁぁっ!! っぐっ……!!」

 突如背中に焼けるような痛みが走る。背後を見ればいつの間にかグレイが戦っていた方の酸蟻アキドゥスアントの数が増えていた。僕のすぐ後ろには酸蟻アキドゥスアントが佇んでいた。多分、グレイの方にいた酸蟻アキドゥスアントの内の一匹が僕の方にやってきたんだろう。
 僕は即座に飛び退くと、あまりの激痛にその場に片膝をついてしまう。

「【ヒール】っ!」

 即座にエミリーの回復魔法が僕にかかり、背中の痛みがすぅっと抜けていく。それでも体を動かすたびにずきりと痛む背中に顔が歪む。

「ジン君、大丈夫ですかっ!?」
「な、何とかね……。エミリー!?」

 いつの間にかエミリーの背後に回っていた酸蟻アキドゥスアントの首を切り落とす。幸いなことにガレスさんから貰ったこの剣の切れ味が凄まじいおかげで酸蟻アキドゥスアントを一撃で屠れる。

「ありがとうございます、ジン君」
「気にしないで。まだ、敵は残ってるからね」
「はいっ!」

 僕は再び前線へと駆けだした、すれ違いざまに一匹の酸蟻アキドゥスアントを頭から尻に掛けて裂く。絶叫をあげて倒れる酸蟻アキドゥスアントに目もくれず、残りの一匹の元へ一直線に走り抜ける。

「KISYAAAAAAAAッ!!」

 撒き散らされる酸、僕は脚に力を込めると一気に酸蟻アキドゥスアントに接近した。

 スキル【瞬歩】を獲得しました。

 酸蟻アキドゥスアントの懐に潜り込むと手首を返し、思い切り酸蟻アキドゥスアントの身体を切り上げる。緑色の血を溢れさせ、返り血を多量に浴びながらも僕は酸蟻アキドゥスアントを片付けた。

 息を吐く間もなく、隣のグレイの方へ視線を向けると、三匹の酸蟻アキドゥスアントと激闘するグレイの姿が目に入る。
 加勢しようと、先程手に入れたばかりのスキル、【瞬歩】を使おうとするとグレイが身体に炎を纏い、一瞬で酸蟻アキドゥスアントの元に近づき頭を吹き飛ばしたかと思うと、再び姿を消し、もう一匹の酸蟻アキドゥスアントが爆散した。次の瞬間には残りの一匹の酸蟻アキドゥスアントの懐に潜り込んでおり、体を伸ばしながら拳を振り上げ、最後の一匹も片付けてしまった。

 全ての酸蟻アキドゥスアントが倒れ、安堵の気持ちが溢れてくる。ほっと一息ついていると、先程まで孤軍奮闘していたグレイがその場に膝から倒れ落ちた。

「グレイっ!?」

 僕が慌てて駆け寄り、手を貸そうとするとグレイが自分の手で僕のことをそっと離した。足を震わせながらも壁伝いに立ち上がるとグレイは息を荒げさせながらもニカッと僕に向けて変わらない笑みを見せた。

「俺なら大丈夫だ。それよりもジン、本当に悪かったっ!」

 倒れそうな体でグレイは僕に向けて頭を下げた、僕が何のことか分からずに困っていると後ろから走ってきたエミリーが急いでグレイに【ヒール】を掛ける。
 先程に比べて顔色のよくなったグレイは再び僕に頭を下げる。

「俺が討ち漏らしたせいでジンが酸蟻アキドゥスアントの酸を背中に受けた……っ! 一歩間違えていればジンに治せない程の傷を負わせていたかもしれねぇし、最悪全滅してたかもしれねぇ! 本当に悪かった!」
「グレイ……。分かった、謝罪を受け取る、その上で僕はグレイのことを許すよ。失敗は誰にでもある、それに傷だってエミリーが治してくれたし今回は何とかなった。だから、この失敗を次に繋げよう」

 そっとグレイの肩に手を置くと、グレイは感極まったような顔でがばっと抱き着いてきた。僕の首元に水滴が零れ落ちた。

「悪い……! ありがとうっ……ジン……」
「うん」

 後ろから合流したエミリーが声を掛けた。

「良かったです……何とかなって」
「うん。でも、これ以上進むのはやっぱり危険だ。ひとまず引き返そう」
「そうですね、ジン君、私からも謝らせてください。迷宮変異ダンジョングローリアの道へ進もうと言い出したのは私とグレイです。そのせいでジン君には怪我まで負わせてしまいました……。本当にごめんなさい……」

 ぷるぷると肩を震わせながら、拳を握り締めてエミリーは深く頭を下げた。グレイが僕に何かを言おうとしていたけど、それよりも早く僕はエミリーに声を掛けた。

「エミリー」

 僕が声を掛けるとエミリーの肩がびくりと跳ねる。
 気にせず僕は続けた。

「それを言うなら、さっき進むと言われたときに賛同した僕も悪いんだ。だから責任は皆にあるってことでいいでしょ?」
「ジン君……」

 顔を上げたエミリーは目尻に涙を浮かべながら僕の左胸に飛び込んできた。右にグレイ、左側からはエミリーに抱き着かれながら、僕は苦笑いを浮かべた。
 その様子を見かねてか、空気を和らげるためか、僕に向けてアレクが話しかけてきた。

「案外そこの二人は大人を装っておるが、中身はまだまだ子供だな。それに比べてジンはまるで保護者だなッ!」
「僕だって子供だよ。でも、どうしてかな、この二人がいるって思ったら不思議と怖いと思わなかったんだ」
「そうか」

 僕が何も無い所に話しかけていたためか、二人が怪訝そうに僕のことを見つめていたので、「何でもない」と言うと、来た道を辿って僕達は分帰路を目指して歩きだした。
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