ワガハイは猫じゃないよ

出井 瞑多

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23.レイ君の調査と悲惨な事故の話

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ある時、レイ君は浦尾に研究成果を報告していた。
「僕はついに突き止めたよ。この世には二タイプのオジサンが存在する。パパみたいなオジサンと公園のベンチにいるようなオッサン。その違いがわかる?」
月と、すっぽんの甲羅に生息する微生物ほどの差があると僕は思うが、レイ君は得意げだ。「オジサンとオッサンと呼び方を変えているね。そこにヒントがあるのかな」と浦尾。
「さすがパパ。気付いたね。僕の見立てではオジサンという呼称は馬鹿にする面もある一方、畏怖すべき面もあり、愛憎あいまっている。オッサンの方は全面的に馬鹿にされ、軽視されているよ」とレイ君。
「なるほど」と浦尾。
「つまるところ強い勝者と弱い敗者という区分がある。勝者と敗者、この二者が人間世界を構成し、人間世界は勝ち負けそのものなのさ」とレイ君。
この子は何を言っているのだろう。
「オジサンは強い勝者だ。しかしオジサンはつまらん。勝利の方程式は決まっていて多様性がない。パパなんか絵に描いたようなオジサンだ。絶対に勝つから。それに引き替えオッサンは面白い。確実に敗北する。そして敗北要因はバラエティーに富む。そのくせ『俺も世が世なら』とか悪態をつく。オッサンは世が世でも敗者なんだけどさ」
我が家の将軍様は末恐ろしいなぁ。
「なるほど」と浦尾。
レイ君は研究熱心だ。ベンチに座っている新参者のオジサンを見つけるとうれしくて仕方なくなる。ニコニコ顔で近づいて、不躾な質問をバンバンしまくる。
「今日もまた新たなオッサンを発見した。小指が理由で会社を辞めて以来、仕事がないらしい。小指が理由とか意味不明わかんないよ。絶対違うのに。馬鹿だなぁ。さらなる考察が必要だ。僕ぁ、弱い敗者に会うとゾクゾクしちゃうよ」
勝手に家を抜け出し、マミヤンにこってり怒られたレイ君だが、本日の調査結果にご満悦だ。
日々、レイ君は調査に出かけるチャンスを伺っている。
ある日、いつものように脱出したレイ君は新参者のオッサンが死にそうな顔で頭を抱えているのを発見した。
僕はレイ君を尾行して様子を伺っていた。
「しけた顔してるねぇ?ちょっと僕とお話ししない?」とレイ君。
レイ君はいつもこんな調子でオッサンに近づく。クソガキにしか見えないので大抵のオジサンはポカンとするか、笑って応じてくれる。
しかし今回のオッサンの様子はちょっと今までのオッサンとは違う気がした。
全てのオッサンは怒りと悲しみを抱えて生きている。しかしどこか、どうでもいいという投げやりさ、いい加減さがある。
このオッサンは一線を越えた深い怒りと悲しみに真正面から対峙し、投げやりにもいい加減にもなれないまま、敗北を覚悟しながら挑み続け、予想通りに敗北しようとしている。 
敗北の果てにこのオッサンに何が待っているのかなぁ。
僕はいいようのない不安に駆られた。これはまずいなぁ。
咄嗟に僕はレイ君とオッサンの間に割って入ろうとした。
その瞬間、オッサンが突然立ち上がった。
頭は短く刈り込み、肌は土気色、頬はこけ、痩せているというよりやつれている。黒だかグレーだか色がよくわからない流行遅れの三つボタンのスーツ姿のオッサンがレイ君の方に自らゆっくり寄ってくる。
マジのあかんヤツ。
僕は半分死んだ時でも冷静だったのに、動顛して頭の中が関西弁になっていた。
変質者がレイ君を捕まえ、あんなことやこんなことをするイメージが僕の脳裏に広がった。
咄嗟にパワードスーツをフルパワーで稼働させていた。
気が付くと僕はオッサンに体当たりしてブッ飛ばしてしまっていた。これが役立たずの能無し不細工を自負してきた僕の実力なのか。自分の暴力に驚愕した。
オッサンは無残にも公園の真ん中あたりまでふっ飛び、伸びてしまった。
レイ君は何が起きたのか理解できないでポカンとしていた。
 「救急車を呼べ」と叫ぶ誰かの声。
 僕はとんでもないことをしでかしてしまった。
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