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それは甘酸っぱい、
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目の前で幸せそうにお菓子を頬張る佐藤千夏(さとう・ちなつ)を、高橋雅也(たかはし・まさや)は呆然と見つめていた。
一限目が終わって早々、彼女はお腹が空いたと言って鞄の中からお菓子を取り出すと、それを食べ始めたのである。その光景は毎日の事であり、雅也はもう慣れてはいるが、よくも毎日そんな甘い物を食べられるな、と半ば感心しながら千夏を見ていた。
「何?」
「いや……。お前ってホント甘い物好きだよな」
「大好き!」
満面の笑みで言いきる彼女に、雅也はただ、呆れたように相槌を打つ。そんなに食べてよく太らないものだ、と少し視線を下に向け、一体どこを見ているのだろうかと直ぐに視線を元に戻す。彼女は気付いてはいないようだ。
「そういえば、君って料理できるの?」
「何、突然」
何かを思い付いたかのように、突如彼女に話を振られる。出来ないわけではないけど、と答えると、彼女は続けてお菓子は作れるかと聞いてくる。その時点で、その後に何を言われるのかは大体予想は出来たが、作れない事もないと答える。
「じゃあさ、今度ケーキ作って!」
「なんで」
「私が食べたいから」
不満そうに聞けば、にっこりと笑ってそう答える。
その笑顔に、頼みを聞いてしまいそうになったが、心を鬼にして断る。つもりだったのだが、何故かそのまま言いくるめられ、結局ケーキを作る約束をしてしまった。
帰宅した雅也はすぐさま、母が持っているケーキのレシピ本を手に取る。母の趣味がお菓子作りで良かったと心底思いながら、彼女が好きそうな物がないかと探す。
生クリームはあまり甘くない方が好きで、チョコレートを使ったものは物にもよるけれどあまり好きではない、と彼女は言っていた。基本的にチョコレートの甘さは好きではないらしい。甘ければ何でもいいわけではないのだな、と思いながら、小さなサイズで作れそうなものを探す。
あまり大きな物は持って行くのに困るからだ。
「お、これ良さそう」
「あら、彼女にでもあげるの?」
丁度良さそうなものを見つけ、小さく呟くと、いつの間にか後ろにいた母親にからかわれる。
そんなんじゃないと否定し、材料を買うために出掛けようとしたが、それに必要なものは大体家にあるから必要ないと言われてしまった。夕飯を食べた後にでも作ろうと、とりあえず材料を確認することにした。
夕飯を終え、家族がテレビを見ている後ろでケーキを作り始める。小さめの型にバターを塗り、薄く薄力粉をつけ、常温にしておいた卵をボールに入れ、泡立てる。
そうこうして焼き上がったスポンジの粗熱を取りながら、どうやって持って行こうかと考える。何か小さめな箱があればいいのだけれど、と何か丁度良い物はないか探していると、母親が「これを使いなさい」と、丁度いい大きさの箱をくれた。
「おー、サンキュー」
「ふふ、頑張りなさい」
微笑みながら居間へと戻って行った母親の後姿を見ながら、何か勘違いされているのではないだろうか、と考える。あまり考えても無駄か、と思いながら、作業を続行した。
*
「ん」
「え?」
翌朝、学校に着くと、いつもよりも早く来たのにもかかわらず、そこには既に少女の姿があった。
軽く挨拶を交わした後に荷物を机の上に置き、鞄の中に入れていた小さな箱を取り出すと、それを彼女に突きつける。
彼女は不思議そうに箱を見つめ、しかし、直ぐにそれが何なのかを理解したらしい。
「うわーホントに作ってくれたの? ありがとー」
「どういたしまして」
嬉しそうに笑いながら言う千夏に、顔が熱くなるのを感じながら自分の席に着く。
目の前では、さっそく千夏が箱を開け、中に入っていたケーキを見ている。
「うわー、可愛いー」
食べるのがもったいない、なんて言いながら、その顔は早く食べたくて仕方がないといった顔をしている。
記念に、と言って携帯で写真を撮った後、ケーキに一口、齧り付いた。
「んー、美味しー!」
「それは良かった」
本当に美味しそうな顔をする彼女に、自然と笑みが零れる。小さなケーキはあっという間に彼女の胃袋の中に収まってしまった。
「美味しかったー。また作って!」
「気が向いたらな」
笑顔で言う彼女に、嬉しい気持ちを抑えながらもぶっきらぼうに答える。
すると、千夏は少し考えるような仕草をした後、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、付き合ったらお菓子作ってくれる?」
「……何言ってんの? 冗談はよせよ」
本当に何を言っているのだろうかと思いながら、付き合ったら、という言葉に一瞬でも嬉しく思ってしまった自分が恨めしい。
「わりと本気だけど?」
「え?」
それは自分に好意を抱いているということなのか、それともただ単にお菓子が食べたいだけなのか。
その真意を聞こうと思うよりも先に、彼女が冗談だけど、と言って笑う。
「あ、そろそろ先生来るね」
そう言って前を向いてしまった千夏と、そのまま机に伏せてしまった雅也。
冗談だと分かっていても、少しだけ期待してしまった自分が恥ずかしい。顔は熱を帯びているという事実が、その恥ずかしさを増幅させていた。
帰宅した雅也の携帯に届いた、彼女からのメール。
「今度二人で美味しいケーキ食べに行こう」
そう書かれたメールの、ただ一緒に遊びに行こう、と言っているだけなのであろうそのメールの内容に、雅也は再び、恥ずかしいような嬉しいような、そんな気持ちになっていた。
一限目が終わって早々、彼女はお腹が空いたと言って鞄の中からお菓子を取り出すと、それを食べ始めたのである。その光景は毎日の事であり、雅也はもう慣れてはいるが、よくも毎日そんな甘い物を食べられるな、と半ば感心しながら千夏を見ていた。
「何?」
「いや……。お前ってホント甘い物好きだよな」
「大好き!」
満面の笑みで言いきる彼女に、雅也はただ、呆れたように相槌を打つ。そんなに食べてよく太らないものだ、と少し視線を下に向け、一体どこを見ているのだろうかと直ぐに視線を元に戻す。彼女は気付いてはいないようだ。
「そういえば、君って料理できるの?」
「何、突然」
何かを思い付いたかのように、突如彼女に話を振られる。出来ないわけではないけど、と答えると、彼女は続けてお菓子は作れるかと聞いてくる。その時点で、その後に何を言われるのかは大体予想は出来たが、作れない事もないと答える。
「じゃあさ、今度ケーキ作って!」
「なんで」
「私が食べたいから」
不満そうに聞けば、にっこりと笑ってそう答える。
その笑顔に、頼みを聞いてしまいそうになったが、心を鬼にして断る。つもりだったのだが、何故かそのまま言いくるめられ、結局ケーキを作る約束をしてしまった。
帰宅した雅也はすぐさま、母が持っているケーキのレシピ本を手に取る。母の趣味がお菓子作りで良かったと心底思いながら、彼女が好きそうな物がないかと探す。
生クリームはあまり甘くない方が好きで、チョコレートを使ったものは物にもよるけれどあまり好きではない、と彼女は言っていた。基本的にチョコレートの甘さは好きではないらしい。甘ければ何でもいいわけではないのだな、と思いながら、小さなサイズで作れそうなものを探す。
あまり大きな物は持って行くのに困るからだ。
「お、これ良さそう」
「あら、彼女にでもあげるの?」
丁度良さそうなものを見つけ、小さく呟くと、いつの間にか後ろにいた母親にからかわれる。
そんなんじゃないと否定し、材料を買うために出掛けようとしたが、それに必要なものは大体家にあるから必要ないと言われてしまった。夕飯を食べた後にでも作ろうと、とりあえず材料を確認することにした。
夕飯を終え、家族がテレビを見ている後ろでケーキを作り始める。小さめの型にバターを塗り、薄く薄力粉をつけ、常温にしておいた卵をボールに入れ、泡立てる。
そうこうして焼き上がったスポンジの粗熱を取りながら、どうやって持って行こうかと考える。何か小さめな箱があればいいのだけれど、と何か丁度良い物はないか探していると、母親が「これを使いなさい」と、丁度いい大きさの箱をくれた。
「おー、サンキュー」
「ふふ、頑張りなさい」
微笑みながら居間へと戻って行った母親の後姿を見ながら、何か勘違いされているのではないだろうか、と考える。あまり考えても無駄か、と思いながら、作業を続行した。
*
「ん」
「え?」
翌朝、学校に着くと、いつもよりも早く来たのにもかかわらず、そこには既に少女の姿があった。
軽く挨拶を交わした後に荷物を机の上に置き、鞄の中に入れていた小さな箱を取り出すと、それを彼女に突きつける。
彼女は不思議そうに箱を見つめ、しかし、直ぐにそれが何なのかを理解したらしい。
「うわーホントに作ってくれたの? ありがとー」
「どういたしまして」
嬉しそうに笑いながら言う千夏に、顔が熱くなるのを感じながら自分の席に着く。
目の前では、さっそく千夏が箱を開け、中に入っていたケーキを見ている。
「うわー、可愛いー」
食べるのがもったいない、なんて言いながら、その顔は早く食べたくて仕方がないといった顔をしている。
記念に、と言って携帯で写真を撮った後、ケーキに一口、齧り付いた。
「んー、美味しー!」
「それは良かった」
本当に美味しそうな顔をする彼女に、自然と笑みが零れる。小さなケーキはあっという間に彼女の胃袋の中に収まってしまった。
「美味しかったー。また作って!」
「気が向いたらな」
笑顔で言う彼女に、嬉しい気持ちを抑えながらもぶっきらぼうに答える。
すると、千夏は少し考えるような仕草をした後、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、付き合ったらお菓子作ってくれる?」
「……何言ってんの? 冗談はよせよ」
本当に何を言っているのだろうかと思いながら、付き合ったら、という言葉に一瞬でも嬉しく思ってしまった自分が恨めしい。
「わりと本気だけど?」
「え?」
それは自分に好意を抱いているということなのか、それともただ単にお菓子が食べたいだけなのか。
その真意を聞こうと思うよりも先に、彼女が冗談だけど、と言って笑う。
「あ、そろそろ先生来るね」
そう言って前を向いてしまった千夏と、そのまま机に伏せてしまった雅也。
冗談だと分かっていても、少しだけ期待してしまった自分が恥ずかしい。顔は熱を帯びているという事実が、その恥ずかしさを増幅させていた。
帰宅した雅也の携帯に届いた、彼女からのメール。
「今度二人で美味しいケーキ食べに行こう」
そう書かれたメールの、ただ一緒に遊びに行こう、と言っているだけなのであろうそのメールの内容に、雅也は再び、恥ずかしいような嬉しいような、そんな気持ちになっていた。
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