ねえ、魚のエサにしちゃおっか

南極

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十三話 ぬいぐるみ

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床に転がったとき、落ちていたぬーぴいと目が合った。
ただただ真っ黒で、何の光を通さない両目。
今、僕の目も鏡で確認したらこんな感じなのかもしれない。
「ゲホッ!ゲホッ……。」
咳が止まらない。
それに蹴られた腹が結構痛い。
全然加減してないな、この人。
「スズキ!俺、酒も買ってこいって言ったよなあ!?」
お父さんが怒鳴り声とともに、再度腹を蹴った。
「ゲホッゲホッ…ゲホッ!」
絨毯の上に胃液らしきものがドロップした。
新種アイテムゲット~。
あまりうれしいものではないけど、握り拳でそれらを拭う。
もし汚したことがバレたら、お母さんに怒られそうだ。
「もう一回行ってこい!!」
お父さんが耳元で叫ぶ。
「……。」
でも、僕は何もしゃべらない。
ぬーぴいだからだ。
重力に負けた長い黒耳と、染み一つない白い肌。
その愛くるしい姿をみんなは、なぜかスヌーピーと呼んでいるらしい。
お父さんが僕の髪の毛を掴む。
ああ、痛い。
「……。」
蹴られてそのまま横になっていた僕を起こすように持ち上げた。
「なあ!」
また耳元で叫んだ。
そして、膝が床について顎が上がるポーズに変更される。
なんだか奴隷みたいだなと思った。
でも僕、何でこんなことされなきゃいけないんだろう。
コンビニの店員が「未成年はお酒が買えません。」と言っていた。
「返事しんか!?」
髪を強く引っ張られ、頭がグラっと揺れる。
「……。」
僕はぬーぴいだ。
ぬいぐるみは喋らない。
お父さんが分かりやすい舌打ちをする。
そして、今までで一番強い力で僕をタンスめがけてぶん投げた。
ガシャン!!
タンスの上にあった小物たちが僕に向かって落ちてくる。
「うっ…!」
さすがに痛みが全身を駆け巡った。
久しぶりの感覚。
まだちゃんと痛覚あるんだなあと思った。
よかった、よかった。
でも、僕はもう人間じゃない。
直に痛みなんか感じなくなる。
心や感情なんてものもいらない。
お父さんが僕に覆いかぶさった。
70キロの重みがかかる。
騎乗位と言えば、聞こえはいいのかもしれないけど、すごい重いな。
潰されそうだ。
近親相姦は、きっとお互い趣味じゃないはず。
少なくとも僕は。
首をぎゅっと絞められた。
マジか。
「…はあ…ああ…。」
何だ、この感覚…。
さらに力を入れられた。
目を開け、お父さんの顔を見る。
苦しむ僕を見て、喜んでいるみたいだった。
支配欲の塊なのか。
「ああ…。」
涙がこぼれ、耳の中に侵入する。
「ねえ。」
台所にいたお母さんが部屋に入ってきた。
さっき、大きな音が聞こえたから来たのかもしれない。
「殺したら捕まるよ。」
静かにそれだけ言うと、どこかへ行った。
この人に期待なんてしちゃいけない。
そんなことは知っていた。
だけど…。
「くそっ!!」
お父さんが最後に僕の腹を蹴った。
そして、家から出て行った。
一人残された僕は、今日は早かったなあと小さく呟いた。

目の前に笑みを浮かべた太陽ちゃんがいた。
いつもの顔だ。
僕にまっすぐ手を差し伸べている。
いつものことだ。
……いつものこと?
太陽ちゃんに全くメリットはないのになぜ?
僕は、何でこんな当たり前のことに気づかなかったんだ?
僕は手を取らなかった。
だって、知っているんだ。
人間は信用できない。
その顔と声は、僕を受け入れているわけじゃないんだろ?
本当は、興味なんてこれっぽっちもないんだ。
手持ちぶさたになった太陽ちゃんは、泣きそうな表情をする。
何で?
どうせかわいそうとしか思っていないくせに。
どうして?
本当は、僕のことを恋愛対象として見ていないだけじゃなくて、友達とも思っていないんだろ?
おかしいんだよ。
こんな僕みたいなくそ野郎と仲良くしてくれるなんて。
お父さんだって、お母さんだって、クラスメイトだって、担任の先生だって僕のことが嫌いなのに。
裏があるんだろ?
違うなら僕の名前をもっと呼んでよ。
「スズキくん。」ってその声で。
僕だけ見ていればいいのに。
こんなこと考える僕なんて死んじゃえばいいのに。
べつに止めなくていいじゃん。
殺したら捕まるなんて。
捕まる勇気もないのに、僕をストレスの発散目的にして。
ずるいじゃん。
何で殺してくれないんだよ。
この世に未練なんてないよ。
生きてる意味も価値もないんだから。
床に白い泥のようなものが湧き出てきた。
なんだこれは?
手ですくうと、泥は形を変える。
鼻のところまで持って行ったけど、匂いはしない。
僕の知らないものだ。
泥みたいなものはどんどん湧き出る。
首のあたりまで押し寄せたところで、ああこれは生き埋めだ、と思った。
現実世界の僕と同じだ。
脳みそがゆるゆるして、何も考えられなくなる。
もがもが。
そのまま視界まで覆われ、何が現れたのかと言うと、真っ暗な世界がそこにはあった。

いつしか体調が崩れやすくなり、太陽ちゃんと会う機会が減っていた。
それに、これ以上会うとなんだか危険な気もした。
死ぬ前の回想で恋愛コーナーのネタは少なくなってしまうけど、心調もだいぶやばいので、そんなことどうでもいいかと思い直す。
毎日毎日飽きねえのかってつっこみたくなるくらい、肉体的暴力と精神的暴力を享受する日々。
とにかく寂しくて悲しくて、森の中で泣いたり、またラブドールと激しいセックスをしていたけど、ついに今日、ぬーぴいになった僕は感じられる感覚が快楽くらいになっていた。
えへへ、毎日楽しいぜ。
どうせみんな僕のことなんて見ていないんだし、もっと自由に生きよう。
学校なんてくそくらえ。
友達、家族なんていないし、一生恋人もできないだろう。
この前見た夢のように、世界はたしかに真っ暗だ。
物体は見えるから歩行や食事には支障はないんだけど、なんて言えばいいんだろう。
何も見えなかった。
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